52話/調べのもたらす邂逅
7/17 改稿。
10/7 改稿。勇者の口調。
「ああ!?なんだお前は!」
「あれ?あなたもこの詩人さんにご用事ですか?割り込んでしまってすみません。」
いきなり左右前方から声をかけられ、驚きで少しリズムを崩してしまった。プロ失格だとひとり苦々しく思いながら、勇人は歌い続けた。演奏中にどのようなトラブルがあろうとも、客の前では動じるべからず。ある先輩バンドマンから耳にタコができるほど聞かされた言葉だ。もちろん餃子を皿に並べる仕事も忘れない。
話しかけてきたふたりはというと、勇人の目の前で何事か言い争っている。そっとしておこう、と思った矢先、向かって右手側の柄の悪い男がこちらへと矛先を戻してきた。厄介なことにならなければいいが、そうもいかなさそうな様子だ。
丁度曲が終わったところだったので、そちらに意識を向けた。
「おい、何無視してくれてんだよお前!」
「歌の途中だったので。」
「だから何だってんだ!」
屋台の前に設けられたテーブルの客たちは、何事かとこちらを遠巻きに見ている。
「ところでご用件は?」
「お、おう、そうだよ!お前、誰の許可でここで歌ってんだ!」
こちらの世界にやって来る前にも同じようなことがあったな、と勇人は思い出す。しかし、あのときの冷たい目をしたヤのつく自由業(推定)のお兄さんの方がもっと怖かった。何故だろうか、この男の方がずっとガタイもいいし、筋肉も隆々で腕っ節が強そうだというのに。
そんなことを考えながら男に言う。
「そちらの店主さんですよ。ここはその屋台が借用しているスペースだとお聞きしていますが、他に許可が必要だったんでしょうか?でしたら申し訳ありません。そんな情報は聞いていなかったものですから……。問題ないはずなのですが。」
元の世界でのこともあり、許可関係については店主との打ち合わせの際に隅々まで確認してある。もちろん、各店が契約している敷地内での活動については、他の許可など必要ない。要するに言いがかりだ。
以前日本でヤのつく怖いお兄さんに絡まれたときも一種の言いがかりではあったが、あのときは勇人のストリート演奏も条例的にグレーだったので、強く出ることはできなかった。もちろんヤーさん怖いという気持ちも強かったが。しかし、今は違う。
思うに、おそらくこの男は、この餃子フェスに並んでいる他の屋台の関係者か、その方面から依頼を受けてやってきたチンピラだろう。この店が繁盛しているのがおそらく気に入らないのだ。どこの馬の骨とも知れぬ勇人を受け入れてくれた店主との約束もある。むざむざしっぽを巻いてなるものかという思いが勇人の頭の中に渦巻いた。
もしかすると、今何故か怖くないのは、勇人の側に確固たる正当性があるからかもしれない。もしくは、目の前の男があのときのスーツ男ほど頭が回らなそうだからだろうか。
「そんな御託はどうでもいいんだよ!さっさと消えるか、消されるか、選びやがれ!」
予想通り、男はあまり頭が良くないらしい。しかし、思った以上に男は気が短かった。早速その筋肉で覆われた右腕を振り上げている。
殴られる。ギターを弾くための指と、折角ズィルダの町の老人がくれた魔道具だけは守らなければ、勇人がそう思って身を竦めた刹那、何かを叩きつけるような音と共に、男が視界から消えた。
「うーん……、お兄さん。ちょっとあんまりだと思うな。これじゃどう見ても言いがかりですよ?」
全く意味がわからないが、落ち着いて状況を確認してみる。すると、左側から声を掛けてきた若い男が、チンピラの腕をつかんでひねり上げ、地面に押し付けているのが目に入った。
「許可について詳しくはわかんないけど、問題ないはずだと先ほど彼が言ってましたよ。殴るのはそれを確認してからでも良くない?って思っちゃうけど、それじゃダメですかね?」
黒い色の短髪に黒い眼、こちらで出会った人の中では最も彫りの浅い顔立ち。しかしよくよく見ると端正な作りの顔である。体つきはそれほどゴツくなく、地面に転がって制圧されている男に比べるとよっぽど華奢だった。ちなみにチンピラはというと、若者の言葉に何か言い訳めいた謎のうめき声で応えている。
「それに……、僕はまだ彼の歌を聞いてたい。みなさんもそうじゃないかな?」
息ひとつ乱さずに話し続けるその若者の言葉の後半は、餃子の皿を囲むテーブルの客たちへと向けられている。事の成り行きを見守っていた客たちは、その言葉を聞いて、少しの沈黙の後、弾けたようにそうだそうだと歓声を上げた。
「わ、わかった……!もうこんなマネはしない!……だから、離してくれ!」
相変わらず地面に押し付けられている男も、分が悪いと悟ったのだろう。そう言って若者に離してもらった後、すぐにどこかへ逃げていった。
ふたりを間近で見ていた勇人も、ほっと一息をついて、彼に礼を述べる。それに対して若者は笑顔で気にしないでくれと告げた。そして、思い出したようにテーブルの客たちへと向き直る。
「お騒がせしてしまってすみません!みなさんにはここの店のイツノミヤ焼きを僕から奢ります!何皿でもオッケー!」
彼の大盤振る舞いともいえる宣言に、客たちがまたも沸き立つ。店主の方をちらりと見ると、また増えた注文の対応に必死なようだった。おそらくこの屋台が今までで最も繁盛した一夜になることだろう。
改めて若者に向き合うと、彼も、こちらをじっと見つめていた。見れば見るほど、青春系邦画やなんかで活躍するようなしょうゆ顔のイケメンである。
「話の続きだけど……、さっきのあーみんですよね?僕、彼女大好きなんです!」
あーみんとは、日本で長いこと安定した人気を誇る女性シンガーソングライター、竹野宮亜由実、旧姓細井亜由実の略称だ。近年では有名な監督のアニメ映画で昔リリースした曲が使われ、リバイバルとばかりに売れまくっている。そして勇人が演奏していたのもそれで、独特のコード進行とノスタルジーをかき立てる歌詞ががあーみんらしい、名曲だ。
しかし、何故この世界であーみんを知っている者がいるのだろうか。勇人は非常に困惑した。少しだけ、思い当たる節がないでもないが……まさか。
「そ、そうだけど……なんで知って……?」
勢いよく詰め寄ってきた黒髪の若者に、弱弱しく尋ねる。彼は、勇人に近づいた姿勢そのままで、笑顔で言い放った。
「あ、申し遅れました!僕、ハヤタ・タカトウと申します。……3年前神殿に召喚された、日本人です。あなたもそうなんでしょう?詩人のお兄さん?」
お読みいただきありがとうございます。




