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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第一部-1.リダ村:元バンドマンと異世界の農村編
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5話/新しい日と

2025/02/10修正

 州都での聖歌隊大会に参加する。そう決めてから勇人の日常は比べ物にならないほど忙しくなった。アスクはああ言ってはいるが、参加するからにはできるだけいい順位を。できるだけいい色のメダルを。そういうことだ。

 まずは、以前国内の教会を転々として各協会の誇る聖歌隊の歌もかつてはよく聞いていたアスクに尋ねる。


「賛美歌にも流行り廃りというものがあるんですか?」

「……そうですねえ、教会で歌われる曲は大体3種類に分けられます。唯一神であらせられる神様の奇跡の技を崇めるもの、その神様に仕える聖女様の献身的な祈りを讃えるもの、そして、聖定された勇者様の勇壮を歌うもの、です」


 アスクは顎に手をやり、思案しているような調子で答えてくれた。


「もっとも人気があって親しみやすいものが勇者様の歌ですね。ただ、どちらかというと歌謡曲に近いと教会では思われているので、格式を重んじるような場面では避けられることもあります。……まあ、そうは言ってもその数は伝わっているものだけでも100番を超えますので、物によっては伝統的な形式のものもありますけれど」

「なるほど。我らが聖歌隊は歌うのが子どもだからな……あまり高尚なものを選んでも説得力がないでしょうね」

「確かに……、そうかもしれません」


 他聖歌隊の合唱や声楽のクオリティについてアスクから聞くところによると、おそらくユートが生きてきた現代ほどには理論やテクニックなどが確立されてはいない。中にはとてつもなくセンスに溢れた歌い手もいるのだろうが、個ではなく合唱としてのレベルは中学生の合唱部に毛が生えたくらいを想定して望むのが適しているかもしれない。更に審査員も音楽の専門家ではないとすると、よっぽど実力に難があったり、大きなミスをしたりしない限り、ほぼ主観で勝敗がつくと想定されるコンクールだ。選曲は審査員の心をつかみやすいものを選ぶ必要がある。

 現代日本の合唱コンクールであっても、「曲の内容が子どもらしくない」との審査員評を付けられてマイナスポイントをつけられることがあるのだ。


 子どもらしい伸びやかさが映える曲、となるとやはり勇者を歌った曲になるだろう。

 以前アスクに聞いた話によると、この世界の子どもたちは勇者の伝説に憧れるのが常だという。歌い手の気持ちとリンクした歌唱、というのはテクニック云々よりも聞き手に臨場感を与える。

 幸い、アスクから教えてもらって現在ユートと子どもたちが歌っているレパートリー10曲ほども、ほとんどが親しみやすさに重きを置いた勇者の歌だった。それらの歌の中から1曲を選び、現在はユニゾンで歌っているものをパート分けして遊びを加えてやり、充分な練習によって完成度を高める。よし、このプランで行こう。


 東の連峰から差し込む朝日がやたらと神々しい。はるはあけぼの、と昔国語で習ったが、異世界でも春の日の出は美しかった。日本にいた頃は、朝日などほとんど見たこともなかったせいで比べることはできないけれど。

 当時に比べて格段に早い時間に朝食を済ませた勇人は、礼拝の準備に取り掛かる。もうすぐ、朝の一仕事を終えた後の、働き者で敬虔な村民たちがやってくる頃合いだ。




 * * * * *




「みなさまに今日も神様のご加護がございますように」


 この教会における毎朝の礼拝は、日本人らしく無宗教な勇人から見ても、短時間なさっぱりしたものだ。

 今日も神様のおかげで夜が明け、太陽が出たことに対する感謝から始まり、その日に合わせて選んだごく短い説話を1、2編読んで神様の意思や慈愛、信徒のあるべき姿などをアスクが簡潔に説く。その後に、休日ならば子どもたちが1曲歌い、最後にその日1日の無事と加護を祈って解散である。時間にしたら30分もかかっていないだろう。この村には(この世界には?)日時計の他に時計がないために正確な時間はわからない。


 以前、朝の礼拝というものはどこでもこのようなものなのか、とアスクに尋ねたことがある。


「都市部ではもっと本格的に、うちの倍以上の時間を掛けているところも少なくありませんよ。……でも、朝は忙しいでしょう。特に農家のみなさんは毎日朝早くから働いていますよね。

信仰の為にみなさんが苦しい生活を送るようでは本末転倒だと私は思っています」


 信徒たちの健全な信仰に神様は応えるのだから、と彼は答えた。勇人はその迷いのない言葉に、アスクへの尊敬の念を新たにしたものである。


 礼拝後、子どもたちがそれぞれの親から離れ、勇人たちのところにやってくる。これから昼の鐘がなるまで、教会は村で唯一の学校に変わるのだ。寺子屋というのが一番近いかもしれない。


 今日はまず、いつものように勇人が作った計算問題をいくつか解き、それから聖歌隊大会用の曲について話し合うことにした。

 少しばかり心配していたような、侃々諤々、などという事態にはならず、数度意見のぶつけ合いがあったくらいで曲が決まった。正直ほっとした。

 異世界からやってきた勇者とその剣を歌った元気な曲だ。


「じゃあ、次の授業ではパート分けをするから、そのつもりでな」

「楽しみー!」

「おれ一番かっこいいとこ歌う!」

「それはみんなで決めような」

「はーい!」


 また今日も昼食で腹をふくらした子どもたちは賑やかに教会から去っていった。


 聖歌隊大会まで、あと2月弱。14人それぞれの性格やくせ、それに歌声、その混ぜ合わせ方。頭の中でプランを描いていた勇人は、アスクが遅めの昼食に呼びにくるまで子どもたちの背中を見つめていた。


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