31話/楽しい音楽の時間だ
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聖堂からいったん退出し、いくつかの関係者以外立ち入り禁止区域を抜けて、舞台袖すぐの楽屋として使われている部屋までやってきた。今は5番目の聖歌隊、つまり前の前のグループが舞台から捌けてきたところらしい。少し楽屋の外が騒がしくなる。
緊張で表情が硬い子どもたち1人ひとりと目を合わせ、頭をなでながら話し出す。昔、こういうとき、合唱部の顧問で指揮者だったおばちゃん先生は、何と言って生徒たちの緊張を和らげてくれたっけ。……いかん、全く思い出せない。
「いいか、間違えたっていいんだ。思いっきりやれればそれで成功だ。後悔のないようにやろう。」
「う、うん!」
「今まで出てきた連中とは全然違うものをお前たちは持ってる。それは一緒に練習してきた俺が一番知ってる。」
「はいっ!」
「自信を持ってやろう。堂々と。」
「おうよ、にいちゃん!」
最後に、子どもたちの衣装が折れたり曲がったりしていないかチェックし、勇人自身もアスクに渡されたネクタイだかリボンタイだかわからないものを襟に巻き、体裁を整えた。
「行こう。楽しい、音楽の時間だ!」
「にーちゃん、なんかタイ曲がってんぞ。」
「おい、今かっこよくキメたんだからそういうのやめろ!」
「いやー、かっこよくは……なかったかな。」
ハリスの一言で子どもたちがどっと笑う。かっこよくキメることはできなかったが、一応緊張をほぐす役には立ったらしい。ドラマで見たイケメンコンダクターのようにバシッといかないのが悔しいが、これが勇人に向いたやり方なのだろう。先ほどとは一転して、生き生きした表情の子どもたちと気合いを入れなおし、勇人は楽屋のドアを思い切り開けた。
* * * * *
「前の人たちが終わったみたいですね。いよいよ我らが聖歌隊の登場ですか。」
「おう、なかなか様になってんじゃねえか。」
「みんなかぁわい~わねぇ。わたしも白いワンピース買っちゃおうかなあ~。」
「サリアちゃんには白はあんまり似合わないと思うよ。」
「確かに。」
「うちのエリィがやっぱり1番可愛い!」
「あら、うちの子たちだって可愛いわよ~。」
リダ村聖歌隊が勇人に率いられて壇上に現れると、周囲がにわかに騒がしくなった。リダ村応援団だけではなく、観覧しているトキオン市民たちもやはり子どもの聖歌隊が珍しいのか、口々に感想や応援の言葉を口にしている。特に、あの衣装が子どもらしい可愛らしさを引き立てて、注目を得るのに十二分に役立っていた。勇人が村のお母さん方に頭を下げて作ってもらったワンピース。リダ村の年若い居候は、こうなることを見越していたに違いない。
「7番、リダ村教会聖歌隊。」
進行役の若い男性がシンプルにそれだけ告げて舞台袖に引っ込むと、徐々にざわめきは小さくなっていき、そして、水を打ったような静寂が訪れた。
客席側を中心に扇形を作るような一列に整列した子どもたち。勇人は客の方に背を向けて子どもたちと向かい合っている。目を凝らすと、声を出さずになにかを子どもたちに話しているようだ。と思うと、回れ右で客席側へ向き直り、深々と礼をした。背筋は伸ばしたまま、腰からすっと頭を下げ、少しの間静止して、ゆったりと戻る。居候とは思えぬ美しい礼だ。そして聖歌隊の背後に堂々と鎮座しているパイプオルガンの方へ……向かわずに、上手の舞台袖からギターを取り出した。
「なぁに?あれ。楽器?」
「サリアちゃん、静かに。」
疑問に感じたのはサリアだけではないようで、観客のほぼ全てが不思議そうに首をひねり、また、少数はごく小さな声で隣席の客と疑問を投げかけあった。そんなものには一切構わないといった風に、勇人は、あらかじめステージ上手側に用意してあった椅子に腰かけ、右足を上にして組み、その上にギターを乗せる。右手に軽く握ったピックで木製のボディを小突くと、よく響いた。コツコツコツコツと4回打つ。
演奏開始の合図だ。
子どもたちは一糸乱れず、一瞬にして美しいハーモニーを作り上げた。それは本来オルガンが奏でる前奏の調べ。単に曲の始まりを知らせるための単なる4小節が、天使と言っても過言ではない澄んだ歌声に導かれて、ある神話の始まりへと変わっていく。観客の目は、もう珍妙な楽器、ギターにはなかった。可愛らしいだけだと思っていた子どもたちが、天上の者へと変化する。その瞬間を見逃すまいというように、さして上質でもない、白いワンピースをまとった聖歌隊へと大聖堂中の注目が集まっていった。
4小節のコーラスが終わる。そのタイミングを狙って、勇人はギターのハーモニクスを鳴らした。繊細で柔らかな、会場にいる全ての人間が聞いたことのない音。観客たちにはそれが天使の琴の音かのように思えた。誰もが息を飲む。最高のブレイクだ。
一息も入れず、勇人はギターでの伴奏を開始する。8ビートの、元の世界ではオールディーズやドゥーワップなどとも呼ばれるジャンルで使われるリズムパターン。ベース音とコードが小気味よいグルーヴを作り出す。自然と体が動く。聞く者の心つかんで離さない。そんなリズムに勇人はアレンジした。列を作った子どもたちが左へ、右へとステップを踏み、リズムに合わせて手拍子を始める。それは会場全体へと伝播し、観客たちも巻き込んだ、大きなムーヴメントになっていった。
その中で1人の歌が始まる。これまでに壇上で歌った聖歌隊の中では異例の、ソロパートだ。歌うのは、子どもたちの中で最年長である13歳のうちの1人、アンヘリーナ。最も優れたリズム感に、ハスキーっぽい子どもらしからぬ哀愁ある声を兼ね揃えた少女。彼女は歌い出す。伝説の勇者の旅立ちを、愛する世界との別れを。勇人は正確にギターを奏でながら、アンヘリーナに視線を送る。
語るように歌え!
彼女の艶やかな黒髪が揺れるたびに、観客は物語へと引き込まれていく。
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