47話/時として想いは形に
10/7 改稿
2021/21/26 改稿
2025/03/05 修正
懐かしい夢を見た。
『うーん、いい加減新しい楽器買おうかなあー。州都で最近作られたっていう新しいの気になるんだよねー、でもなー、置く場所と持ち運びがなー。結構でかいじゃんね、アレ』
その日、使い込まれた、というよりは使い古された、という表現の方がしっくり来る竪琴を脇に置いた彼女は、仕入れ目録のとあるページを眺めながら呟いた。こうして季節に1回、州都から目録がやって来る時期になると、彼女は度々うちの店に来てはじっくりとそれを眺めていく。小さな町の道具屋なんてしみったれた家業、昔から嫌で嫌で仕方がなかったが、そのおかげでこうして真剣な顔の彼女を独り占めしていられると思うと、最近はこれも悪くないかなと思うようになった。我ながら単純だとは承知している。
『×××くん!こないだのアレ!注文して!……え?ああ、マスターがね、店に置いておいていいって言ってくれたの!どうせあそこでしか歌わないし!』
その日、彼女は、店の入り口を蹴破らんという勢いで来店し、上気した顔のままそう告げた。彼女は来る新しい楽器に目を輝かせている。トキオンの今をときめく楽器工房の新作だ。うちの店としても久しぶりの大きな取引であるということもあるが、彼女の嬉しそうな顔を見ているだけで言いようのない喜びが胸の奥から溢れてきた。
『えへへへへー!×××くん!見て見て!おニューだよ、おニュー!すごいなあ、かっこいいなあ、かわいいなあー!』
その日、やっと届いた新しい楽器を、彼女だけのステージである酒場へと運び込む手伝いをした。州都からの馬車で運ばれてきたそれは、結構な大きさと重さだったが、酒場は店の真向かいなので大して苦労はしなかった。厳重に巻かれた梱包を全て取り去ると、ピカピカのそれがようやくその姿を現した。彼女は隣でぴょんぴょんと飛び跳ね、マスターに注意されている。彼女は僕より少し年上なのに、こういう子供っぽくて可愛らしい一面がある。
実は、この楽器と一緒にある物を注文していた。
新しい楽器を手に入れたお祝いとして、彼女に渡そうと思っていた。毎晩、店を閉めてから仕入れ目録をじっくり吟味して選んだ品だ。少し奮発することになったが、きっと彼女が喜んでくれると思えば、後悔は無かった。
今は新しい楽器を見て無邪気に喜ぶ彼女の邪魔をするわけにもいかない。もっと、相応しいときに渡そう。
『×××くん、いつもありがとうね!かんぱーい!』
その日、数曲を歌って一旦ステージから下りた彼女は、僕の隣の席に座って酒を飲んでいた。彼女はお酒が好きだ。それこそ樽単位なんじゃないかというほどの量を飲んではマスターに叱られ、しょげているところを何度も目撃している。そんな彼女も可愛いと思う。
まだ早いこともあってか、店内に客の数はまばらで、ゆったりとした時間が流れている。
チャンスだと思った。ベルトに下げたポーチには、彼女への贈り物が入っている。このタイミングでなら渡せる。そう思ってポーチの金具に手をかけた。そのとき、彼女がこちらを向いて口を開いた。
『あのね、×××くん……聞いて欲しいの。わたし……』
プレゼントは、キレイな布でラッピング済みだ。出したらそのまま渡せばいい。
『わたし……』
そこで目が覚めた。
* * * * *
「おはようございまーす。……おとうさーん?」
開店前の道具屋は、当たり前だが入口に鍵が掛かっていた。店の裏手に回ると勝手口のような扉があったので、少しだけ強めにノックして老人を呼ぶ。
待つこと数秒。木の板で隔てられた向こうから足音が聞こえて、勢いよくドアがこちら側へ向かって開いた。
(外開きかよ!)
と思う間もなく勇人は鼻と額をしたたかにぶつけたのであった。
赤くなっていないか心配だ。ていうか鼻血出てない?大丈夫?
