32話/ちいさなえいゆう
また、勇人が目配せをすると、別の子どもたちが歌い出す。アキとミハエル。それぞれ10歳と7歳の少年たち。そして6歳の少女セシリア。アンヘリーナに追従するように、同じ旋律を歌う。彼らは正統派な天使の声を持っている。ハスキーな少女の声との相性は抜群。故郷との告別から始まった物語を、新天地へのまっさらな希望へ移り変わらせていく。
「つかみは上々、といったところでしょうか。」
客席にいるアスクは、周囲の聴衆がかたずを飲んで聖歌隊を見つめる姿を確認し、呟いた。彼は何度か、子どもたちと勇人の演奏を鑑賞していた。初めて聞いたとき、必ず彼らの後にはセンセーションがやってくる。そう感じた。
曲は次の部分へと移っていく。
勇者は出会う。運命を共にする仲間たちと。
すると、今まで手拍子をしていた子どもたちが斉唱した。勇者と共に歩む覚悟を決めた友として。この曲の前半の盛り上がり、現代日本でいうところの1番サビである。それに相応しく、子どもたちは元気よく歌い上げた。
フレーズが終わり、打って変わって子どもたちは口を閉ざす。ギターの調べだけが聖堂に響き渡った。先ほどまでと違った、アルペジオによる柔らかな音色で、観客は、また場面が移り変わったことを知る。左右にステップを踏んでいた子どもたちも、動きを止め、神妙な面持ちだ。
今は亡き王国の王女。優しく、気高く、勇者を愛した少女。彼女が、旅立つ勇者とほんのわずかな甘い時を過ごす一節。歌うのは、エリィ。彼女のか細く、しかし澄み切った声は、観客に王女の切なる想いを十分に届けた。元は歌が苦手だった少女は、人に感動をもたらす素晴らしい声を持ち合わせていた。合わせて小さくギターをつま弾くのは勇人だ。2人は、目配せをかわしながら秘めやかな恋の物語を奏でる。
「エリィ……。」
エドワルドは静かに涙を流していた。
エリィのソロパートである恋の歌が終わり、また勇者は苛烈な戦いの日々へと赴いて行く。王女の笑顔を守るために、王女の平和を守るために。この世界で、初めて愛してくれた人。その気持ちに応えようと、勇者はそれまで以上に勇猛に、果敢に、旅を続ける。
物語の移り変わりと共に、歌い手も変遷していく。主人公たる勇者の戦いを、ハリスをはじめとした男子たちが歌う。ハリス、クリスティアーノ、コンラート、ローメオ、歳も髪の色も、性格も様々な、心優しい男の子たち。声変わり前の、少女と聞き紛うような歌声には、それでも少年特有の凛々しさと、そして健気さが表れていた。それは、勇者への憧れかもしれない。
少年たちの声を追いかけて、少女たちも歌う。遠くにあって勇者と共に進撃する女の心を、瑞々しいままに声に乗せて。
絡まり合う2つの主旋律を馴染ませるように勇人の伴奏はシンプルなコード弾きになっていた。計算されたタイミングで入るカッティングのリズムが、観客を更に曲中の物語へ引き込んでいく。
気づけば、聖堂はひとつになって、壇上の小さな聖歌隊へ手拍子を送っていた。声援を届けるように、あるいは自身も物語へ参加するように。
ついに物語は佳境だ。王国を苦しめる竜たちの谷に辿り着いた勇者一行の戦い。曲も最高潮に盛り上がる。竜を討伐し、勝利の雄叫びを上げる勇者、子どもたちは持ちうる限りの力でロングトーンを伸ばし、観客たちも高揚していく。
そこで、勇人がカッティングした。子どもたちはピタリと声を切る。一瞬の乱れもないカットアウト。
その張り詰めたブレイクに、空間全てが息を詰めた。
永遠とも感じられる一瞬の沈黙を破ったのは、1組の少年と少女だった。伴奏もなく、静かに歌い出す。イリヤとユーリア、13歳と12歳の、年長の2人が語るそれは死の調べ。やっとの思いで竜を討伐した喜びの直後に悟った、仲間との別れ。旅のはじめから勇者と共に歩んできた友は、死の淵に瀕していた。
イリヤは、その儚げな少年の貌に相応しい、美しくも切ない、涙の音色を。ユーリアは、長く伸ばした茶色い髪を震わせながら、最愛の友へ最後の別れを。
戦友の心に仕舞いこんだ想いを知った勇者は、悲嘆にくれて、それでも立ち上がる。勇者をこの世界へと呼んだ、精霊の声が、そして遠く離れた王宮にいる王女の祈りが、出会ってきた沢山の優しい人の心が、勇者の背中を押す。
歌詞に同調して、子どもたちが1人、また1人と歌声を合わせていく。カトリとソフィーは、まさに精霊に似合わしい透明なウィスパーボイスで、リカは幼いながらも明瞭な発音で芯の強さを見せながら。最後には、14人全員が声を合わせ、勇人が当初予定した通りの二部合唱を作り上げた。幼さが見える主旋律を、副旋律がしっかりと支え、最後のサビを盛り立てる。
それが最高点に到達したとき、小さな勇者たちの物語は、終わりを迎えたのだった。
滑らかなメロディの後奏が余韻を残して途切れる。一瞬の沈黙が場を支配し、すぐに弾けるように拍手の雨が降り注いだ。立派にステージを終えたリダ村聖歌隊は、子どもらしくばらばらと頭を下げた後、立ち上がって拍手を送る観客を横目に、舞台袖へと静かに捌けて行った。
お読みいただきありがとうございました。
音楽を文字にすることの難しさと無粋さを改めて思い知りました。音楽でしか表現できないから、音楽なんですよね。




