37話/ふたつめの物語
主人公回。
8/20 改稿
ヘルマンによる命令のせいか、トキオン第二教会の中では、修道服を着た職員たちが見回りをしていた。勇人を探しているのだろう。勇人は荒事には弱いし、それに、できたとしてもできる限りやりたくない。
幸い、教会内には大きな柱や、彫刻のモニュメントなど、身を隠すには十分な物陰があった。職員の目を盗み、慎重に移動していく。こんなにダンボールが欲しいのは実家から出るために引越しの荷造りをしたとき以来だ。ダンボールは戦士の必需品だ。ドラム缶でも可。
「こちらにはいましたか?」
「いえ、まだ発見できていません」
もう少しで脱出、という玄関ホールに辿り着いたところで、聞き覚えのある鼻にかかった可愛らしい声が出入り口近くにいる男性職員に話しかけているのが聞こえた。
「そう。ならわたしがここを見ているから、手薄な裏口の方を探してください」
「はい!」
走り去っていく足音はおそらく男性職員のものだろう。これでこのホールには、勇人と、もうひとりしか存在しないことになる。ここで見張るとなると、出入り口である玄関からはまず目を離さないだろう。駆け抜けるか?否。おそらく追っ手を呼ばれてしまう。そうなるとこの辺の地理に疎い勇人には不利だ。
戦う?
苦手とはいえ、相手は女ひとり、なんとか……と考えて、勇人は首を振った。女性に手を上げるなんてバンドマンの風上にも置けない奴のすることだ。しかも見知った相手だ。躊躇しない自信がなかった。
ならばどうする。
「フジさん、いらっしゃるのでしょう?」
良案を見つけるべく、勇者と聖女を象った彫刻の裏で考えを巡らせていると、ふいに名前を呼ばれた。このホール内にいる勇人以外の人間はただひとり。その人物が、甘い印象の声で呼びかける。
「気配でわかっています。勇者様の裏にいらっしゃるのでしょう?隠れていないで出ていらしてください。このあたりには今、わたしとフジさんしかおりませんから」
「……ばれましたか」
「そういうの、昔から鋭いんです」
カマをかけているわけでもなく、完璧にばれているようだ。勇人は立ち上がり、彫刻の影から出て、相手に相対した。正面からこちらを見つめているのは、ライラと呼ばれるシスター。莞爾として笑う表情はまるで少女のようだ。
「じゃあ、お返しになるかわかりませんけど、俺もあなたが隠しているものを当ててみせましょう。あなた……声、作っているでしょう?」
「どうしてそう思うのですか?」
「耳が良いんです。昔っから。」
胡乱げな表情のライラに対して、勇人はにやりと笑って見せる。
ライラは、現代日本で言うところのアニメ声に近い声で話していた。
作った声というのは、自分の声を研究しつくした上で、かなりの練習をしない限り、どこかに無理が生じる。プロの声優とその真似事をしている素人の声を比べてもらえばわかるだろう。その中でも特に歪みがわかりやすいのは、作ったアニメ声だ。ライラの場合、たまに鼻にかかったように聞こえるのがそれだと、勇人は判断した。友人が好きだった素人のネット生配信などでも、そういう鼻にかかった作り声を聞いたことがある。余談だが、友人曰く「作り声ってわかると一気に萎える」そうだ。
「……今までばれたことなかったのになあ。残念」
「やっぱり、その声はあなたでしたか」
「ってことは、僕がやったこともばれてるのかな?」
声と共に口調や一人称まで変わるとは、このシスター、いい年してかなりイタいぞ……などとはもちろん言わない。
「まあ、だいたい。推測の域は出ませんけどね。ああ、別に言いふらすつもりはありませんよ。声のことも」
「そう。……まあいいか。予想外に大事になっちゃったけど、僕としてはあなたたちに危害を加えるつもりは全然ないの。こっちの手落ちで申し訳ないんだけど、早く逃げちゃってよ」
ライラは、出入り口を指差す。脳内シミュレーションで、こういう道筋も一応考えてはいたが、思ったよりあっさり通してくれた。半分勘だが、おそらくこのシスターは声を使い分けることも含めてかなり危ない博打を打っている最中のはずだ。最悪ちょっと脅して通してもらおうと勇人は考えていたのだ。
だが通っていいというなら否やはない。ギターを引っつかみ、走って出入り口へ向かう。
「ありがとう。でも、……オルガンの件は許しませんから」
「時が来たら謝るよ。欲しければこの首をくれてやってもいい」
「忘れません、その言葉」
すれ違いざまにライラと言葉を交わす。念のため後ろを確認するが、追っ手などを呼んだ気配はないどころか、彼女はにこやかに手など振っていた。おざなりに目礼を返してそのまま走る。アスクは馬を使えと言っていた。買ったばかりのところ申し訳ないが、貸してもらうことにする。厩舎は教会の敷地の隅に、目立たないように設けられていた。
茂みの陰で、勇人は紐を使い、手早くギターケースを自分にくくりつけた。馬に乗っても落ちないくらいしっかりとギターが固定されたのを確かめてから、つながれている葦毛の紐を解き、手綱を持つ。前回と違って鞍が付けられているから、あのような事態には陥らないだろう。そういえばこの馬の名前は何というのだろう。聞きそびれた。もしかしてまだないのかもしれない。勇人は自分の匂いをかがせて、そっと馬を撫でた。グラニと同じく、賢い馬のような気がする。
ゆっくりはしていられない。葦毛とは段々仲良くなっていけるだろう。手綱を左手に握り、鞍に手をかけ、左足を鐙に乗せたそのとき。
「せんせー!」
「ユート!」
呼び止められた勇人は、思わず声の方向へ振り返った。
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