50話/異世界はニンニクの匂い
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2021/12/16 改稿
農協、もとい農業ギルドを後にして、勇人は元来た道を引き返した。相変わらず餃子フェスの道は強いニンニクの香りが漂っている。
厩舎に預けた葦毛に変わりがないことを確認し、そろそろ名前を付けてやらねばと思いながら、滞在延長の申請をするべくピンク髪の姉妹の元へと足を進めた。昼が過ぎて、入町希望者もひと段落したのか、彼女たちは門すぐ横のテントの中で椅子に腰かけて飲み物を飲んでいる。休憩時にしか利用しないのだろう、テントは高校の文化祭で使うような屋根だけがついた簡素なものだった。
「すみません。お願いしたいことがあるんですが、今でも構いませんか?」
「あれ、先ほどの!滞在延長の申請でしょうかです?」
「ギルドカードは作られましたかです?」
「ええ。さっき作ってきました。」
「かしこまりましたです!」
「ギルドカードのご提示をお願いいたしますです!」
素早く椅子から立ち上がった彼女らは、手際よく手続きを済ませてくれた。入門許可を得たときにも思ったが、幼い見た目の割に仕事は慣れているようで、そつがない。
「農業ギルドですか!」
「フジさんは吟遊詩人さんでしたよね?」
「とりあえずどこでもいいから登録しようと思いまして。」
「そうだったのですかー、ユニークなお考えですね!」
「ですね!」
「どこに登録すべきかもわかりませんでしたし。」
「うーん、吟遊詩人の方は冒険者ギルドに登録されている方が多いように思いますです。」
「ですー。」
そういうことは先に教えてくれよ。まあだいたい予想通りだけれど。
冒険者ギルドは、姉妹から聞くに、採集や討伐などといった依頼の冒険者への斡旋や契約代行、報酬の支払いが主な仕事らしい。元の世界でのファンタジーギルドのイメージ通りといって問題ないだろう。舞い込む依頼は多種多様で、特に腕に自信がない者でもこなせるものもあるため、旅の吟遊詩人や芸人には日当稼ぎとして役立つのだそうだ。
そう聞くと、大人しく冒険者ギルドに登録しておけば良かったかとも思う。
しかし、勇人は元の世界にいたときから音楽で食べていくのが何よりの夢であった。もう農業ギルドに登録してしまったことだし、音楽以外の金策手段をここで絶ってみて覚悟を決めるのもいいか、と考えることにした。行き当たりばったりだが、そういう気持ちが道を開くときもある、という多少無理矢理な開き直りである。まあ、いよいよ食うにも困る、となったら冒険者ギルドに登録する心づもりではある。フリーターのバンドマンならぬ冒険者の吟遊詩人だ。
「はい。以上で滞在延長の手続きが済みましたです!」
「存分にイツノミヤをお楽しみくださいです!」
書類での手続きを終えた姉妹からギルドカードを返却された。その手慣れた、そして役所などで見たことのある機械的な所作を見て、このふたりはイツノミヤ市の職員、つまり公務員なのだろうかとどうでもいい考えが頭をよぎった。
姉妹に礼を言い、その場を後にする。まずは宿の確保、ということで、宿屋街があるという町の東部へと向かうことにした。
* * * * *
首尾よく予算に見合った宿屋を見つけた勇人は、葦毛を宿屋裏手の厩舎へ移動させ、今晩の仕事を探すべく再び町へ繰り出した。今晩宿泊する部屋は、安い値段相応でそれほど上等ではないが、酒場の並ぶ繁華街や餃子フェスが行われている通りに近い。それはバンドマン、じゃない、ストリートミュージシャン改め吟遊詩人として稼ぐことを希望する勇人にとって大きなメリットだった。
「あー、ごめんねえ、うちは飛び込み入れてないんだよ。」
しかし。
「ええ?歌?いらないいらない。」
そして。
「可愛いわねえ、ワタシあなたみたいな子タイプよ~。……あら、違うの?まあでも良かったらここに連絡してねん。」
とまあ、夕刻に近くなったところで準備中の酒場を当たってみたものの、営業結果は芳しくなかった。最後の店では綺麗に化粧をした男のお姉さんに流しの男娼と間違われる始末。
町の入口に門があり、滞在許可証などを発行していることからもわかるように、イツノミヤ市は余所者に厳しいらしい。あの姉妹が言っていた、『最近物騒』というやつの影響だろうか。
とうにこのあたりのめぼしそうな酒場は全て回り尽くしてしまった。今日少しも稼げないとなると、路銀が底をつくとまでは言わないものの、かなり厳しくなるのは確かだ。
(うーむ、さて、どうすべか。)
思案しながらぶらぶらとしていると、またニンニクの匂いが鼻をついた。どうやら、酒場を訪ねるうちに、餃子フェスのあたりまで歩いてきてしまったらしい。人通りの多い通りに面した屋台が目に入る。
「屋台……か!」
勇人はひとり呟くと、ある屋台へと小走りで急いだ。先ほど餃子屋台巡りをした際にも回った、味は非常にいいが、看板を初めとする店構えが他に比べて大人しく、それほど繁盛していなかった店だ。
「すみませーん!おやじさーん!」
相変わらず客足は多くないようで、じっくりと餃子の焼き具合を見つめている店主に勇人は声を掛けた。
「はいよー!……ん?あんちゃん、さっきも来たな。どうだいうちのギョーザは?」
「最高にうまいっす!ひとつください!……で、実はちょっとご相談が。」
散々に歩き回って小腹が空いていた勇人は餃子をひと皿注文し、そして、本題である思いつきの内容を餃子を皿に盛りつけている店主に告げた。
「うーん、そりゃ確かにいいかもしれねえなあ。試しにお願いしてみるかねえ。」
「やった!こちらこそよろしくお願いします!」
頭を下げ、そして視線を戻すと、勇人の目の前に餃子がたっぷり乗った皿が差し出されていた。
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