65話/その頃のトキオン-2
この3人が集ったのは他でもない。遡ること2週間ほど前、トキオン第二教会で行われた聖歌隊大会において共通の友人たちが巻き込まれた騒動、そしてそれに端を発する教会の不審な動きについて意見を交換するためだ。
その友人の安否を心配する気持ちはもちろんのこと、3人とも教会とは切っても切れぬ関係にあった。あるいは御用職人として、あるいは御用商として、あるいは信仰の象徴、その末裔として。生活基盤の片棒を担いでいると言って過言でない相手である教会の情報をより多く得ることは彼らにとって必要不可欠である。
とはいえ、友人についてはもう既に打てる手も現時点ではほとんどなく、そこまで緊急を要するわけでもない。ゆっくりと州都の人気店でケーキでも食べながらティータイムとしけこみたかったところであった3人を待っていたのは、正体不明の尾行者たち。大した手練ではないとはいえ、不愉快なことに変わりはない。鼻をあかしてやる意味も込めて3人はその連中を煙に巻き、喫茶店の上階に位置するミドリカワ家の部屋へ場所を移したのだった。
「ユートくんは数日前にイツノミヤに入ったそうですよ。例の門から知らせが来ました。」
「ほお、アイツ意外といいペースで走ったなあ。」
「あの町ならしばらくは安全かしらねぇ……なんたって『信仰独立都市』だしぃ?」
「ええ、おそらくは。」
信仰独立都市。イツノミヤ市はトーキオ州に属する都市ながら、ある事件を境にトーキオ州教会との関わりを一切絶ち、独自の教義での宗教体系を作り上げている。
「教会の手のものはあの町には指一本触れられねえからな。」
トーキオ州教会から離脱して以来、独自路線を歩み、更に一切の手出しを拒むというのはイツノミヤ市民の強い意志である。そのため民のための信仰を掲げる教会は表立って関与ができない。
「あの門は今まで教会の人間をひとりとして通したことがありませんしね。」
それ以上に、トーキオ州北部トップの都市であるイツノミヤには、教会ですら干渉するのに躊躇して余りある力が兼ね備えられているのである。教会の人間が密偵のひとりたりとも送り込めない現状がそれを証明している。
「ユートくんにはその一報を受けてすぐに手紙を送っておきました。しばらくはイツノミヤに滞在してくれるようにと。」
「ならまあ、アイツの方はしばらく心配ないってことだな。」
「そうねぇ。……ミラのためにも、彼に何かあったら困るわ。」
目先の懸案であった友人の所在についてひとまずは決着し、3人はほっと息を吐いた。コミンズがカップに残った紅い茶を啜る。もう茶はすっかり冷めてしまっていた。それを目に留めたリュースが指で合図すると、どこに控えていたのか、執事然とした老紳士が速やかに茶を取り換えていった。
「それで、トキオン第二の方は?」
それを号令にでもしたかのように、議題が移り変わる。普段ふわふわとしているサリアですら目を鋭くした。
「責任者のヘルマン司祭は現在精神の鍛錬を行っているとかで公の場には顔を出しませんね……。」
「実質謹慎中ってとこかね。」
「でしょうね。」
「その代わり……司祭の補佐についていた女助祭が教会を切り盛りしているようです。」
「ああ、この間の女ねぇ?」
「ええ。名はライラ。苗字は不明です。」
「不明?」
この世界において、貴族や屋号を持つほどの大手商人、それかリュースやサリアのように特別な家などでない限り、苗字というのは出身地から取られる。それが不明というのは、つまるところ出身地不明であり、どこの馬の骨とも知れないというレッテルを貼られてもおかしくはない。
教会に大きな影響力を持つリュースが調べて苗字がわからないということは、おそらく彼女は苗字を名乗ったことがないか、極端に少ないということであると推測できる。何らかの事情があって故郷を隠している、もしくは出生地がわからないと読み取れた。そしていくら実力主義を標榜する教会といえど、権力組織。そのような人間がトキオン第二という大きな教会を掌握するのはまずありえないと言っていいほど異例の事態だった。
「あの嬢ちゃんがよっぽどの腕利きなのか……。」
「それとも何かあるのか……ね。」
「できれば前者であって欲しいですけどね。」
「そうはいかんだろうなあ。」
そこで3人は揃って溜息を吐く。先述した通り、3人が3人、教会の動きには敏感でなくてはいけない。そうでなければ、明日とまでは言わずとも、そのうちにこうしてまったりと茶を飲むことすら難しくなるだろう。重苦しい雰囲気が場を包む中、冷めかけたカップの中身を飲み干して口を開いたのはコミンズだった。
「しっかしまあ、こないだの聖歌隊大会での騒ぎは流石におかしかなかったか?」
「そうですね……いきなり異端と騒ぎ立てるなど……。」
「今ドキ異端狩りなんて流行んないわよねぇ~。」
「現在の高位職者たちは、民意を反映して、第一教会のミルヒア司教を始め穏健派が圧倒的多数ですからね。あれだけ信者から関心を集めた対象を、少なくともわざわざあの場で糾弾する必要はなかった。」
とうに空になっていた自分のカップの縁を指でなぞり、リュースは思案がちに述べる。
「そうよね~、第二のバカ司祭なんてあれからひどい嫌われっぷりだものぉ。」
「表じゃ面白可笑しく風刺画にされてる始末だしな。」
「アレあのバカがまた似てるのよねぇ!お腹抱えて笑っちゃったわぁ~!」
「……サリアちゃん……。」
最後に茶を飲み切ったサリアの思い出し笑いが収まり、その苦労多き婚約者が落ち切った肩をようやく元の高さまで持ち直した頃。真っ赤な老人は2杯めの茶をちょうど飲み終わり、この奇妙な3人の集会はお開きになったのだった。
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トキオンの3人パートは次で終わりの予定です。




