幕間2/リダ村の和やかな休日(昼)
「あたしが1番みたいね!」
「アンは高ぇとこのもすぐとっちまうんだもん、ずりぃよ!ノーカン!ノーカン!」
「悔しかったら大きくなってみせなよ!ちびー!」
「むっかー!」
子どもたちはそれぞれが小さな体に似合わぬ大きな籠を背負っていたが、わずか小1時間ほどの採集活動の間に、それを満杯にするほどの採集を手際良く終えていた。紫スノキ班では、1番最初に籠をいっぱいにしたアンヘリーナと僅差で2番だったハリスが言い合いをしている。相変わらずイリヤはそれをニコニコと見つめ、少し年の離れたアキはおろおろしている。
勇人も、ウサギ肉のソテーふたり分には十分すぎるほどの紫スノキの実を確保していた。もともと大した量を採るつもりはなかったので持ってきた籠は子どもたちの抱えるそれよりも2回りほど小さい。
春を告げる風に当たりながら、籠の中の実をひとつつまみあげる。黒っぽいその見た目はクワの実のようで、ちょっとぷにっとしている。それを試しに口の中に放り込んでみたら、少し酸っぱい。味は小学校の頃帰り道で採って食べたスグリとザクロの中間みたいな感じだ。ジャムやソースだけでなく、果実酒にするのも良さそうだと思う。祖母が作っていたザクロ酒は美味しかった。
口の中に、野生植物特有のちょっとえぐみのある後味が広がった頃、服の裾をひっぱられた。そちらを振り返る。
「おなかすいた」
「だなー、そろそろお昼だもんなあ」
「おべんとう、たべる!」
小学校に入学するかしないかくらいの女の子がふたり。ゆるいウェーブがかかったブラウンの髪を二つ結びにして、いかにも素朴な欧州の少女然としたセシリアと、イリヤの妹で、よく似た儚げな顔立ちに、兄よりはすこし色味の強い、ミルクをたっぷり入れた紅茶のような色の髪をショートカットにしているリカ。同い年のふたりは仲が良く、大抵は一緒に行動している。
ふたりとも、背負った籠の中にはタチジャコグサやら他の野草やらがいっぱいに入っていた。おそらく幼い頃から親の手伝いで採集などもしているのだろう、この年齢にして驚きの手際だ。
「そろそろお昼にしましょう」
そのアスクの一声で、お弁当タイムと相成った。
勇人の昼食は、朝急いで作ったサンドイッチ。丸っこいパンに切れ込みを入れて具が挟んである。具は、いただいた鶏肉を甘辛く味付けて焼いたもの、野草サラダ、たまごサラダの3種類だ。アスクにも同じものを用意してある。
特にたまごサラダのサンドイッチは生粋のたまごサンド派である勇人による自信作だ。なにしろマヨネーズから自家製である。村人にもらった新鮮な卵に、行商人から買った牛乳、酢の代わりに酸味の強い果汁を手搾りで加え、塩で味を整えた。日本では冷蔵庫に常備していた赤ん坊の人形マーク入りのものとは少し違った風味だが、なかなかの出来だと思っている。
実際、味見したアスクにも好評だ。こちらの世界ではマヨネーズはないらしいので、もしかするとリダ村特産調味料として売ることもできるかもしれないと夢が広がる。
「にーちゃんこれなんだ?」
横に座っているハリスがたまごサンドを指さして聞くので、分けてやろうとしたら、そのときにはもう持って行かれていた。勇人謹製たまごサンドは既にハリスの口の中だ。
「おま、勝手に食うなよ!」
「なんだよー、じゃあ俺の分けてやるからさー」
「そういうことじゃありません!」
「ごめんってー。でもこれうまいな!何?たまご?これ何で味付けしてんの?」
今までマヨネーズはそれほど量産できないこともあり、僧房の食卓に上るきりだった。ハリスは真剣な表情で咀嚼しながら味わっている。
「こんなん今まで食ったことねえよ、作り方も……うーん、酸味があるのはわかるんだけどなあ……。まろい」
「今度作り方教えるか?」
「いいの!?にーちゃんの一族に代々伝わる伝説のソースとかじゃねえの!?」
なんだよその少年誌で連載されてる料理マンガみたいな仰々しいのは。
レシピを教えることを快諾すると、ハリスは非常に嬉しそうにたまごサンドを頬張った。
「あっ、これ、代わりと言っちゃなんだけど食ってよ!」
ハリスはレタスのような菜っ葉で巻かれた肉を勇人の方へ寄越した。礼を言ってひと口齧ると、冷めているにも関わらず肉はあっさりと噛み切ることが出来た。味付けも甘さとしょっぱさが絶妙のバランスでしっかりとなされており、それいて巻かれた葉と共に口に入れると、十分な旨味とともにさっぱりと食べることができる。しかし咀嚼していると口の中でしっかりと肉の味がする。美味しい。
「それ、かーちゃんに教わったんだ!どう?」
「自分で作ったのか!?すごいな!うまい!」
「えへへへへ……」
味の感想を伝えると、ハリスは珍しく照れたように笑った。しかしこの年でこれだけのものを作るとは……リダ村の子どもたちはみんなスペックが高いな。家の手伝いもしっかりやるし、26歳にして実家に寄生してぐうたらしている妹に見習わせたい。
「ハリスは将来『ラ・リダ』を継ぐんだもんね?」
「まあ、まだまだだけどなー。でもいつかかーちゃんより美味いメシを作れるようになってやるんだ!」
『ラ・リダ』はリダ村唯一の酒場で、料理が美味しいと評判の店だ。ハリスの母が店主というか、ママとしてひとりで切り盛りしている。勇人は未だ行ったことがないが、売れっ子吟遊詩人を目指す者としても、一介の酒飲みとしても非常に興味がある。
「そしたら俺に美味いもん食わせてくれよー」
「もちろんだぜ!……あ、でも金はもらうからな」
「しっかりしてんなあ」
「当たり前だ」
ハリスと話しながら辺りを見ると、だいたいみんな弁当を食べ終わってお喋りをしているみたいだ。アスクともう少し食休みしたら村に帰ろうか、なんて話をして、だだっ広い草原の向こうを眺める。地平線なんて日本にいた頃は見たことがなかった。
そうしていると、少し離れたところにある茂みが揺れるのが見えた。風による揺れ方ではないし、ウサギか何かだろう。この草原で何度か奴らがぴょこぴょこ跳ねているのを見たことがある。
今日はウサギに縁があるな、そう呑気に構えているときだった。それが茂みがの陰から姿を現したのは。
お読みいただきありがとうございます。
8/20 時系列的にはエリィ迷子事件の前なので、エリィは不参加のピクニックです。




