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62話/その頃のリダ村(仮)-5

ライラ編続きます。

 部屋から顔を出したライジアナは、ちょうど通りかかった女性に声をかけた。ライジアナよりいくつか年上だろう。彼女も、神父夫妻と同じように真っ白な衣服で身を包んでいた。この教会の人間はみな同じ物を着用するように決まっているのかもしれない。


「今晩こちらでお世話になっているアイドラ村のライジアナです。」

「やっぱりあなたが……ごめんなさい、今少し取り込んでいるの!お話は後で……」

「そのようですね、何かわたしにお手伝いできることはありませんか?」


 もう夜に差し掛かった時間帯のトラブルなど、平和を絵に描いたようなアイドラ村ではお目にかかったことが無かった。少しの興奮と緊張、そして計り知れないほどの不安を押し殺し、声が震えないよう気をつけながらライジアナは尋ねた。


「あなた……アイドラの見習いだったわね。いいわ、一緒に来て!わたしはこの教会に仕えるシスター、エマよ。」


 そのエマと名乗る女性の後に付いて教会の真っ白な廊下を進む。歩きながら彼女は、久しく姿を見せていなかったはずの魔物がイツノミヤの北方、トーキオ州最果て付近に出現したのだと教えてくれた。アイドラ村をはじめとする小さな村落がいくつか存在する辺境地域は、そこから人の足で半日ほどしか離れていない。かつて眺めた古い地図が頭に浮かぶ。まさか、陰りを見せたライジアナの表情を伺いながら、エマが優しく言った。


「大丈夫、必ず助けてくださるわ。」


 彼女の言葉の真意を図りかねているうちに辿り着いたのは、ライジアナも先ほど通り抜けた、玄関ホールというには立派すぎる作りの広間だった。


「シスターエマ、遅いわよ!」

「申し訳ありません!」

「すみません、わたしがエマさんを引き留めたんです。」

「あら?ライジアナさんもいらしてくれたのね?いいのよ、あなたは休んでいて。」


 ホールに飛び込んだ2人を出迎えたのは、助祭長である神父夫人だった。

 集合に遅れたらしいエマを軽く叱り、それからライジアナへ向き直る。優しい口調だが、有事のせいか少し笑顔が固い。


「いいえ、わたしにも何かできることがあればお手伝いさせてください!」

「そう……ありがとう、ライジアナさん。正直、人手が欲しかったの。」


 それから夫人は、既に集まっていた教会の職員たちにエマとライジアナを加えた総勢8名のメンバーに現在の状況とこれからの動きについてを説明した。

 つい先ほど、トーキオの教会州本部から魔力探知による魔物の発生を知らせる緊急通信が魔道具によってもたらされたこと。同時に、本部よりの先遣隊が転移の法で現地に飛び、現在詳細を確認中。その報告を受けるために神父は執務室の通信魔道具の前で待機しているという。


「魔力探知……魔道具……転移……?」


 説明の中に混じったいくつかの単語はライジアナには聞き覚えのないものであり、何が起こっているのか、起ころうとしているのか、充分に理解できなかった。それを察したのであろう、エマが補足を加えてくれた。


「極稀に発生する魔物から信徒を守ることも教会の役目のひとつよ。神殿には魔力探知に長けた聖女様を初めとする巫女様方がいらっしゃって、人間の領域に魔物が生まれたことを察知してくださるの。そうしてそれはすぐに現地の教会に伝えられ、対処と撃滅が行われる……そのためにこのイツノミヤ教会には通信用魔道具が本部から与えられているわ。……とは言っても、それを使うのは今回が初めてなのよ、魔物なんて滅多に出現しないから。」


 初耳だ。しかし思い出せば確かに、アイドラ村が装備品を手放したとき、老神父は「教会が守ってくれるから大丈夫」と言っていた。こういうことだったのか。もっとも、アイドラ村教会にはそんな魔道具などはなかったはずだが……。現に、こうしてライジアナはイツノミヤまではるばる郵便を頼みにやって来たわけである。首を捻っていると、またエマが横から教えてくれた。


「通信用魔道具は魔道ギルドから買っているらしいのだけど、……結構高いのよ。だからその地域の主だった教会にしか設置されていないの。ここからアイドラ村くらいならば充分カバーできる範囲だと考えられているわけ。」

「そんな!ま、間に合わなかったらどうするんですか!?」


 確かに資金的な問題はシビアだろう。しかし、そのせいで辺境地域への対応が間に合わなかったら、最悪の事態にまで発展してしまったら……そう思い、ライジアナは思わず声を荒げた。しかも、故郷であるアイドラ村が脅威に晒されるかもしれない事態である。冷静ではいられない。しかも村には今、碌に戦力がないのだ。ライジアナの進学のために、装備品は売り払ってしまったばかりなのだから。


「……ライジアナさん。転移で先遣隊がもう到着しているわ。彼らは『選ばれし者』であり、わたしたちの最強の『(つるぎ)』。魔物になんて……いえ、魔王にだって遅れなど取らないわよ。だから、落ち着きなさい。」


 ライジアナの叫びに応えたのは、神父夫人であった。彼女は冷静にそう告げる。


「転移?剣?先ほどから……一体何なのですか、それは!?」


 緊張をはらんだ表情ながらも、悠然と言ってのける夫人は、安全な場所、ここイツノミヤにいるから落ち着いていられるのだ。だが、ライジアナは違う。自分の身こそここにあるが、アイドラには家族が、師匠が、そして共に生きる仲間たちがいるのだ。それを失ったら、そんなことになったら、……想像すら厭われる。

 噛み付くように放たれたライジアナの疑問に、夫人は微笑みすら浮かべて答えを寄越した。


「転移の法があれば、どんな場所にでも一瞬のうちにたどり着くことができる。そして、それを行うことのできる唯一の存在……それがわたしたちの最強の『剣』であり、あらゆるものから信徒をお救いくださるただ1人のひと。」

「…………。」

「『我らが彼の者を愛するように、彼の者も我らを愛する。故に、如何なる脅威へも彼の者は立ち向かうだろう。故に、全ての信頼を我らは捧げよう。』」


 その文言は、村で宣教師や老神父から聞かされた憶えのあるものだった。


「それって……もしかして……。」

「ええ、現地へは『勇者様』が向かっておいでよ。……だから、どうか、安心してちょうだい。あなたが勇者様を信じているならば。」

お読みいただきありがとうございます。

次でライラ編終了予定です。

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