35話/さようならは心の中
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「お、畏れながら、申し上げます……。此度、リダ村教会聖歌隊を失格とみなした件についてですが、……皆様もお気づきのことかと存じますが、彼らは歌唱の伴奏に、き、奇妙な楽器を、用いておりました。本来、聖歌とは、祝福されし楽器、オルガンで演奏されるべき曲です。」
「時代は移り変わる、今後はオルガン以外の楽器による聖歌もよいやもしれぬと、そう先ほどの協議で決まりはしませんでしたかな、司祭殿。そもそも、大会規定にはオルガン以外の楽器の使用は認めない、などというようなことは記載していないのでしょう?」
震える声を絞り出すようにして答弁するヘルマン司祭に、それを厳しく追及するミルヒア司教。しかし、まさかオルガンでなくギターを使ったなどという点で、失格になどできるものだろうか。信じられない。村のオルガンが壊されたあの時点で詰みではないか。
(……そか、ほんとだったらそうなっこどが狙いだっただな。)
しかしリダ村は出演辞退どころか、審査員団にも評価されるような発表をしてのけてしまった。オルガンを破壊した首謀者は、この大会でリダ村に万が一でも勝たれてはいけない理由があったに違いない。
「はい……ですが……やはり、」
「お言葉ですが、ヘルマン司祭殿。」
ヘルマンの言葉を遮って、勇人の隣に座っていたアスクがすっと立ち上がり、発言した。
「当教会のオルガンは、先日何者かに破壊されてしまい、今回は村民の私物である楽器を借用しております。司教様のおっしゃる通り、大会規定にはありませんでしたからね。また、オルガンの件に関しては、先だって第一教会と第二教会へご報告申し上げております。」
「ということだそうですが、ヘルマンくん、どうなのですか。」
「ぐっ……ヴィーサ司祭の言った通り、報告は上がってきております。しかし、」
「あなた方はそれに許可を与えたのでしょう?何か問題があるのですか?はっきりおっしゃい。」
司教に加えてアスクにも詰められ、司祭の顔色は非常に悪い。しかし、なにかを決意したように話し出す。
「……リダ村聖歌隊の使用している楽器は、ま、魔族のものである疑いがあるのです。」
「んなっ!」
声を上げたのは勇人の斜め前に座っていたコミンズだ。勇人もまた、驚きを隠すことはできない。リダ村聖歌隊関係者の全てが、雷に打たれたような顔をしていた。
(俺のギターが、魔族の楽器たあ……。んな馬鹿みでな話があるか。あれは日本のばさまが買ってくっちゃ楽器だず。)
「つい先ほどのことなのですが……」
会場中が驚愕に包まれていた。数拍置いた後に、密やかなささやき声が始まる。
そんな様子を見つめながらも、ヘルマンは震える声で続けた。順位をつけるための審査が終わり、審査委員長が講評と結果発表のために壇に登場してすぐのこと、審査委員が詰めた一室に、ある者からリダ村聖歌隊が伴奏に使用した楽器についての情報がもたらされた。「あのような楽器の記述が、先ほど届けられた魔王国の調査書で見られた」と。光の神、聖女、勇者を信仰の柱として祀る教会での聖歌隊大会に忌むべき魔族の品を持ち込むなど言語道断であり、疑惑といえど失格とした。また、そのことによって、リダ村には現在異端の疑いがかけられている。決して明瞭とは言えないヘルマンの話をまとめるとこういうことだった。
「この件に関して、聞きたいことがあるので、リダ村教会のアスク・ヴィーサ司祭、当該楽器所有者には……大会終了後に出頭を」
「ちょっと待った!」
ざわつき始めた観客席のどこかからいきなり張り上げられた声に、ヘルマンがビクつき、そして会場中の視線が声の主を探して彷徨い、一点に集まる。
「な、なんだね、きみは……!」
「噂の、『当該楽器所有者』ですよ。司祭さん。なんなら例の楽器を出しましょうか?」
座席に立てかけられたギターケースをに手をやり、立ち上がった勇人に、非常に大きな注目が寄せられる。ざわつきはすっかり静まり返っていた。四方八方、会場中が勇人の言葉に耳を傾けている。
「リダ村教会聖歌隊が、失格になる理由ってのは、……ヴィーサ神父が犯罪者みたいに出頭させられる理由ってのは、こいつのせいってことでいいわけですか?」
「そういうことだ。」
「他には何もないんですよね?なら、リダ村の連中はぜんっぜん関係ないね。」
「ユート、いけません。」
