51話/餃子の勇者の冒険
8/20 改稿。
10/7 改稿。
2021/12/26 改稿。
「うちも味は悪くないと思うんだがなあ……見ての通り閑古鳥よ。」
「確かにとても美味しいと思いますよ。他の店ではこういう味のものは見ませんね。」
店主が差し出してくれた餃子を食べながら、会話を続ける。この店の餃子は、以前宇都宮在住の恩師を尋ねた際にご馳走してくれた宇都宮餃子に忠実な、懐かしさがこみ上げる味だった。しかも、店主の腕がいいのだろう、パリパリの皮を噛み切った後に溢れ出る肉汁はなんともたまらない。
地味だが安定した美味しさのそれは、妙にアレンジされた派手な餃子がおおいこの餃子フェスティバルで、逆に勇人の目を引いた。
「昔この町に立ち寄ったってえ勇者様が直々に教えてくれたっていうレシピをずっと忠実に作ってんのよ。それ以来、歴代の勇者様方はこのイツノミヤ焼きを食べにこの町を贔屓にしてくれてよ。それでこの町は発展して、今やトーキオ州北部随一の都市になったってわけよ。」
カレーの勇者の次は餃子の勇者か。なんともしまらないな。というか、食いしん坊の勇者が多すぎないだろうか。食文化ハザードもいい加減すべきだ、と勇人は餃子を頬張りながら思う。しかしそのおかげで美味しい餃子にありつけているのだからあまり文句も言うべきではないか。
「そうだったんですね。ときにご亭主、その勇者様の歌はないのですか?」
「そうだなあ……確か。」
勇者のもたらした餃子で発展した町だ、その逸話を元にした歌なんかがあればきっと受けるだろう。しかも、この店の餃子は、勇者直伝レシピを忠実に守っているのだ。「こんなかっこいい勇者様直伝のイツノミヤ焼きが食べられるのはこの店だけ!」なんて謳い文句はきっと掴みにもってこいだ。
そう、勇人は、この屋台の店主に頼んで、今晩この店の横で歌う許可をもらっていた。見返りに、必ずこの店の客数を伸ばしてみせると約束して。店主も、勇人の言葉を鵜呑みにしたわけではないだろうが、どうせ人気のない、失うもののない店だと言って快諾してくれた。
* * * * *
まもなく夕刻だ。餃子フェスティバルを開催している通りも、夕食を求める客たちでより一層賑わいを見せている。熱心な客引きの姿もあり、休日の原宿みたいだ、とその様子を眺めながら、勇人は店主を手伝って餃子のタネが入った器を並べる。
トキオンの聖歌隊大会ではギターのおかげで妙な嫌疑をかけられ、お尋ね者となった。イツノミヤはトーキオ北部に位置するとはいえ、北部トップの都市としてトキオンからの行き来もそれなりにある(と思われる)町である。目立つギターは控えることにした。
「にいちゃん、そろそろかきいれ時だ、調子はどうだい?」
「問題ありません。」
しっかりとズィルダの町の老人からもらった魔道具もセットする。宿で少し実験したが、増幅ならば簡単な操作で行えるようだった。文字の読めない勇人にしてみれば、説明書を隅々まで読むことが必要な難しいものだったらどうしようかと思ったが、一安心だ。裏側にブローチのようなピン状の留め具がついていたので、それを使ってシャツの胸に取り付けた。
そうしていると、客がやって来た。観光客らしい若者のグループだ。店主が餃子を焼き始めるのを確認して、魔道具のスイッチを入れてから、勇人は歌い始めた。イメージとしては日本にいた頃に2、3度だけ行ったことのある歌うアイスクリーム屋だ。昼間の打ち合わせで店主から聞いた餃子の勇者、その冒険譚をリズミカルに歌う。歌声を耳にしたのだろう通行人たちが視線をこちらにちらりと向けているのを感じた。掴みはオーケー、か?
おそらく宇都宮出身だと考えられる餃子の勇者。名前は知らないが、宇都宮は勇人にとっても、日本にいた頃何度か訪れたことのある思い入れのある町だ。彼が異世界に召喚され、魔王を倒すまでの、ファンタジーなストーリー。
お決まりの、土地を荒らす竜との一騎打ち、力を貸してくれる妖精族との出会い。そして仲間の犠牲の果てに成した魔王討伐と世界の平和。男の子ならば1度は夢見る正統派な物語だ。幼い少年を連れた家族連れが子どもに引っ張られてこちらを向き、注文を入れる。
また、餃子の勇者は、元の世界に恋人を残してきたそうで、遠く隔てられた愛を歌うものもあった。それは他の勇猛たるアップテンポな曲と違って、ゆったりしたスローバラードだ。これは若い女性やカップルが足を止めて聞き入っていた。
やはり餃子の勇者に由来するイツノミヤ市。皆が知っている曲なのだろう。客の食いつきが良い。
そして歌の合間合間に、「この歌の勇者様がかつて愛したものと変わらぬ味!それがこの店のイツノミヤ焼きです!」と宣伝することも忘れない。
それを聞いたお客たちが次々と店主に注文する。パフォーマンスで注目を集めるという宣伝方法はこちらの世界では使われていないらしく、物珍しさから客たちが次々やってくる。入れ食い状態と言ってもいい。
あっという間に、屋台の前に設置してあった簡素なテーブルと椅子は、満員御礼状態となった。
店主の方を見ると、予想外の客数に、注文をさばくのにいっぱいいっぱいといった感じだ。手に余る程の客を引いても仕方がないので、このあたりで勇者の曲はいったん打ち止めだ。テーブルについている人たちの食事の妨げとならないよう、適当な曲を歌う。ギターがないのが悔やまれてならないが、仕方ないと泣く泣く割り切った。
そんなことをしながら、久しぶりに、元の世界の流行歌を歌っていた。そのとき。
「おうおう、なんだあ?景気が良さそうじゃねえか、だれの許可で」
「ねえ、そこの歌のお兄さん!その曲、あーみんですよね?」
ふたつの声が勢いよく勇人に届いた。
間が空いてしまいました。お読みいただきありがとうございます。
そろそろ物語が動くかなと