こちらに来てから圧倒的に内開きの戸が多かったため完全に油断していた。その結果の失態である。そうだよね、商売やってると搬入とか外開きの方が都合いいもんね。
「おお、すまんの。まさかそんなに近くに立っているとは思わなんだ」
「イエ……。スビバセン、コッチコソ」
右手で鼻を、左手で額を押さえていると、老人が家の中へと招いてくれた。朝早くからすみません、と頭を下げてお邪魔する。
通された部屋はいわゆるリビングのような部屋。4人がけのテーブルが部屋の中央に据えられている。座るよう促されたので、大人しく掛けさせてもらうことにした。相変わらず鼻が痛い。感覚的に鼻血は出ていなさそうだけれど……鼻をさすっていると、カップと皿、小さな何かの包みを乗せた盆を持って老人が戻ってきた。
「ばあさんがいないもんでの、大したおもてなしもできんのじゃが」
「いえ、すみません。こちらこそ朝早くから上がりこんでしまって。わざわざありがとうございます」
用意してくれたカップの中身は、宿屋で飲んだものとほとんど同じ香りのお茶だった。この町では一般的に飲まれているようだ。一緒に出してくれた皿にはクッキーのような焼き菓子が乗っている。勧められてお茶をひと口含むと、宿屋のものより大人しい味だった。野草の配合が違うのだろう。
「昨夜は本当に楽しかったのう……」
老人は、昨晩の話の続きのようにベンの祖母の話を聞かせてくれた。ここ、ズィルダの町に生まれ、若い頃は吟遊詩人としてトキオンで暮らしていたのだとか。安定した歌唱力と美貌でそれなりに売れていたというが、しばらくして故郷に戻ってきたらしい。それ以来、彼女はあの酒場で歌って生計を立てていた。そのうちに、宿屋兼酒場のマスター、先々代店主と結婚したのだそうだ。客たちに惜しまれつつ、しかし大いに祝われながら。
「この町の男どもはみんなばばあに憧れとった」
「おとうさんも?」
「もちろんじゃ、ウチのばあさんには内緒じゃけど。ま……もう時効かの?」
そう言っていたずらっ子のように笑うと、今度は少し真面目な顔になって、老人は盆に乗っていた包みを手に取った。可愛らしい柄のハンカチのような布で丁寧に包まれているそれ。包みを解いていくと、中から、四角い、真っ白の箱が出てきた。手のひらに乗るサイズの小箱だ。老人はその箱も開ける。
「あんたに、これを使ってもらおうと思ってな」
中には、少し大ぶりのペンダントトップのような、ブローチのようなものが収められていた。中心には黒に近い濃紺の宝石が嵌められており、繊細な蔓の意匠を凝らした銀細工がその周りを取り囲んでいる。
「これは?」
「魔法具じゃ、だいぶ昔に買ったもんだが、まだこの通り使っておらんでの」
「はあ、魔法具……ですか。随分高そうですね」
「まあ、装飾は昔のもんだが、機能は生きとる。……この真ん中の石が魔石でな、音を増幅させたり、加工したりするような魔法式が書き込まれとる。音楽やる人間には人気がある石なんじゃが、……いかんせんこの町にゃあそんな奴おらんからのう。持ち腐れてしもうているんじゃ」
老人の言葉に、勇人はしげしげと魔法具を眺めた。確かにそういう魔法は覚えたいと思っていた。しかし、魔法具があるとは……。
「デザインやなんかは気に食わんかもしれんが、良かったらこいつを活用してやってはくれんかの」
「それはありがたいお話ですけど……いいんですか?俺みたいなどこの馬の骨とも知れない奴に渡して」
「これでも長く生きとるからの、悪い人間とそうでないのの見分けくらいはつくつもりでいる。それに、にいちゃんは……昨日ばばあと同じ歌を歌いよった。今までばばあの他にあれを歌った人間は見たことがなかったんじゃ。みーんな、変に暗い歌ばっかりなんじゃ」
そう言うと、老人は、小箱の蓋を閉め、ハンカチで包んでから、それを肩提げ鞄に入れて勇人に渡した。A4サイズのファイルくらいは入りそうなサイズだった。
「鞄はサービスじゃ。おかげで昨晩は楽しかった」
「ありがとうございます。何から何まで」
おそらく、勇人がギターの他には手ぶらであることに気づいての厚意だろう。ありがたく受け取らせてもらおう。
「ええわ。代わりといっては何じゃが、またこの町に来ることがあったら歌を聞かせておくれ」
「もちろん」
老人と挨拶を交わし、入ってきたのと同じ裏口から外に出た。未だ太陽は朝日特有の攻撃的な眩しさを伴っていた。扉口まで見送ってくれた老人に手を振り、馬を迎えに行く。
鞄の中に入っている魔道具が、きっと昨晩言っていた『渡せなかったモノ』だったのだろうと気づいていたが、勇人がそれを口にする必要はなかった。
* * * * *
「あら、お客さんがいらしていたの?」
勇人が去ってから少しの時間が過ぎ、表の店を開けた頃。州都から朝1番の乗り合い馬車で帰ってきた妻が、キッチンの洗い場に置きっ放しにしていたカップを見つけて言う。
見合い結婚をしてからというもの、夫を立て、舅と姑を尊重し、子どもを生み立派に育て上げた、気立てのいい良き妻として長年連れ添ってきてくれた妻である。彼女には、大抵のことはお見通しだ。
……あるひとつの小箱を除いては。
ふとしたときに頭をもたげていた鈍い罪悪感の根源だったそれも、今はもう無い。不思議に晴れ晴れとした気分だ。
「さっきまで旅の吟遊詩人が来とってな」
「あらあら、じゃあ、その方はきっと歌がお上手なのね?」
「ああ、非常にいい歌い手でなぁ。……しかし、どうしてそう思う?」
「だって、あなたが大切にしまっていたあの小箱がなくなっているんですもの。会いたかったなあ」
年老いた妻は、くすくすと控えめに笑っている。上手く隠していると思っていたのだが、まさかばれていたとは、全く気づかなかった。彼女には、全てお見通しだったようだ。
「私も会いたい!……会えるかしら?」
「きっと会える、と思うけどなあ」
言いながら、先ほどまで一緒にお茶を飲んでいた年若い客人のことを思う。捨てるにも売るにも思い切りがつかず、おそらく死ぬまで手元に置き続けると思っていたあの小箱の中身を、彼ならば上手に使ってくれるのではないだろうかという期待があった。自分がその歌に惚れ込んだ、2人目の吟遊詩人ならば、きっと。
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