54話/おねえさん
7/28 改稿。
10/7 改稿。
「あら、じゃあおにーさんのおかけでウィルのお店にお客さんが?」
ウィリホと勇人は左右にお姉さん(男)を侍らせ、今日屋台であったことの顛末を話した。先ほど勇人を見つけた例のオネエさん(いちいち(男)というのもそろそろ面倒なのでこう呼ぶことにする)が空いていた勇人の右隣に座ってきたので自然とこうなってしまっただけだ。仏に誓って、侍らせたかったわけではない。
ちなみにオネエさんたちは、ウィリホの左側にいるのがアオイさん、勇人の右を陣取っているのがサクラさんというそうだ。もちろん源氏名である。しかしなぜ日本式の名前なのか、できることなら小一時間ほど問い詰めたい。
「信じられないわ〜、ウィルったらちっとも商売っ気がないんだもの。」
「何言ってる、俺はあの店を繁盛させてやるって心に決めてるぜ。」
「そう言う割に仕込みと酒飲みしかしないじゃない。」
「そうよ、イマドキは宣伝活動とかもしないと売れないのよ?」
「他のお店なんかすごいのよ、チラシ作ったり、看板を目立つようにしたり……。」
未だにウィリホの大繁盛宣言を半ば疑っているオネエさんたちが言う。やはり、あの店が目立たないのは店主の宣伝不足に問題があったらしい。周りと比べてやたらと質素な看板を思い出す。
「でも、ほんとにお客さんが来たっていうならめでたいわね。」
「おにーさん、本当なの?」
「本当ですよ。」
「あたぼうよ!今日は仕込んだ分が全部なくなったんで早めに店仕舞いさ!」
いささか嘘くさいべらんめえ口調でウィリホが胸を張る。江戸っ子……いや、この世界風ならばトキオンっ子とでも言うのだろうか。
「あら、ほんとなの。」
「てっきりお客が来なすぎてまた嫌んなって店閉めて来たのかと思ったわよ。」
この店主……そんなことをしていたのか。
勇人は呆れ半分で隣に座った店主の表情を横目で見た。彼は、オネエさんたちの言葉を意に介することもなく酒を飲んでいる。言われるのも慣れているのだろう。よっぽどの常連に違いないと改めて感じる。
一方勇人は早くも3杯目の水割りを空にしていた。焼酎のような蒸留酒だ。ウィリホやオネエさんたち曰く安酒。確かにかつて飲み慣れた安い焼酎のような味がして、逆に落ち着く。他の酒もある、とサクラさんがメニューを用意しようとしてくれたが、文字が読めないためそれとなく断った。
「それにしても、ウィルのお店に客を呼ぶなんて、おにーさんすごいのね。」
「すごいなんてもんじゃねえ、こんなナリしてびっくりするくれえ歌も呼び込みも上手えのよ。」
どんなナリだと少々酒が回ってきたらしいウィリホを問い質す前に、隣のサクラさんがすかさず言葉を挟む。
「あら、聞きたいわあ。」
その流れで歌のレパートリーを聞かれたので、こちらに来てから覚えた曲の名をいくつか挙げた。それは、リダで覚えた聖歌、特に勇者の歌が主だが、ズィルダの宿や野営地で行きあった旅人たちに教えてもらった流行歌も含まれている。
オネエさんたちは「いい歌よね」などと相槌を打ちながらふんふんと聞いていたが、今日の屋台営業で好評を博した餃子の勇者の冒険譚の話になると、イツノミヤの人間らしく一気にテンションが跳ね上がった。
「いいわね、歌ってよー!ママ!アレ出してー!」
奥の方の席で残りのオネエさんふたりと一緒に接客していた『ママ』が上品な仕草で席を立ち、バックヤードへと消える。『アレ』を用意しに行ったのだろう。言うまでもないが、ママももちろん男のお姉さんだ。
「アレって何ですか?」
「来たらわかるわよー。」
正体不明の『アレ』についての質問は簡単に受け流されたので、再び始まったウィリホとオネエさんたちの会話を聞きながら酒を飲むことにした。グラスを空ける度にサクラさんが水割りを作り足してくれるので、非常に楽であり、酒がつい進んでしまう。ボトル1本がまもなく空になろうかという頃、お待ちかねの『アレ』を携えて、ママがこちらの席へとやって来た。
「ごめんねえ、古いし最近使ってないからあまり調子が良くないかもしれないけど。」
そう言って差し出されたのは、唐草模様のような彫刻が施された金属製の箱だった。一辺が30センチほどの立方体で、上面には拳ほどの大きさの濃紺の石が嵌っている。恐らく勇人の魔道具についているものと同じ石だろう。
オネエさんたちの話の流れからしてこれも恐らく音系の魔道具のようだが……と、勇人が箱を観察していると、サクラさんが箱の側面下の方についているスイッチのようなものを数度押した。
すると、連動したように天井付近から音が聞こえてくる。見上げれば、箱に刻んであるのと同じような模様が天井の中心あたりに刻んであるのが見えた。トキオン第二教会で見た設置魔法と同じようなものだろう。
そして流れている聞き覚えのある音、それは、餃子の勇者の冒険譚、そのオルガン伴奏だった。
「カ、カラオケ……!?」
「さあ、歌ってちょうだいよ!」
どうせこれも勇者の発案したものだろう。勇者、いい加減にしろ。と思いつつ、伴奏が流れたなら歌うほかあるまい、と勇人は歌い始めた。カラオケにはつきものの、あのぼやんとした響きのマイクがないのが寂しいが、文句は言うべきでないだろう。試しに少し声を出してみたところ、どうやら声の方も卓上の魔道具が拾ってくれるらしい。一体どういう仕組みなのかとんと見当がつかない。
そうして1曲を歌い終えた頃。
「……おにーさん、本当に歌上手いのね……。」
「朝は断っちゃってごめんなさいね。ぜひウチで歌ってほしいわ……。」
アオイさんとサクラさんが、口に手をあててこちらを熱っぽい視線で見つめていた。こちとら日本人である上にボーカリスト()である。カラオケならば歌わないわけにはいかないという妙な義務感に駆られただけで、別に、そういうつもりで歌ったわけではないのだが……。
しかし、歌わせてもらえる酒場を探していた勇人にとってこれは好機に違いない。勇人はサクラさんにもう一度、ここで歌わせてもらえないかと打診してみた。
餃子屋に加えてこの店でも歌うことができれば収入は安定するだろう。手持ちも潤沢とは言えないし、路銀を稼ぎがてらにイツノミヤにはもう少し滞在するつもりであったのだ。
「ママ!いいわよね!」
サクラさんがママに大きな声で尋ねる。この店の権限はママが握っているらしい。オーナーなのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
夜の人たちの言う「朝」は店を開ける前、つまり夕方を指す場合が多いとお姉さんに教えてもらいました。




