幕間3/リダ村の平和な休日(午後)
「ガァッ!」
だいたい30メートル程はなれた茂みから、鳴き声を上げつつ現れたのはウサギではなかった。白とくすんだ緑色の体に、2本の足、赤い鶏冠のようなもの……
「鶏かな?」
「野生の?」
「そんなまさか」
よく見ると、足が鶏よりも随分太くて力強さが感じられる。遠目で正確なサイズはわからないが、大体ビーチバレーのボールくらいの大きさだろうか。どちらかというと鶏より雷鳥に近いかもしれない。
「こっちくる!」
「まじかよ!」
リカの言う通り、ライチョウモドキ(仮名)は、こちらに気づいて、何故か歩み寄って来ていた。野鳥なら普通人間に近づこうとはしないはずだが。異世界は違うのか?というかこちらが逃げるべきだろうか。見た目に騙されて、気づいたときにはもう手遅れ、みんなまとめてぱくっと捕食とかは嫌すぎる。
勇人が少し腰を浮かせたとき。
「おや、あれは……」
こちらの様子に気づいたアスクがその正体を教えてくれた。
「えっ、聖鳥?あれが?」
「ええ。あれはまだ子ども……というかヒナですね。親がどこかにいるはずです」
カンムリエン、といういうのが例の鳥の名前だそうだ。成長すると体高が2メートル前後まで成長し、人が乗ったりもできる。聖鳥とされる由縁は、歴代勇者たちがこの鳥に乗って旅をしたという史実からなのだとか。馬よりも頑丈で、ちゃんと訓練すれば熊くらいなら蹴飛ばして倒すことができるというファンタジー生物が、魔王を倒すべく戦う勇者に重宝がられるのは自明の理である。
「しかし、もう野生のカンムリエンなんてこの辺には残っていないと思っていたんですが」
聞けば、勇者が魔王を打ち倒した後、そのお供として有名となったカンムリエンは、貴族やら金持ちやらの間で爆発的なブームとなり、乱獲されたのだそうだ。こういう人間心理はどこに行っても変わらないらしい。しかもこの世界には、動物愛護やワシントン条約といった感じの概念は存在していない。野に残された数少ないカンムリエンたちは、そのうちに人の手が入りにくい辺境へと移り住んでいったのだという。
「基本的には大人しい鳥ですから、近づいてくる分には大丈夫でしょう」
「アスクは何でも知ってますね」
「何でもは知りませんよ」
(知ってることだけ、かな)
アスクの答えにくだらないことを考えていると、カンムリエンのヒナはすぐそこまでやって来ていた。かなり人馴れしているように見える。野生ではなくて、脱走鳥なのかもしれない。
リダ村の子どもたちも、鳥に向かってそろそろと近づき、あと2メートルくらいというところで足を止めて、お互いに相手を見つめてじっとしている。初めて見る聖鳥とのふれあい方に迷っているらしい。
るーるるるるるるーって言えばいい、と適当な情報を流布しようとしていたとき、後ろの方から様子を伺っていたらしいセシリアがトコトコとカンムリエンへ近づいていった。そういえばセシリアの家は養鶏農家だ。鳥には一家言あるのかもしれない。
鳥の目の前に立ったセシリアは、握られている右手を突き出し、鳥の顔近くで指を開いた。手のひらには紫スノキの実が3つほど乗っている。
「おなかすいてるんじゃないの?」
「ガァ……ガァ!」
はじめは不思議そうに手のひらの上の実とセシリアの顔を交互に見ていたが、そのうち信用したのか、短くコロンとした嘴で啄ばみはじめた。お気に召したらしく、手のひらの上の実がなくなったらおかわりを要求しているようだ。図々しい鳥もいたものだ。
「じゃあこっちにおいで。……ユート、ちょっと紫スノキもらうね」
「おう。……って、えっ?もしかしてさっきも俺のから取ったの?」
「たーんとお食べー」
「こら、セシリア。無視するんじゃありません」
セシリアに勧められて、鳥は先ほどより勢いよく木の実を啄ばんでいる。カンムリエンは雑食なのだろうか。アスクに確認すると、牧草も生肉も残飯も、つまり何でも食べるとのことだったので、試しに弁当の残りのサンドイッチを差し出してみる。鳥は首をかしげて少し考えるような仕草をした後、恐る恐る口をつけた。
「ガ!ガァ!」
「おいしいらしいよ」
つぶらな瞳を輝かせて一際大きく鳴いた鳥の言葉を、セシリアが訳している。なに、きみ鳥の言葉わかるの?鳥愛ずる姫なの?
