幕間1/リダ村の和やかな休日(朝)
20250306 修正
今日は週に1度の休日だ。ファンタジーな異世界にも1週間という区切りがあるようで、教会ではその1週間のうち1日を休日と定めていた。ちなみに、1日はほぼ20時間、6日で1週間、1月が5週間つまり30日で、10ヶ月経つと1年らしい。区切りが良くてわかりやすい。
教会の定めた休日であるから、今日は朝の礼拝が終わったら勇人は自由時間となる。といっても、このリダ村には娯楽が少なく、何ができるというわけでもない。たいてい休日は昼寝をするか、散歩をするか、オルガンで曲を作るかくらいの選択肢しかない。
まあ、日本にいた頃もバイトがない日は大抵前日酒をしこたま飲んでから夕方まで寝て、起きたらギターを弾いたり曲を書いたりという引きこもりな休日を過ごしていたので、朝に起きるという分だけマシだろう。
「今日はよく晴れて絶好の休日日和ですねえ」
隣でアスクが言っているように、確かに今日は朝から見事に晴れ渡っていた。日本ではなかなか見ることのできない真っ青な空に、やや大きく感じる太陽。雲ひとつない青空とはこういうことを言うのだろう。時期もだんだん冬が終わり、先月まではぱらついていた雪も最近ではその顔をとんと見せない。
「ねー。昼寝が捗りますねえ」
「どこかに出掛けたりしないのですか?」
「えっ」
「えっ」
お互いに相手の言葉を聞き返して顔を見合わせていると、そこに、村で3人しかいない狩人のひとり、ミリアンが顔を見せた。休日とはいえ、農家は最低限の仕事はしなくてはならない。作物だろうが家畜だろうが、生き物を世話する職業である以上は当然である。一方狩人は休日は比較的のんびりしているらしく、大抵早い時間にやって来る。
たまに、その手に食べ頃の獲物を引っ提げて。
「ミリアンさん、おはようございます」
「おはようございます」
アスクに続いて勇人も挨拶をし、彼女が右手に提げているそれを注視した。何かの葉で包まれ、そして紐で巻いて吊り下げている。パッと見、ネクタイを頭に巻いたお父さんが持つ土産の寿司のような風体のそれを、ミリアンがアスクに差し出す。
「おはようございます。これ、野ウサギです」
「それは素敵ですねえ。よろしいんですか?」
「うん。熟成も多分いい頃合いです」
「ありがとうございます」
野ウサギと聞いて、小さい頃に実家の裏山で、狩猟免許を持つ叔父に教わりながら罠を掛けて捕まえたことを思い出した。あの年はウサギが増えすぎて、近隣の農園で獣害が出ていたのだ。その日の晩飯に名称不明の非常に美味な鍋が出たこととセットになって強く印象に残っている。
「ウサギかあ……いいですねえ……鍋とか最高ですよねえ……」
頭の中で、あの血抜きされたウサギのうつろな瞳と目が合った。今となっては、懐かしい……当時はちょっとトラウマになりかけたけれど決してトラウマではない。命をいただくとはそういうことだ。もうこの年だ、十分わかっている。それにあの包みの感じからして、もう解体は済んでいるだろうし。
「ほう、ユートはウサギが好きなんですね」
「エ、エエマア」
「タチジャコグサと一緒に焼いて、紫スノキの実で作ったソースで食べるとうまい」
タチジャコグサは、リダ村の周辺に自生している臭み消しのハーブのような草だ。元の世界で言うなら、朝のニュース番組でイケメン俳優が料理をするときに使うような、ご家庭にないタイプのオシャレ食材としてこんな感じのものが出てきたような気がする。
また、紫スノキの実は黒っぽい小さな果実で、ベリーっぽい感じと言えばいいか。そのまま食べるには少し酸っぱすぎるのでリダ村ではジャムなんかに加工している。春先の、ちょうどこの時期に実をつけるらしく、ユートは未だ生の果実を目にしたことがない。
「それは美味しそうですね。ユート、折角ですから礼拝が終わった後採りに行ってみましょうか」
「えっ。……そうですね、ええ。もちろん」
* * * * *
「よーし、にーちゃんよりいっぱいとるぞー!」
「わたしだって負けないよ!」
「あはははは、ふたりとも元気だねー」
今日は、ミリアンからもらったウサギ肉を美味しく調理すべく、アスクとともに草原でまったり採集をして休日を過ごす……はずだったのだが。草原に到着した勇人たちは、いつの間にか村の子どもたちに取り囲まれていた。
村を出るとき会った村人たちに草原へ採集へ行くと言うと、休日ということで家の仕事から解放された子どもたちが続々と一緒に行くと言い出したのだ。親たちも、村を出てすぐの草原であるし、アスクと勇人が一緒なら心配ないと、子どもたちに自家消費用の野草や木の実の採集を任せて籠とお弁当を持たせる始末。のんびり採集をして帰ってくるだけのつもりが、一気にピクニックのような賑やかさになった。年長の子どもを中心に、普段教会の授業に来ている子供たちの半数ほどがついて来ている。
中でも活発なハリスとアンヘリーナは、早速紫スノキの実を採りに走って行った。その後ろを、いつものようにニコニコしながらイリヤが、そしてイリヤの弟アキが歩いて追っていく。
「ほら、ユート兄も!はやくー!」
「お、おう……」
アンヘリーナが目的の黒い実を素早く籠に放り込みながら勇人を呼ぶ。ちらりと後ろを振り返って見ると、アスクは他の子どもたちとタチジャコグサを探しているようだ。紫スノキは勇人担当ということか……。
勇人は足元に置いていた籠を掴み、彼らの方へ走りだした。
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