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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第二部-1.さすらいのミュージシャンとまだ見ぬ異世界編
54/92

49話/懐かしい響きの

7/17 改稿。

10/7 改稿。

 この異世界でトップアーティスト、もとい、トップ吟遊詩人に俺はなる!

 そのためにはまず、ギルドで身分証明書を……と意気込んでイツノミヤ市の西部ギルド街へ来てみたはいいものの、ズラリと軒を連ねる各ギルド支部を眺めながら、勇人は途方に暮れていた。


「俺は一体(いってえ)どのギルドさ入りゃあ……つか、看板読めねえから何が何だか……。」


 一旦、入って来た門のところまで戻ってあのピンク髪の姉妹に聞いてこようかとも思ったが、なんだかんだでここから門までは歩くと遠い。片道30分は掛かるだろう。イツノミヤは北部随一の都市らしく、面積が広い。

 少し逡巡したが、結局、ギルドに所属することで何か恩恵を受けたいわけでもなく、身分証明が欲しいだけなのである。言うなれば、車を運転する予定などないのに、身分証明のためだけに運転免許を取るようなものだ。適当なところに入って登録してしまおうと決めた。最近やっとこの世界に馴染んできた証拠だろうか、昔よりも少し大雑把になった気がする。


 両手の指では少し足りない程のギルド支部が、丸い広場に面して建てられている。それぞれ建物の雰囲気は様々で、出入りしている人間たちの雰囲気も異なっている。おそらく、1番荒くれっぽい連中が大勢出入りしている無骨な建物が冒険者ギルドで、その反対側にある、ローブや謎の服をまとった人々がこそこそと向かうアールヌーボー風の不思議建築が魔法ギルドではないだろうか。どちらも勇人には縁がなさそうだ。もっとこう、創作(クリエイター)のためのギルドとかそういう感じのはないだろうか。


 元の世界でのファンタジーなギルドのイメージというと、まずは冒険者ギルド、そのあとに魔法ギルドや商人ギルド、職人ギルドがあったり……というくらいか。ネットゲームのユーザーによるギルドは割愛する。


 一般的にメジャーなのはおそらく冒険者ギルドなのだろうが、勇人にはどうもピンとこない。イメージの中の冒険者が腰に下げているような剣はおろか、ナイフすら持っていないのである。そう考えて、ナイフくらいは持っていた方がいいかなと勇人は思う。一応ひとり旅なのだ。今まで使う機会がなかったのがおかしいくらいで、必要になるときがきっとあるだろう。

 イツノミヤにいるうちに手頃なものを買おうと決め、勇人は再びギルド街へと意識を戻した。


「吟遊詩人ギルド……なんてニッチなもんあるわきゃねえしな。」


 ええい、ままよ。と勇人は、鞄から先ほど餃子フェスでもらって処分し忘れた割り箸を取り出し、周りに人がいないことを確認してからそれを真上に向かって放り投げた。

 数秒の後に、カランと乾いた音を立てて箸が地面に落ちてくる。その先端は、ほぼ円形に並んだギルド支部のうちから、ひとつを選び出した。


 数ある中で、最も普通っぽい建物。かなり普通っぽい、つまり地味な人たちがぽつぽつと出たり入ったりしている。

 近づいてみても、正直に言って、一体何をしているところなのか全くわからない。普通すぎる。一応看板も備え付けてあるし、この辺り一帯はギルド支部しかないと例の姉妹に聞いているので、何らかの職業の人たちが集まっていることは確かだろうが……。


 しかしここでいつまでもこうしているわけにもいかない。意を決して、その大して大きくもないドアを開けた。




* * * * *




「登録お願いします。」


 扉の向こうは、……普通だった。

 教室の半分くらいの広さの部屋の奥の方には受付があり、壁には掲示板が造りつけられている。半分ほどのスペースにはテーブルと椅子が並べられ、人が数人、座って何かを話している。


 勇人はひとまず、受付へ向かった。小さなカウンターの向こうには明るい茶髪をひとつにまとめ、眼鏡をかけた20代半ばくらいの女性が椅子に腰掛けている。真面目そうな面差しがどことなく公務員っぽい雰囲気だった。


「はい、新規登録でよろしいですか?」

「ええ。」

「それでは、こちらの書類にご記入をお願いします。」


 受付の女性がカウンターの下から1枚の紙を取り出し、ペンを添えてこちらへ差し出してくる。残念ながら読み書きができないことを告げると、女性は少し思案してから、代筆を申し出てくれた。ありがたくお願いすると、いくつか質問を受けた。名前、年齢、性別など。女性は、その答えを聞きながら書類に几帳面そうな小さな字で記入している。