勇人はふと、日本にいた頃に見たアニメ映画の主人公を思い出す。そういえばバンド仲間の親友があの女の子が大好きで、原作漫画をボックス入りで家に持ってきたことがあった。仕方ないから読んだ。面白かったが主人公ではない方が好みだったので、親友と仲違いせずに済んだような気がする。
そのとき、遠くから誰かを呼ぶような声が聞こえた。すっかり子どもたちに囲まれてふれあい牧場のようになっていた鳥がその声に反応して、啄ばんでいた食べ物から顔を上げる。
「ガッ、ガァッ!」
「ご主人だって」
またセシリアが訳す。そうか、このカンムリエンは野生でもなければ脱走鳥でもなく、飼い主つきか。どおりで人馴れしているはずだ。草原でのお散歩で遠くまで来てしまったのだろう。
「ご主人様のところへおかえり」
「ガァ……」
鳥愛ずる少女セシリアに促され、鳥がゆっくりと歩き出す。去り際に、名残惜しそうにこちらを向いてまた一声鳴き、翼を広げてばさばさと羽ばたいた後、声の聞こえた方へ走っていった。鳥なりの別れの挨拶なのだろう。しかし足が短いくせにやたら速い。軽く砂埃が立っている。あれに乗ったら多分酔うだろう。
「さあ、私たちもそろそろ村へ帰りましょう」
アスクの言葉で、帰り支度をすることにした。といっても、弁当箱を背負い袋に仕舞うだけの簡単なものだが。
空を見上げると、先ほどまで頭の真上辺りにあった太陽はかなり傾いていた。
* * * * *
「スズカー!スズカやーい!」
草原に男の声が響いた。2、3度繰り返していると、向こうの方から、小さな土埃を舞わせながら近づいてくる何かが見えた。そのスピードのままあっという間に目の前までやって来る。
男の愛鳥、カンムリエンのスズカだった。ヒナと言うのが似つかわしい小さな体だが、その足の速さは折り紙つきだ。昼飯の後、腹ごなしと訓練を兼ねて散歩に出かけていたのだ。この草原には危険な生物は生息していないので心配はしていなかったが、思ったより帰りが遅いので呼んでいたのである。
「結構遠くまで行ってきたの?」
「ガァッ!」
「そっかそっかー、じゃあお腹空いたんじゃない?」
「ガァ?」
「空いてないのかい?」
「ガ!」
「もしかして……、何か食べてきたね?スズカ、拾い食いはだめだって言ってるだろう」
「ガァ!ガァガ!」
拾い食いではないと首を左右に振るスズカ。男は、愛鳥の頭を撫でながら、どういうことかと聞いてみた。見た目に反してなかなか賢いらしく、最近この鳥は人の言葉をそこそこ解するようになってきた。
「へえー、ご飯をもらって美味しかったんだー!」
「ガァ!」
「いいなー、優しい人がいるんだね。またこの辺に来たら会えるかなあ」
「ガァー……?」
それに比例してか、男もなんとなくスズカの言っていることがわかるようになってきた。初めて会った頃の、警戒心剥き出しで全く傍に来てくれなかったころが嘘のようだ、と最近思っている。
「ハヤター!スズカー!ご飯にするよ!早くこっち来て手伝いなさい!」
「はーい、ごめんごめん!……じゃあ、行こうか」
「ガ!」
少し離れたところから、気の強そうな女の声がふたりを急かす。ハヤタと呼ばれた男とスズカは、声のした方へ向かって歩き出した。太陽が傾き始めていた。
お読みいただきありがとうございました。
20190301
カンムリエンの成鳥はナウシカのトリウマみたいな感じで想像していただければ幸いです。




