34話/始まり
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確かに審査員も含め、聖堂内に会した人々の度肝を抜くような、奇抜なことをやったのは確かなようだ。しかしそれが、創意工夫の賜物とされるか、それとも異端のレッテルを貼られるかは、その時々の流れに左右される。今の時点で観客は味方についてくれているように見えるが、最後までどう転ぶかわからない一種の賭けである。
「参加団体のみなさん、本日は大変お疲れ様でした。おいでくださった信者の方々にも、感謝申し上げます。」
勇人の内心はよそに、トキオン第一教会のミルヒア司教は、好々爺然とした口調で話し始めた。
「今回は、各聖歌隊のみなさんの、より良い合唱を作り上げようという気概が伝わってくる、大変よい大会になったと思っております。1番目の……」
司教は、ゆったりとした言葉で、出演団体1つひとつに向けて順番に簡単な講評を伝えていく。その言葉に涙するもの、真摯な顔で頷くもの、反応は様々だ。そしてついに勇人たちの番がやってきた。審査員にはどういった印象を与えたのだろうか、できれば悪くない評価が欲しい。
「7番目に歌われた、リダ村教会聖歌隊のみなさん。はじめは、可愛らしいお子さんたちだなあと、そう思いました。しかし、1度曲が始まれば、驚きの連続……まるでわたくしも勇者様と一緒に旅をしたような気がいたしました。まさに、今までにない体験でした。あなたたちのおかげで、これから多くの聖歌隊、そして音楽家が新しい一歩を踏み出していくことでしょう。みなさん、この大会に参加していただき、本当にありがとう。……次、最後になりますが、トキオン第二教会聖歌隊のみなさん。みなさんは……」
聞きながら、勇人は我が耳を疑った。悪くないどころではない、絶賛ではないか。これは褒められているんだよな、皮肉じゃないよな、となんだかよくわからなくなってきたとき、いきなり背中を叩かれた。
「おい!聞いたか!」
「司教様からあんな言葉もらうなんて~、ほんとにすごいわぁ!」
コミンズとサリアだった。この2人が不思議と1番テンションが高い。周りにいる子どもたちを見回すと、みんな、ぽかんと口を開けてぼんやりしていた。勇人と同じく、思ったより褒められてしまって呆けているのだろう。なぜかリュースとミリアンも同じような表情で固まっており、その隣でエドワルドは泣いていた。お母さん方からハンカチを渡されて鼻をかんでいる。
「以上、わたくしからの講評とさせていただきます。」
「では続きまして、司教様より、順位発表を……え?差し替え?なんで今更……!」
「いいから早く行って!」
「……どうしたのですか、騒がしい。」
ばたばたとした会話が場内アナウンスに混ざり込んだ挙句、進行役の若い男が袖から走り出てきた。なにか紙のようなものを司教に渡している。なにかトラブルがあったようだ。
(いやーな予感がすんなあ……。)
「いやはや、お見苦しいところをお見せ致しました。それでは、順位を発表いたします。第3位、ナナオージ町教会聖歌隊、おめでとうございます。」
客席の一角からわっと歓声が沸く。ナナオージ、という町名に腹の底から突っ込みたいが我慢だ。どうせまた勇者のせいに決まっている。しかもちょっと捻りを入れてあるところが余計にイラッとする。
「第2位、……アビコ町教会、聖歌隊。おめでとうございます。」
順位の後に少し間が空いて、聖歌隊名が呼ばれる。先ほどより少し困惑したような歓声が上がった。会場からはどよめきの声が聞こえてくる。耳を澄ますと、「アビコ?第二かリダじゃないのか?」、「どういうこと?」といったような言葉が客席で交わされているようだ。
どうやら、勇人の嫌な予感は明察の様相を呈してきた。地名に突っ込むことすら忘れてしまう。
「…………第1位、トキオン第二教会聖歌隊。おめでとう、ございます。」
今度は、歓声はおろか、誰1人声を上げなかった。完全な沈黙。その間を繕うように、進行役の男の声が響く。
「受賞団体のみなさま、おめでとうございます。なお、リダ村教会聖歌隊については、協議を重ねた結果……失格、と、させて、いただきます……。」
「しっ、かく……?」
嫌な予感はやはり的中した。しかし失格とはどういうことだ。
勇人の呟きにワンテンポ遅れて、会場中がざわめき始める。観客は口々に隣人と疑問を投げあい、主催への不信感をも露にし始める。そのとき。ついに、誰かが声を発した。リダ村が陣取った位置からはどこにいるかわからない、遠くの座席からだった。
「おかしいじゃないか!」
「失格だと!?どういうことだ、説明してください!」
「そうよ!どうしてリダが失格なのよ!」
「主催の第二教会の陰謀じゃないのか!説明しろ!」
1人が口に出すと、そうだそうだと次々に同調の声が上がっていく。これはまずい。熱せられた大衆は、宥め損ねれば時の権力者ですら追い落としかねない。今のうちになんとか収集をつけようと勇人が腰を浮かしかけたそのとき、ミルヒア審査委員長が口を開いた。
「みなさん、落ち着いてください。……主催のヘルマン第二教会司祭、すみやかに出ておいでなさい。」
静かな声だった。しかし、有無を言わさぬ強さも兼ね備えていた。観客はピタリと静まり、舞台袖からヘルマン司祭が登場するのを待ち構えている。
そのふっくらした身に注目を浴びながら、司祭が壇上に現れたのは、呼び出しから1分ほど経った頃だった。
「ヘルマンくん、説明を。これではみなさんに納得していただくことはできません。それに、わたくしも聞かされていませんでしたからね。」
「は、はい……。」
やわらかでゆったりとした中に底冷えのする凄みのようなものを隠した声で、説明を求められたヘルマンは、遠目で見ても震えているのがわかる。哀れな立ち姿だった。もしも彼に何かの画策があったとしよう。よほど優れた演技力の持ち主でなければ、あれは首謀者ではあるまい。そう思わせた。
勇人は、先ほど舞台袖で聞いた話を反芻する。あのとき女は「手を打つ」と言った。おそらくこれだろう。ならば……。
「……あの女が、何かしたな。」
お読みいただきありがとうございました。
評価ポイントが100を超えていて、目を疑いました。ありがとうございます。
前第34部分である33話と、第20部分である19話において、今後の展開に重要となってくるかもしれない要素を入れ忘れていることに気づき、修正致しました。どこを直したというのは伏せますが、もしお時間のある方がいらっしゃれば確認してみてください。




