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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第一部-1.リダ村:元バンドマンと異世界の農村編
7/92

6話/待ち人来たるか

 さあ、今日も新しい朝が来た。希望の朝……かはわからないが、こっちに来てというもの、なかなか素敵な毎日を送っている気がする。




* * * * *




 いつものように朝の礼拝が終わり、村民たちは再び畑仕事に戻って行った。子どもたちは今日も教会で両親を見送っている。


「……で、昨日言ったパート分けだが」


 聖歌隊こと子どもたちは全部で14人、一番上が13歳、一番下が5歳である。まあだいたい小学生くらいの集まりと考えていい。からだの成長により音域が徐々に広がりつつある年頃だ。主に低音域に向かって広がっていく。それに合わせて、だんだんと発声法を指導することによって低音と高音、両方の音域が広がるらしい。大学時代の教職課程でそんな感じのことを習った気がする。なんせ10年も前のことなので詳しくは憶えていないが、バイトの傍ら勉強した音楽知識と合わせても齟齬はないので問題はないだろう。


 ということは、やはりメロディの憶えやすさ、歌いやすさ的にも年少の子どもたちに主旋律、年長の子どもたちには副旋律を、というのがメインのパート分けになりそうだ。アスクが昔から歌うことを教えているとはいえたった14人、ほとんど素人の子どもたちである。あまり多くのパートに分けたところでたかが知れている。


(あの有名なオーストリア某少年合唱団だってソプラノアルトの二部編成ですし!)


 そもそも子どもたちが歌う勇者の聖歌はなんというか、多くの日本人が想像する聖歌というよりは童謡っぽい素朴感がある。二部合唱くらいが丁度いいだろう。


「って感じだ!なんか質問あるか?」

「にーちゃん、おれも上の方の歌いたいよ~!」

「わたしもー!」


 この意見は予想通りだった。子どもにとって副旋律とはいつの時代も、さらに今わかったことだが、異世界でも面白くないらしい。自分も小学生の頃卒業式で歌う合唱曲の副旋律を担当させられてしばらくヘソを曲げたっけ。


「チッチッチッチッ、わかってないねえ、お子様たちは」

「なんだとー!」

「コーラスがあることでメロディがもっともっと美しく、かっこよく聞こえるんだ。あれ、よく知ってる曲のはずなのに、今日はなんだかいつもと違う。メロディを歌っている方もそうだ、あれ、今日はなんか歌ってて気持ちがいいぞ。それはどうしてかって?コーラスがあるからさ。そこで客は気づくわけよ、こいつ、なんていい仕事をするんだろうとな。黙ってしっかり仕事をこなす、それが、シブいオトナってもんよ。」

「シブい……」

「……オトナ」

「そうだ」

「にいちゃん、おれ、下の方……歌うよ」


 教育実習で小学生を相手にしていた経験に加え、ここ最近は毎日子どもたちと一緒なのである。否が応にも扱いには長けてくる。

 ただ今回はみんながみんなコーラスをしたがって少し困ったけれど。まあなんとかなだめて、各パートのメロディを憶えさせ、昼食の後子どもたちを送り出した。


 寡黙に仕事をキッチリこなすコーラス……ふと元のバンドメンバーの顔が浮かんだ。ドラマーだった10年来の親友。彼は寸分の違いなくドラムを叩きながらもちゃんと勇人のボーカルに合わせたコーラスを乗せてくれていた。

 学生時代からの連れで、いつも一緒にいた。最後はケンカ別れのようになってしまったことが悔やまれる。最後に彼から届いたメールは結局開封していない。デビューが決まったら連絡するつもりだった。「お前が諦めた夢、俺はキッチリ叶えてやったぜバーカバーカ」と大人げもなく書いたメールは送信ボックスに入れっぱなしだ。


「どうしてるかなあアイツ」


 急に当時を思い出してタバコが吸いたくなった。

 小汚いスタジオやライブハウスの控室で、あいつとあーでもないこーでもないと打ち合わせという名の雑談をよくしていたっけ。そのまま安いチェーン居酒屋か、ツケがきく馴染みのバーに流れ込んで朝まで飲んだりもした。

 今の健全そのものな生活に不満はないが、たまにあの煙臭い空気が懐かしくなる。いつか戻れるのだろうか。呟いても全く詮無い。


「ユート?」

「!……あ、アスク、お昼ですか?俺、ちょっとお腹すいちった」


 あからさまに雰囲気を変えようとした勇人に、アスクが気づかないわけがない。彼は少し何か言いたげな素振りを見せたが、口を閉じて、少ししてから話しだした。


「ええ、今日はミナロスさんからいい鶏をいただきましたから、きっと美味しいですよ」

「いっすね~!」

「ええ。今日の午後には例の楽器職人が来る予定ですから、早く昼食を済ませてしまいましょう」


 楽器職人。勇人のギターを直してくれるかもしれない、待ち望んでいた客人だった。




* * * * *




 聞けばこの世界には、吟遊詩人という職業があるらしい。


(なんかゲームとかで聞いたことあんな。ファンタジーの)


 彼らは夜毎に酒場を渡り歩き、あるいは決まった店と契約し、歌を歌ったり楽器を弾いたりしてお金をもらい、そうして生計を立てているという。いわば流しである。ストリートで歌い、おひねりをもらって生活していたかつての自分と非常に被る。

 中には売れっ子と呼ばれる者たちも一握りいて、色々な店から引っ張りだこ。ウハウハの生活を送っている者すらいる。とは村のおっちゃんの言である。


 ギターが直れば勇人もそうやって生計を立てることができるかもしれない。「まずは村の酒場デビューだなしめしめ……元の世界に戻る前に、ここでひと花咲かせてやるぜ……」などとほくそ笑んでいると、待ち人がやってきたらしい。トーキオに続く街道から、ガタガタと車輪が轍を踏む音が聞こえてきた。


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