39話/ガールズトーク(仮)
逃げていくサリアにようやく追いつき、その細い手首を掴んだ。冒険者だった頃はこの腕に重い盾を構えて、どんな攻撃も受けて、流してとしていたのだから驚かされる。いや、ちぎっては投げだったか?まあ、どちらでもいいか。
「つかまっちゃったわぁ!」
「お前、ふざけすぎだ」
「やあね、わたしふざけてなんかいないわよ?」
いつも人をからかって笑っているサリアが、急に真面目な顔つきになった。こうしてまじまじと見ると、この女は非常に美しい顔立ちをしている。スタイルも完璧だ。性格には難があると言わざるを得ないが、見た目だけなら文句なしに満点だろう。実際、街でサリアとすれ違った男性のほぼ全てが振り返る。女性ですら半数以上が彼女に視線を奪われるのだ。
そんなサリアが、少しだけ羨ましい。
「だってミラ、あなた、ユート君のこと好きでしょ」
「す、好きとかじゃ……」
「そんなの嘘だわ。わたしの目はごまかせないんだから」
ユートとは、出会ってまだ数カ月しか経っていない。今回のトキオンへの遠征でこそ一緒に行動することが多かったが、それだけだ。ただ、少し昔の知人に似ているなとは思った。それでつい彼の前で飲みすぎてしまった。迷惑をかけたと思う。
「初めて会ったときから思ってたんだけど……彼って、あの人に少し似ているわね」
「そうか?」
「まだごまかすの?……まぁ、いいけど」
サリアも気づいていたらしい、ユートに似ている、ふたりの共通の知人。顔やなんかはそこまで似ていないけれど、髪の色は同じ黒。なにより、困ったように笑う表情や、雰囲気が似ていた。よく考えると優しげな声も似ているかもしれない。
「ミラ、あの人のことすっごく好きだったわよね……」
「う、そんなことは……!」
「あるでしょ。だから、昨日ユート君と飲んでたんでしょ?」
「あれは、たまたまだ!そ、そう、気が向いたから!」
「また、嘘。……あなた、みんな……違うわ、彼がいないとお酒飲まなかったじゃないの」
思わずドキリとした。確かにそうだ。昔から酒はそんなに強くない方だとわかっていたので、信頼できる人が一緒じゃないと不安で飲めなかった。だから、パーティメンバーとしかほとんど一緒に飲んだことはない。
なぜ昨晩は、ユートがいるであろう酒場に飲みに出かけたのだろう。リダ村に戻ってからというもの、随分と酒など口にしていないのに。
「ユート君がいたから、彼があの人に似てるから、ミラは飲みに出たんでしょ?」
語尾を伸ばす普段のあの媚びたような話し方ではない。サリアは、真面目に話しているのだ。おそらくミリアンのためを思って。
「図星ね。……で、最初は似てるだけの男に勘違いしちゃってるんじゃないかって心配してたんだけど、今日になったらミラがちょっと変わってた。ああ、これはあの人に似てるからじゃなくて、ユート君自身を好きになったってすぐわかったわ」
「な、なんでそう思う」
「女の勘かしら?ミラ、だめよ、自分の気持ちをいつまでもごまかしてちゃ。わたしたち、もうコドモじゃないの。相手がいついなくなるかもわからないの。後悔したって戻ってくることはないのよ?」
それはミリアンにもよくわかっていた。いつも一緒にいた相手が次の日にはいなくなっている恐怖、寂しさ。もっともっと話したいことが、行きたい場所が、見せたい景色が、あったのに。明日、言おうと思っていたことだって、あったのに。
彼の使っていた部屋を片付けながら、朝から晩まで、幾日も泣いていた。そんなミリアンを見かねてか、サリアたちはパーティを解散しようと言った。リーダーだった彼の穴はおそらく誰にも埋めることはできないし、このまま続けていたら、きっと思い出してしまうから。サリアは、彼のことを忘れさせたかったに違いない。
「それは、もう知ってる。あのとき、……後悔、したから」
「……もう、ミラにあんな思い、してほしくないのよ」
サリアが目を逸らしてぼそりと言った。その声にはいたわりが滲んでいた。このキレイな女は、ちゃらちゃらと遊んでいるように見せて、実は非常に優しい。とはいえ普段が普段なだけに、性格に難があるという評価は覆らないが。
「大丈夫だよ。それに、ユートのことは、好きなのかどうかまだわからないんだ。でも、信用できる男だとは思っているよ」
「ふーん……。まあいいわ。…………それでぇ、今のところどこまで進んだの~?教えなさいよぅ!」
「えっ」
それからサリアに根掘り葉掘りで問われるままに、全てを聞きだされてしまった。
エリィ迷子事件のときの活躍、ユートの飾らない立ち居振る舞い、歌が上手く夜には酒場で歌っているらしいこと、でもミリアンはまだ聞いたことがないなどといった村でのことから、昨日から一緒にトキオンに来たときの彼の引率ぶり、金の取引での堂々とした姿、トキオンの酒場を探していたから教えてやったことなどまで。サリアは妙に上機嫌だ。しかし、昨晩の話になったとき、それまでニコニコしながら相槌を打っていたサリアが急に声を荒げた。
「何それぇ!酔っぱらった女に何もせずに部屋に送るだけとかぁ、何よそれぇ!」
「そ、それはユートが優しいから……」
「ただのヘタレじゃないのぉ!?」
「違う、と思うけど」
「信じられなぁい!絶対ヘタレよ、ヘタレ!」
「そんなことは……」
「あるわよ!」
こうして、本人の預かり知らぬところで勇人はヘタレ認定されることとなった。
そのとき、教会へ向かって歩くふたりを心地よい風が撫でた。暖かく優しい、春の終わりを告げる風だ。
「もうそろそろ夏かしらねぇ」
ひとり言のようなサリアの言葉に頷きながら、ミリアンは、去って行ったユートの旅路に幸せがあらんことを願った。
そしてついでに、またいつか、どこかで巡り合わんことを。
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