46話/a calm morning
8/20 改稿
2025/03/05 修正
翌朝。リダ村にいた頃ほどではないが、朝日が出てすぐくらいの早起きに成功した。昨日のことを思い出せば奇跡的と言っていい。
簡単な身支度を整えて1階へ下り、酒場兼食堂に顔を出すと、疲れた表情のベンが朝食の用意をしていた。
「おはよう」
「ああ、ユートか、おはよう」
昨夜はまあ、その後も楽しく盛り上がってしまい、結局酒樽がいくつ空いたのか定かではない。みんな今日も仕事だと言っていたのに、大丈夫なのだろうか。時間にしても、日が変わってしばらくまで宴は続き、全員を追い出した後ベンは後片付けに追われていた。勇人も手伝ったのだが、結局朝方までかかってしまった。
まあ、それだけベンの祖母がこの町の人々に愛されていたということだろう。多分。
それに、一緒に働いたことでベンと少し仲良くなった。
「しっかし昨日はすごかったなあ……」
「お前の飲みっぷりが大概ひどかったけどな。結局ひとりで数樽空けたろ」
「そうだっけ?飲みすぎて覚えてねえわ」
「嘘つけ。ケロッとしてるくせに。……こちとら酒の仕入れに朝から大わらわよ。在庫全部飲まれちまったからなァ」
「へぇー、そんなことあるんだねぇ」
「オメェが飲んだんだわ」
カウンターに腰掛けると、ベンが暖かいお茶を出してくれた。緑茶ではない。
こういったお茶はリダ村でもよく飲まれていたが、近隣の草原で摘める野草を何種類か配合したものだ。その町の人々が飲む茶はそれぞれが手に入りやすい野草でもって配合をするので、土地によって味が違うとアスクに聞いたことがある。確かにリダ村で飲んだものとは違い、花のような香りが強かった。リダ村のものは雑穀茶っぽかったが、ここのは少しハーブティーっぽい。聞けば、消化を助け、リラックス効果をもたらし、更に酒を飲みすぎた次の日にも効くという。
「このお茶、不思議な味がする」
「それ、プレシオスの花が入ってんだ。見てきたろ?あの白い花」
「ああ、あの光る花。……夜見たら、キレイだろうなと思ったよ」
「それ」
そう言うと、ベンは朝食のパンを切りながらプレシオスの花について話してくれた。
開花時期は春から夏にかけてと比較的長く、最も強く発光するのは真夏らしい。夜には、それこそミルクを零したように草原を真っ白に染め上げるのだという。その時期になるとズィルダの町では警護の冒険者を雇って、プレシオスの花見物ツアーを組み、それにかこつけた祭りなんかも開催する。あと2か月ほどで、町が1年で1番賑やかになる時期がやって来るというわけだ。
「ただの宿場町かと思いきや、観光地だったわけか」
「まあな」
どおりで昨夜の払いが良かったわけだ。この町の住人たちは、恵まれた観光資源によって見た目以上に裕福な暮らしをしているらしい。
「……ユートさあ、祭りの時期にまた歌いに来ねえか?絶対稼げるぜ」
「なかなか魅力的な提案だけど……約束はできんね。一応お尋ね者だし、旅は風任せだし?」
「ま、そうだよな。一儲けできると思ったんだけどなァ」
「まあキレイな身になったら……、そのうちまた遊びに来る、かな」
「そうしてくれ。みんな喜ぶ。お前の歌、良かったからさ」
「お、おお。……いや、あんたのばあさんの手柄だよ」
「それだけじゃあるめえよ」
褒められてニヤつきそうになる口元へカップを運んでいると、朝食の皿が勇人の目の前にやってくる。黒っぽいパン、焼いたハムのような燻製肉、野菜たっぷりの白っぽいスープだった。パンにつける用だろう、鮮やかな赤色のジャムのようなものが小皿に添えられている。
さっそくスープをスプーンで掬って口に運んだ。昨晩のスパイシーなものとは違い、滋味と言うのがいいか、穏やかな味だ。スープには具材の旨味が十分に溶け出していて、何かの乳で味を調えてある。これも二日酔いに効きそうな味をしていた。
「染みるねえ……」
「やけにオヤジ臭ぇ物言いだなあ、若者がよ」
「……俺、多分思ってるほど若くないよ?」
「若造はみんな言うんだわ、いくつだよ」
「えー、30歳」
ベンが妙にイラッとするニヤケ顔で尋ねるのでそう答えてやる。
なんとなく、実年齢を言ってみようかという気になったのだ。異世界にやってきた当初はともかく、今ではそこまで隠しているわけではなかったのだが、ずっと言う機会を逃していたので、彼が奇遇にもこちらでは勇人の実年齢を知る初めての人間ということになる。
「俺の2個下!?嘘つけよ!」
「えらくマジですー。てかオッサンは思ったより若いな。40くらいかと思ってた」
「気にしてんだから言うんじゃねえよこの若作り!10代みたいな見た目しやがって!」
「え、ほんとに?ほんとにそんなに若く見える?ちょっと嬉しいんだけど!」
「流石に10代には見えねーよ冗談だよ!いや、でもな、ええ?……おま、ほんとに30歳なのか?」
「えっ、……そんな?10代は流石にむり?」
「……いや、うーん。本気で聞いてる?お前、……ひ」
「どうもぉー……」
ふたりでくだらない言い合いをしていると、他の宿泊客が朝食を食べにやってきた。
昨晩空き缶に貨幣を投げ入れてくれた冒険者風の旅人たちだった。彼らもなんだかんだで遅くまで付き合って騒いでいたようだった。見るからに顔色が悪い。今日の道中二日酔いで大丈夫なんだろうか。心配になる。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「あ、歌の……おはようございます……」
お礼を言おうと思って声を掛けたが、明らかに具合の悪そうな、弱々しい声が返ってきた。日本にいた頃には散々二日酔いに苦しめられた勇人には、彼らの気持ちが良くわかる。プレシオス茶とベン特製二日酔い撃退スープで元気になってくれることを祈り、そっとしておこうと決めた。
朝食を食べ終わり、ベンが注ぎ足してくれたお茶を飲みきってから席を立つ。昨日の約束通りもらったおひねりを渡そうとしたら、酒代でずいぶん稼いだからいいと断られてしまった。約束だからと粘ったが、頑として受け取ろうとしない。
仕方が無いので部屋に1度戻って昨日と同じように紐でギターを背負い、入り口でもある食堂に戻ってきてからもう1度確認してみた。こちとら図々しさをそれほど持ち合わせていない日本人なのだ。いくらコネとはいえ、無料で泊まるのは気が引ける。
「昨日はお前のおかげで繁忙期10日分は売った。もう十分だよ、これ以上もらったらミラに怒られる」
「そういうなら……でも本当にいいのか?」
「いいよ。その代わりまた来いよ。稼がせろ」
「……おう」
次来たときは自腹で酒を山ほど、いや液体だから海ほどか、注文しようと心に決め(もちろんその頃には音楽活動でもって大金を懐に入れている予定)、ベンや食事中の今にも死にそうな旅人たちに別れの挨拶を告げて、宿屋を出る。厩を覗くと、葦毛は水とエサを十分に与えられて満足そうだった。そのたてがみを梳きながら少しだけ待ってくれと伝え、宿屋向かいの道具屋を訪ねる。出発前に必ず寄ると約束した、昨晩出会った老人の家だ。
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