「農地はどちらになりますか?」

「えっ?」

「農地です、畑の所在地ですね。」


 農地。女性の質問に淀みなく答えていた勇人だったが、その言葉を聞いて少し戸惑う。


「ど、どうしても必要ですか?」

「そうですね……農業ギルドですから。」


 どうやら農業ギルドだったらしい。それなら確かに農地の情報、いるよね。ということで、試しに農園である実家のある都市名を告げてみた。半分冗談のような、しかしイチかバチかである。受付の女性が不思議そうな顔をした。


「それは……遠路はるばるいらしたんですね。大変でしたでしょう?」


 この世界に来て少しした頃、もしかしたら地元の町の名前があるかも、なんて考えたことがあるが……本当にあったらしい。異世界に来た日本人、そう、勇者たちはもう少し自重した方がいいのではないか。なんなんだ、ここに小日本でも作るつもりか。


「ええまあ……。確かに遠出ではありましたね。」


 ここは話を合わせておこう。勇人は久しぶりに日本で29年間(以下略)を発揮させる。


「センダオの近くですよね?……まあ、センダオの支部はアレですものね。」

「ええまあ……そうですね。」


 何がアレなのかはわからなかったが適当に返事をした。それ以上詮索はなく、つつがなくギルド登録書類は出来上がったようだ。受付の女性が書類を手に、カウンター裏の扉の向こうへ去っていく。現代日本で暮らしていた身からすると、ザルのようなシステムだとついつい思ってしまった。


「お待たせしました。それでは、最後に、ここに拇印をお願いします。」

「はーい。……あ、朱肉お借りできます?」


 女性が持ってきたカードのようなものには、ここに拇印を押せという意味だろう、小さな枠が用意されていた。生憎勇人は朱肉など持ち合わせていなかったので、貸してもらえないか聞いてみる。

 すると女性は、何故かぽかんとした表情になった。


「しゅにく?……ああ、どうぞ。魔法で清潔にしてあります。」


 またカウンターの下をがさごそとして、女性が取り出したのは、小さなナイフだった。刃が薄く、よく切れそうだ。

 しかしその意図が掴めずに女性の表情を伺うと、また「どうぞ」と言われてしまった。

 これはつまり……。


(血判を捺せと……そったらことだべか。)


 勇人は痛いことは嫌いだ。いや、好きな人間などほとんどいないだろうが……。子どもの頃肺炎で入院した際、おそらく新人の看護師さんに数回点滴の針を刺し間違えられるという経験をして以来、特にその気持ちは顕著で、健康診断の採血や予防接種すらできる限り避けている。


 しかし、ここは異世界、気合で乗り切るべしと自分に言い聞かせ、ナイフを握って左手の親指の腹をそっと切りつけた。切り口から、ぷつっと血の玉が浮き出てくる。ナイフの切れ味が良いせいか、そこまで痛くはない。少なくとも、小さい頃肥後守(ひごのかみ)で鉛筆を削っている際に指を誤って切ってしまったときよりはずっとマシだ。


 それを女性が差し出すカードに押し付ける。

 すると、じゅわっという小さな音がカードから聞こえた。慌てて指を離すと、拇印と共に、カードには勇人の個人情報が焼き付いていた。大した情報は載っていないものの、これは個人情報の管理どうこうとかそんなレベルじゃないくらい雑だ。そんな勇人の思考を読み取ったかのように、女性が言った。


「情報は、持ち主様の意思で表示、非表示を設定することができます。今は表示状態です。試しに、カードに触れながら『非表示』と念じてみてください。」


 言われた通り、『非表示』と考えると、確かにカードに先ほどまで記載されていた情報はすっかり消え去った。ファンタジーだ。どんな仕組みなのか全く分からない。


「そのカードは当ギルドのギルドカードとして身分証明になります。また、ギルド支部にて預けた金銭を引き出す際にも必要となりますので無くすことのないようお取扱いください。」

「はい。」

「作物の販売ルートの確保、苗や種の仕入れ、品種改良や経営の相談等がご入用の際は当ギルド各窓口にてギルドカードをご提示ください。」


 販売、仕入れのルート斡旋、農業相談、金融……あ、これ、農協だ。農業ギルドって、農協だったんだ。

お読みいただきありがとうございました。


10/7 気まぐれに追記。肥後守で指切るといったいんですよマジで。

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