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61話/その頃のリダ村(仮)-4

本格的にライラ編です。

 思い返すと、確かに彼女は特別熱心に話を聞く子どもだった。娯楽のない、閉鎖された環境の中で、初めて触れる外の情報ということを差し置いてもだ。全く同じ条件の他の子どもたちとは比にならないほど、目を輝かせて食い入るようにこちらを見つめていた。


 聞けば、彼女はアイドラ村の中で最も子沢山な家庭の末娘として生を受けたという。それほど広くはない農地の担い手としては兄が4人もおり、母の補佐をして家を守る仕事も、働き者の姉とまだまだ元気の有り余る祖母が居るうちは不要だった。逆に、子守りのための手を割かせぬよう、邪魔にならないように大人しくしていることを望まれた。

 しかし、彼女は農家の末娘に相応しくない優れた頭脳を持って生まれた。幼い頃に母や姉、祖母と共に家にいるころには彼女らのやることなすこと1つひとつに質問を投げかけ、知識を得た。彼女はすぐに家の中の仕事を憶えてしまった。少し力仕事ができるようになると、家の男衆について畑作業に出て行ってはより効率的なやり方を見つけ、父に提案した。


 そんな出来の良い年の離れた妹の存在は、ライジアナの兄姉きょうだいたちには面白くなかった。特に兄たちは、この妹が成長した暁には、彼女に似合った優秀な婿を取り、将来自分の立ち位置を危うくするのではとすら危惧した。それを見た両親は、9歳になったばかりの小さな娘に、仕事を手伝うことを禁じた。代わりに、村の共同書庫(というのは名前だけの、村長宅の納屋の一角に設けられた本棚である)から、誰も読まないせいで長らく埃を被っていた蔵書を数冊借り受け、彼女に与えたのだ。


 その日から、彼女は本に没頭する毎日を送った。与えられた本を読み切れば、また書庫へ行って次のものを手に取る。その繰り返しだ。


 せめて、彼女が男であったなら、持ち前の頭脳を駆使して効率的に新たな農地を開墾し、家を発展させるという夢も持てたかもしれない。しかし、残念ながらライジアナは女だ。どこかの農家の、次男や三男と一緒になって、本家の小作人の妻として子を成し、夫を支え、昼は農作業、夜は家内の仕事に従事しながら生涯を終えることになるだろう。良くて、理解ある夫と結ばれ、その仕事に助言が許される程度が関の山だった。


 そんな、農村の女としては当たり前に受け入れるべき人生。しかし、ライジアナはなまじ頭が良かったために、両親や家族に持て余されるのみならず、自身ですら閉鎖的な村の中で身の置き場を見つけられずにいた。

 それでも、彼女は自身の生まれた家庭を、そしてこの寒村を嫌いになれなかった。


 彼女が書庫通いを始めて約1年が経ち、その大して多くもない蔵書の内容をすっかり憶えてしまった頃。


 そこにやって来たのが若かりし日のアスクたち、教会からの宣教師団であった。

 

 彼らは、彼女が手に入れた書物での知識では追い付かないほどの新たな情報を、衝撃と共に彼女に与えた。アイドラ村にいたのでは一生耳にすることのなかったはずの教会の教えと共に、想像さえしなかった都会の暮らしの切れ端を彼女に夢想させた。それは確かに、他の村民にとっては夢でしかなかったが、ライジアナは違った。いつか、そのような街をこの目で見ようと、そしてそんな夢のような生活をこの村でも享受できるようにしたいと願ったのである。


 それから、ライジアナは書庫通いの代わりに、宣教師たちのもとを足繁く訪れた。彼らは、熱心に話を聞き、必ず質問を投げかけてくる彼女に、多くのことを教えてくれた。神様の教えや、聖女や勇者の説話はもちろん、州都での暮らし、流行っている服装、アイドラ村への道中に遭遇したトラブルとその対処法など……その内容は多岐に渡った。そしてその全てが彼女には新しい。


「特に興味を引いたのは、神様や聖女様、勇者様方の奇跡の説話でした。」


 『聖なる奇跡』、そんなもの、当時のアイドラ村には存在しなかった。概念すら無かったのである。

 いくら賢くとも当時若干10歳の少女である。他の子どもたちと同様に、そういったフェアリーテイルじみた物語に憧れる年頃だ。


「そのとき、ぼくは決めたんです。神様や聖女様、勇者様を支える教会とかいう組織の一員になって、その恩恵を少しだけ村にもたらしてもらえるようにお願いしようって。……ほんと、ばかですよね。」


 ポツリと呟いて、彼女は口を斜めにした。自嘲めいた笑みを浮かべようとしたのだろう。アスクにはそれが、どちらかと言えば泣き出しそうな表情に見えた。




* * * * *




 時はまた約10年前まで巻き戻る。


 ライジアナは、徒歩1日の旅を無事に終え、近隣というにはやや遠いイツノミヤ町の教会へと辿り着いた。神父が行商人を通じて、前もってこの日の宿泊を頼んでおいてくれたのだ。ちなみに、行商人は伝言のようなものならば賃金を渡すことで請け負ってくれるが、書状については禁じられているとかで受け取らない。おそらく、ギルド間における利権の関係なのだろうというのが師たる老神父の談だ。事あるごとに賢いと、アイドラの神童だとすら言われるライジアナも、田舎娘であるゆえにそういった都会のしきたりには疎かった。

 これから州都で暮らすようになればそういったこともわかるようになるのだろうか。そんな将来への期待を込めながら開いた扉は、ボロ屋と言っても差し支えないアイドラ村協会とは一線を画す立派なものだった。中を覗くと、村では中々お目に掛かれないほど真っ白な衣服を纏った男女が、ライジアナを待ち受けていた。


「ライジアナさんですね。アイドラの神父様から聞いていますよ。よくお越しくださいました。」

「遠いところ大変だったでしょう?部屋の準備はできていますからゆっくりしてね。」


 暖かな口調で迎え入れてくれた2人は、イツノミヤ教会を任されている神父夫妻だという。男性の方が司祭で、その妻である女性が助祭長だと自己紹介してくれた。この教会では、神様より受けし生をより健やかに歩むべしという教義のもと、正式に婚姻が許可……というより推奨されている。

 1日歩き通しで疲れていたライジアナは、2人に従って与えられた自室へと向かい、すぐにベッドへと倒れこんだ。神学校へ送る申し込み書状は明日の朝1番で差し出し窓口へと持ち込む予定になっている。普段親しんだ家のものより柔らかいベッドと軽やかな掛布は、彼女を眠りへ誘うのに充分な役目を果たした。




* * * * *




「まさか!ここ10年以上無かったではありませんか!」

「そんなこと言っていても仕方ないでしょう!?着替えをなさい!」

「……様は!?」

「既に転移で向かわれたそうです!」

「神父様は何と!?」

「すぐにでも準備を整えて急行せよと!」


 突如響き渡った会話で、ライジアナは目を覚ました。快適な寝具が再び誘惑してくるが、どうもそのような暢気なことは言っていられないような雰囲気だ。まだ横になっていたいと訴える体を跳ね起こし、暗い部屋の中からドアを探してノブを捻る。扉の向こうにある廊下は、夜だというのに充分な明るさを保持していた。


「どうかしたんですか?」

「あっ、あなた……もしかして、アイドラの……?」



お読みいただきありがとうございます。

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