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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第一部-1.リダ村:元バンドマンと異世界の農村編
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2話/夢や現や問うものは

2025/07/23更新

 一番ありえそうなのは、勇人が事故のときに死んでしまっていて、これは死後の世界ということだ。

 可能性その2として、事故の後遺症で目が覚めない勇人が見ている夢。だろうか。

 どちらにせよ証明などはできそうにない、少なくとも現時点では。


「何かお悩みの様子ですね」

「……ちょっとこれからの人生について思うところがありまして」

「そうでしたか……。おっと、申し遅れました、わたくし、この教会を預かっております、アスク・ヴィーサと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。ヴィーサ、先生。わたしは……」


(なんか欧米っぺぇし、ファーストネーム先言った方がいんだべか)


「ユウト・フジと申します。……この度は大変お世話になったようで、本当にありがとうございます。なにかお礼をしたいのですが現在このとおり手持ちもなく……」


 これが夢であろうと、何であろうと、今のところ日本にいつ戻れるかは全くわからない。もし長居するようなとき少しでも過ごしやすいよう、友好的に振る舞っておくことに損はないだろう。29年生き延びてきた処世術?である。他人にむやみにケンカを売らないこと。これ大事。


「ユート殿とおっしゃるのですね。特に気を遣っていただかなくて結構ですよ、困っておられる方に尽力するのがわたくしどもの教義でございますから」


 美中年神父、ことアスクは微笑を浮かべてそう言った。学生時代に少しかじった歴史学によって宗教といえば腐敗、と思い込んでいた勇人にとって、アスクの言葉とその誠実さ溢れる美しい笑みは非常に新鮮だった。


「ユート殿は、とーきょー、からいらしたとおっしゃいましたか……?」

「……いえ、少し記憶が曖昧なようで、定かではないのです。なんとなく覚えのある名前でしたので東京と申しましたが……」


 ここのことが全く分からない現状、あまり日本をフューチャーしても仕方がないだろう。29年生き以下略。


「……そうですか。ユート殿は我が村の外れに倒れていらしたのですよ。何か事故にでも遭われたのかもしれませんな……」

 アスクはほっと息をついてそう言った。

「おそらくは。……もしかして、東京にお心当たりが?」

「おお、そうでした。実は、我が教会では、この世界ににっちもさっちもいかないような危機が訪れたとき、我々をお救いになられる勇者様が降臨するという言い伝えがございまして……。……その勇者様のおわす神都の一つにトウキョウという都市の名前が伝わっているのです」

「ユ、ユウシャッ!?」

「?」

「いえ、ソ、ソウナンデスカー……」


(東京が神都……?ていうか勇者って、ファンタジーだべした!)


「ええ、その神話から名前をいただいて、このあたりの土地はトーキオと名付けられたと聞いております」

「ヘ、ヘエー。なにぶん記憶が……」


(外国でなくて異世界!?すったことあんべか!?いやねえべ!!)


 夢現が不明とはいえ、よくわからない世界で勇者として祭り上げられるなんてまっぴらごめんである。勇人のイメージする勇者といえば、大抵の場合魔王と戦わなくてはいけない。その道中にドラゴン退治なんかもするに決まっている。幼馴染が殺されたり故郷が焼け野原になったり恋人が生き返ったと思いきや幻だったり……。

 そんな命と心がいくつあっても足りないような戦いの日々に自らを投げ入れるようなマネは到底できそうになかった。絶対途中で死ぬか最終的に闇落ちして鬱になって死ぬ。世界の半分をもらっても死ぬ。結果として死ぬ。


 音楽でこそ売れたい、有名になりたいという気持ちはあるが、勇者として功名をなすなど全く想定の範疇外である。専門を外れているにも甚だしい。なによりファンタジーすぎる。


「ト、トーキオ……」

「トーキオの他の州も大抵歴代の勇者様がおわしたと言われる神都の名にあやかっております。大きな州でしたら、オーサク、ニャゴーユ、センダオ、フキョーク、サポッランデなどでしょうか。地方に行けば、ヨクハム、モリューカ、エヒーヌなどもございますよ」


(なんで全部日本なんだ!)


 地元の名前を冠しためちゃくちゃ小さい町とかあったらどうしよう。


「ソ、ソウナンデスネー。だからかもしれません、東京という地名に覚えがあったのも……」

「トウキョウは歴代の勇者様が最も多くおわしたという最も有名な神都ですから……。覚えがあっても不思議はございませんね」

「エエ、キット、記憶ヲ失ウ以前ハ勇者様ニズイブント憧レテイタノデショウ」

「かもしれませんねえ、我が国の若者らは皆、勇者様に憧れるものですから」


 ハッハッハッと軽やかに笑うアスクを横目に、不二勇人(まもなく30歳)はこのとき、年齢を明かすのはやめようと心に誓った。日本人は若く見えるためか、それとも勇人個人が若く見えるのかはわからないが、どうにもアスクには実年齢より若く、それこそ勇者への憧れを抱いていてもおかしくないような年齢に見えているらしかった。ここで実年齢を告げてもしも怪しまれでもしたらどのような末路が待っているかわからない。

 目の前の人物がいかに優しそうな、敬虔そうな神父であっても、ひとまず警戒するに越したことはない。


「ソウナンデスカ……」

「ええ、それに、2年ほど前でしたか、当代の勇者様が降臨されたとの噂もございましてね。その噂が本当なら、我らの世界もしばらくは安心ということでしょう」


「えっ!勇者!?……様!?」


 アスクの話を聞けば聞くほどに自分が勇者の使命を課せられているのではないかとばかり考えていた勇人は、大いに驚きを隠せなかった。その後、30歳も近いというのに、自身の自意識過剰を反省したのは言うまでもない。


「ええ、今は勇者様のおわす当代なのですよ」

(もう29だっつに、自分わがが勇者かもとか……)


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