ヘルマンが息を飲む。リダ村の面々も、勇人が何を言い出すのか予想ができずに、不安げな表情で見つめるほかなかった。アスクだけが何かを悟ったように勇人を小声で止めたが、それを無視して続ける。
「そういう異端だのなんだのって派手な称号は全部俺のものってことだよ。」
「やめなさい、ユート!」
「どういうことだ、貴様……!」
「そんなこともわかんないなんて、トキオン第二の司祭は噂通りのバカなんだな。」
「なあっ!」
勇人は、アスクの再度の静止も聞くことはない。面と向かって『バカ』と言い放たれ、先ほどとは打って変わって声を荒らげたヘルマンの隣で、しばらくの間沈黙を保っていたミルヒア司教が静かに口を開いた。薄いブルーの瞳がまっすぐに勇人を捉える。見定めるような視線だ。
「あなただけに責任があると言いたいのですか?」
「そうです。司教様、やはりそこのバ……失礼、司祭殿とは違って話がわかる方ですね。」
「あなたは何者ですか?」
「つい最近リダ村に行き倒れていた、リダ村教会居候のミュージシャン……いや、吟遊詩人です。それ以上でもそれ以下でもない。」
「ほう、面白い人ですねえ。」
場に似つかわしくない平静さでにっこりと微笑むミルヒア。その横で、ヘルマンはその丸っこい体を震わせながら口を開いた。
「……そうか、ならば貴様にじっくり話を聞けば済むのだな!あの男をすぐさま異端審問に連れていけ!」
「お待ちください、司祭様!これには訳が……」
エドワルドが立ち上がり、司祭に異を唱えようとしている。隣のアスクが静かに勇人を呼んだ。エドワルドが衆目を引きつけているうちに、身を屈めた勇人に彼は耳打ちをする。
「こうなったらもう仕方がありません。ユート、早くここから出て、ほとぼりが冷めるまでしばらく身を隠しなさい。」
勇人は最悪ここで捕まっても良いと思っていた。その覚悟で声を上げ、疑いの視線を自分の方に誘導したのだ。
リダ村はこの世界での故郷だ。そこで暮らす村人みんなを、いつの間にか家族のように思っていた。守れるのなら、守りたいと、そう思ったのだ。どうせ一度失ったと思った命だ。
「よりによって異端審問など……、あれは刑死以外の終結を見た試しがありません。単なる見せしめですから。こんなくだらない教会のおままごとに付き合うことはありません。」
勇人は、アスクも教会の人間じゃないか、という言葉を辛うじて飲み込む。
「あのバカは、カッとなったら止まりません。単細胞ですから。……でも、すぐに忘れます。なにしろ脳細胞が足りませんから。」
「悪口のオンパレード!?」
「オンパレード?なんですかそれ?……いや、それより行きなさい、ユート。馬を使うといいでしょう。」
「そんな……。」
「早く。あなたにこんなことで死なれるわけにはいきません。村に残してきたみなさんに怒られてしまいます。何しろ、私たちの大切な、『家族』なのですから。」
家族。勝手にそう感じているとばかり思っていたのに。勇人は胸の奥で何かがじわっと溢れるのを感じた。こちらからは何度も一方的に家族と言い続けてきたくせに、相手に認められると妙に嬉しい。
また、アスクの言葉で、先ほどまでの自分の考えが独りよがりなものだったと気づかされる。親しい人が、いや、仮に親しくなくとも、見知った人がいなくなるというのは辛いことだ。事あるごとに30年生きてきて~、などと言ってきたにも関わらず、こんなことにも気づかないなんて情けない。勇人はアスクの言葉を素直に受け入れるしかなかった。他でもない、この1年弱の間を共に過ごした『家族』の言葉だ。
「迷惑をかけてごめんなさい。」
「こちらの言葉ですよ。ユートにはお世話になってばかりでしたね。……また、みんなで歌いましょう。」
「もちろん。あ、そうだ、アスク、首謀者はおそらく……」
最後に簡潔な言葉でアスクに耳打ちし、勇人はギターを抱えて静かにその場から動いた。勇人と入れ替わるようにアスクが立ち上がる。どうやら未だにあまり意味のない言葉を重ねるエドワルドと共に時間を稼いでくれるらしい。聖堂を出る間際に振り返ると、異世界に来てから今までに出会ってきた大切な家族たちが、そして友人たちが、こっそりと見送ってくれているのがわかった。
(まさか、こんなことになっとはな!)
聖堂の扉をくぐり、心の中で一時の別れを告げて、それからは振り返らずに勇人は駆け出した。右手に下げたギターのハードケースが重かった。
お読みいただきありがとうございました。
自分の技量の無さに改めて打ちひしがれた話しでした。




