41話/御手紙
ついに第二章です。よろしくお願い致します。
8/20 改稿
2025/03/05 修正
真っ白に光り輝く平原を抜け、またしばらく走った。もうそろそろ日が落ちる、良くないなと焦り始めた頃、ようやく行く手に人里が見えた。良かった。今晩はあそこに宿を取る他ない。遠くに見える町にはそろそろ灯りが灯り始めている。
「日が沈む前に辿りつけて本当に良かったー」
町の入り口で葦毛から降り、手綱を引きながら宿屋を探して歩く。何をするにしても、まず今晩の寝床は先に確保せねばなるまい。どうやら町の規模はリダ村よりいくらか大きいようで、日が落ちる間際でも賑わいがある。州都トキオンから街道沿いに北へ向かって1つ目の里ということもあってか、宿屋が多い。
「こん中でいっちばん安い宿屋はどれだ……?」
一軒ずつ看板を眺めてみて、高そう安そうといった大体の感じには見当がついたが、どこを選ぶべきかという決め手にはならない。誰かその辺りの人に聞いてみようと視線を巡らせたとき、ふいに声を掛けられた。
「おーい!そこの兄ちゃん!そう、あんただあんた!」
振り返ると、そこそこちゃんとしたレベルに見える宿屋からヒゲクマ系のガタイの良いおじさんが手を振っていた。客引きだろうか、にしては雑というか、そもそもこの程度の宿に泊まれるような金は持ち合わせていない。客商売をする人間なら相手の身なりでもそのくらいわかりそうなものだが。
「そんな怪訝な顔するんじゃねえよ!ミリアン・リダから知らせがあったんだよ、ユートだろあんた!」
「ええ……?」
「だからその顔やめろ!」
トキオンにいるはずのミリアンから知らせが届いているとはどういうことか。勇人はほとんど休みを取らずにここまで走ってきたのだ。途中誰かに抜かれたりということもなかったし、この世界には電話や電子メールといった便利な伝達手段がないことも確認済みだ。なのに何故勇人より早く知らせが届いているのだろうか。不審だ。
「用心深い奴だなあ……。これはさっきツバメ便で届いたんだ。あれは高いが速いからな。間に合ったんだ」
こちとら母や小学校の先生にはよく「知らない人について行っちゃいけません」と言われていた生粋の日本人なのである。用心深いのは褒め言葉だ。なにせここは異世界で、この町がリダ村みたいな平和な場所とは限らないのだから。
「ツバメ便?」
「おうよ、ちょっとした手紙やなんかをツバメにくくりつけて送んのよ。長距離はまだ安定しないってんで試験的にしか動いてねえが、トキオンからここらまでなら余裕よ」
「そういうのもあるのか」
「ま、そういうわけだ。で、これを葦毛の馬を連れた痩身中背黒髪黒目の男に渡せってよ。ほら」
と、ヒゲクマ男はくるくると巻かれた羊皮紙を勇人にぽんと寄越した。紐を解くと、それは手紙のようだった。勇人は黙って書かれている文字を見つめる。
勇人は黙って書かれている文字を見つめる。
「……あんた、もしかして字が読めないんじゃ……」
「んだ」
見かねたようにヒゲクマ男が勇人に声を掛けてきたので、簡潔に返答する。ところどころわかる単語はあるし、文字自体の発音はそれなりに覚えているので声に出すことくらいはできるが、文章としては全くと言っていいほど意味がわからない。筆跡が違うものがあるのは、みんなで少しずつ書いたのだろう。いわゆる寄せ書きか。
(なして誰も俺が読み書きでぎねえことにきづかねんだべ……)
まあ、気づいていても他に伝達手段がなかったのだろう。ということで、勇人は葦毛を宿の裏に繋がせてもらってから、目の前のヒゲクマに手紙の代読を頼んだ。
「はあ……、わかったよ。『ユートへ。この手紙を受け取っているなら、今きみは北街道ひとつ目の町、ズィルダにいるということだろう。このツバメ便を託したヒゲのむさ苦しいオッサンは、あたしのかつてのパーティメンバーでベンという。もじゃもじゃな上面倒くさいヤツだが、』もじゃもじゃってなんだ!『今日はそいつの宿に泊めてもらうといい。あたし、つまりミリアンへの借りを返せよ、と、おそらくこの手紙を読んでいるだろうベンへの伝言をさせてもらう』……確かに借りはあるかもしらんが!」
やはり伝達手段の問題か。代読をしてもらうことまで考えてあるということは特に恥ずかしいこととかは書いていないのだろう。いや、特に何か恥ずかしいエピソードがあるわけではないが。
ベンに読んでもらった手紙の内容をまとめるとだいたいこうだ。
ひとつ、リダ村の無罪については証明できたが、こちらへのフォローまではまだ手が回らない。名前は誤魔化しておいたが効果の程はお察しなのでできるだけ目立たぬよう行動すること。ふたつ、身分証がないと宿に泊まるのも苦労するような場所があること。身分を証明するのに手っ取り早いのはギルドカードなのでできるだけ早くどこかのギルドに入ること。(ギルドは教会と関係のない独立した組織なので安心するように)みっつ、身分証が手に入るまで、そして何か困ったことがあった場合同封してあるミドリカワ家の書状を使ったらいいということ。よっつ、必要以上に女性に手を出さないこと。
これはアスクとミリアン、リュースにサリアからだろう。
文言の通り、確かに複雑な図案の家紋が写された一枚の紙が封入されている。しかし、勇者の家系といえど、ミドリカワ家は一体どれほどの権力があるのだろうか。
「……て、俺がいつ女の子に手を出したっていうんだ。失敬な」
「『ちなみに、全ての街道のトキオンからひとつめの町には同じような手紙が送られている。全てわたしの信頼できる人間に届くようにしたので心配はいらない。では、きみの旅に幸多からんことを。死ぬなよ』だとさ」
「そうか。ありがとう」
ベンから手紙を返してもらい、もう一度紐で巻いてから、失くさないようにギターケースの内ポケットにしまった。かなり有益な情報だった。なんにしろ今日はまず宿をとって、ギルドやらなんちゃらのことは明日からだ。ベンを見ると、渋い顔をしている。
「どうしたオッサン」
「ミラが言ってるからなあ……仕方ねえ、今日はうちに泊めてやるよ」
「格安で頼む」
「何言ってんだ、ミラに頼まれたら金なんて取れねえよ」
ミラ、というのはトキオンでも聞いたミリアンの愛称だ。このヒゲモジャの男は本当にミリアンのパーティメンバーだったらしい。ヒゲモジャなせいでイマイチよくわからないが、肌ツヤを見るとおそらく同年代だろう。
「うーんでもなあ、タダってのも居心地が悪いし……ん?ここは酒場がくっついてんのか?」
「ああ、1階は食堂兼酒場だ」
「なら……」
勇人は、ベンにある提案をする。最初は訝しんでいたようだが、まあミリアンの知り合いということでおかしなこともしないだろうしいいだろうということで話を呑んでもらうことができた。
それよりまずは部屋に連れて行ってくれるというので、勇人はギターケースを持ち上げ、ベンの後に続いた。
お読みいただきありがとうございました。




