28話/刻一刻と
昨日一昨日と寝込んでました。お待ちの方もしいらしたら、お待たせいたしました。
「ふわあー、やっぱり州都の教会は大きいね!お兄ちゃん!」
「そうだなー。」
「な、なんか緊張してきたかも……」
朝食後、それぞれが荷物まとめや部屋の片付けを行い、チェックアウトを済ませた。おかみさんはなんだかにやにやしていたが、気にしないことにする。
そして今。リダ村聖歌隊一行は、今回の遠征の目的である聖歌隊大会の会場であるトキオン第二教会へとやって来ていた。入口の門付近に立ち、点呼をとる。全員居ることを確認して、待機を指示した。
この場所でアスクと待ち合わせをしている。今朝の礼拝を終えたアスクは、村から馬を走らせてそろそろ到着する手はずになっていた。徒歩では半日かかるリダ村、トキオン間だが、馬ならば1時間半もあれば軽く走れてしまうのだ。
リダ村方面へと続く道を眺めていると、白い装束で馬に跨った、それらしい影を見つけた。てっきり村の農耕馬を借りて来ると思っていたのだが……思ったより馬が立派だ。狩人たちの乗る馬たちとも違う、村には一頭もいない葦毛だ。一体どこで調達してきたのだろうか。しかし白に近い灰色の馬に白い修道服の美中年……コミンズ程ではないがかなり目立つ。
「みなさん、おはようございます。」
「アスク先生、おはようございます!お疲れ様でした!」
「おはようございます。アスク、遠いところお疲れ様……ところでその馬は?」
「おはようございます、ユート。実はですね……」
アスクが言うにはこうだ。トキオンに向かうに当たって、はじめはやはり農耕馬を借りてくる予定だったらしい。
しかしそこへ、都合よく馬を2頭連れた行商がやってきた。トキオンであらかた馬を売り終わり、売れ残り一頭とトレードした種馬一頭とを連れて馬産地として有名な南部のある町へと帰る途中なのだという。聞けば、売れ残った一頭というのはもうすぐ10歳、思い切り走らせるには一般的にはすこし年老いたと言われる年齢だ。とはいえ、まだまだ走れる上に頭のいい馬だから、買い手が見つかるだろうということでトキオンまで連れてきていたらしい。しかし、結果は思うようにいかず、残念だが牧場へ連れ帰ってこの後の処遇を考えなければならないということだった。試しにアスクが値段を聞いてみると、思ったよりもずっと安い。売れ残りであるから、もし買ってくれるのならもっと値下げすることにも否やはないとまで言われ、購入を決意したらしい。
「えっ、と、アスク?世話はどうするんです?厩は?ていうかよくそんな金ありましたね、安いといっても馬でしょう?しかもこんなに立派な!」
「厩は教会の裏手に前任者が使っていたものがありますのでそれを使います。流石に痛んでいる箇所が目立ったので、今修理をお願いしています。世話も教会の仕事の合間にできますし、お金もほんとに安かったんですよ。それに、またもし前のようなことがあったとき、すぐ乗れる馬があった方がいいでしょう?ユートのお出かけにも便利ですよ。」
教会の裏にボロボロの小屋があったことは記憶しているが、あれが厩舎だったのか。廃屋だと思って気に留めていなかった。
前のようなこと、というのは間違いなくエリィ迷子事件のことだろう。確かに、あのときはコミンズがたまたま村にいたからなんとかなったようなものだ。一頭くらい馬がいてもいいかもしれない。お出かけ用という響きもなかなか魅力的だし、元々勇人は馬が好きだ。「返してきなさい」などと捨て猫を拾った子どもの母親のように小言を言うつもりもない。
しかし、倹約家のアスクがぽんと馬を買うとは意外だった。
「それなら構いませんけど。あ、馬止めはあっちみたいですよ。」
そこには現在、ミリアンの馬も繋いである。ミリアンの案内で、アスクは持ち馬となった葦毛を連れて行った。
「しかし、馬とは……神父様も思い切ったなー。」
「ですよね。びっくりしました。」
エドワルドのもっともな感想に相槌を打ちつつ、勇人はこれから迎える本番に向けて、頭の中で最終確認をしていた。
* * * * *
馬を預けてきたアスクとミリアンと合流し、教会内部へと進む。入り口付近には昨日来たときには無かった長机が設置されており、そこが受付のようだった。リダ村教会代表者であるアスクが受付を済ませている。
そこへ、華美でこそないが質の良さがひと目でわかる修道服を身につけた、やや膨らみ気味の男が姿を表した。もしかしてと思い、勇人もそちらへ近づく。
「これはこれは、リダ村のヴィーサ神父ではありませんか。お久しぶりですな。この度は遠いところからわざわざお越しいただき、ありがとうございます。」
「こちらこそ、お招きいただき恐縮です。ヘルマン司祭殿。第二教会にはもう慣れられましたかな?」
やはり、小太りの男はこのトキオン第二教会の司祭、今大会の主催者のようだ。今まで散々聞かされて来たせいか、良くないイメージしかないが、ヘルマンという名前らしい。間違えてバ……などと口走らないようにしなければ。
「ええ、それはもう。おかげさまで。今回などこんなにも盛大な大会を開くことができまして、嬉しい限りです。」
「でしょうねえ、うちのような教会にまでお声を掛けていただくなんて思ってもみませんでしたよ。いやあヘルマン司祭殿は懐が広い。」
「あっ、司祭!こんなところにいらした!早く戻ってください!今日は色々忙しいのだからぷらぷらしないよう言っておいたでしょう!」
「ラ、ライラ!ちょっと、ちょっと待ちたまえよ!」
「いいえ待てません。アスク神父、リダ村の皆様、出番までごゆっくりなさってくださいね。……ほら、司祭は早くこちらへ!急いでください!」
「首根っこをつかむな!き、きみ!わかっているのかね!わたしは……こら!ライラ!」
「はい、ありがとうございますライラさん。お言葉に甘えさせていただきます。」
ライラというのは、昨日勇人とミリアンに旅費を渡してくれたシスターだった。ヘルマン司祭に対して案外アグレッシブである。修道服の首根っこを引きずるようにしてあっという間に裏の方へ消えていった。
ちなみに、ライラから受け取った旅費(色付き)は、先ほどアスクに渡してある。特に恩に着るような素振りも見せずに、「ほう、彼のポケットマネーですか。ありがたくいただきましょう。」などと言って懐に仕舞っていた。予想通りである。おそらく後ほど適当に酒かなにか送って帳尻を合わせたということにするのだろう。なんだかアスクが教会内に敵を作る理由が垣間見えるひとときであった。
最後の調整をすべく、勇人とアスク、そして聖歌隊は受付の際に教えられた控え室へと向かう。保護者とミリアンは座席の確保に行くらしい。また後ほど、と手を振って、受付のある入り口を後にした。
お読みいただきありがとうございました。




