27話/ぼくにもわからない
朝日を背に、チェーンホテル『道中亭』の玄関に立っていたのは、目に痛い真っ赤な出で立ちの老人、コミンズだった。
「コミンズさん?どうしてここに?」
「昨日出張修理からトキオンに戻ったもんでな。帰りがけにリダ村に寄ったら、おめぇらがうちの近所に泊まってるつうからいっちょ気合を入れに来たんだが……どうしたよ?」
「いえ……大したことじゃありませんよ……。それより、村に寄ったって言いましたね。あの、オルガンが……」
「……ああ、坊に見してもらったが、ひでえことしやがる奴がいるもんだぜ。昨日は部品が足りなくて直してやれなかったが、また今度行って直してやらあ!」
「ありがとう、ございます」
そうか、あのオルガンを見てきたのか。自分がきれいに直したばかりの、大事なオルガンのはずだ。相当怒っているだろうに、コミンズ翁はそんな素振りを見せない。改めて、この人はすごいなと尊敬の念を抱いた。
「そういや、さっきリダ村の子たちが連れ立って歩いてったのを見たぜ。……なんか、こないだの嬢ちゃんがえらく機嫌悪そうだったが、ユートがなんかしたのか?」
「えっ、……ナ、ナンデモアリマセンヨ?オレハナンニモシテマセンヨ?」
「そ、そうかい」
こないだの嬢ちゃんとは、エリィのことだろう。迷子のエリィ事件のときにはコミンズ翁にも非常にお世話になった。しかしすれ違っただけのコミンズがわかるほど機嫌を損ねているとは……。
「……立ち話もなんですから、部屋へどうぞ」
「じゃあ遠慮なく上がらせてもらうぜ」
話を逸らそうと、勇人は場所を変えることを提案した。そうしてやってきた勇人たちの部屋。ドアを開けて、勇人はあることを思い出した。
(まだ、オッサンたちが寝ている……!しかも床で)
「おい、どうした?」
「いえ、同室のエドワルドさんたちがまだ寝ているのを忘れてまして。しかも床で」
「床でか……。まあ、ならそれはそれでいいわ」
「すみません……」
「はあー、ほんとに床で寝てんのなこいつら!」
コミンズ翁は意外と楽しそうだ。よかった。寝ている2人を踏まないよう、気をつけながら一番奥の窓際にある、小さなテーブルと2脚の椅子が備え付けられたスペースへ移動する。
「大しておもてなしはできませんが……」
昨晩は酒を飲んでいたせいか、誰も使っていなかったポットとカップを使い、お茶を差し出す。リダ村で普段飲まれているのは雑穀茶のような野草茶だが、トキオンでは緑茶が主流らしかった。おそらくこれも勇者の差し金だろう。やりたい放題だな、勇者。
「いや、いきなり来たのはこっちだしな。悪ぃな。朝っぱらから」
相変わらずコミンズ翁は見た目以外はかなり常識的な人物だ。なぜこんな目立つ格好をしているのかはわからない。
「しかし、オルガンがあんなことになっちまって……大会の練習なんかできたのか?」
「まあ、それはなんとか。ギターで音は取れましたから」
「そうか、アレがあったんだっけな。しかしオルガンがないんじゃ、今日はぶっつけ本番みてえなもんだろ」
「そこはちょっと考えがありまして……」
「ほう。ユートがそういうなら、なかなかおもしれえもんが見れるかもしれねえな?俺も今日は見に行く予定だからな、期待してるぜ」
「楽しみにしていてください」
朝食前のお茶会をしていると、ついにエドワルドたちが起きたらしかった。そろそろ朝食の時間でもある、ちょうどいい頃合だと、勇人は2人に声を掛けた。
「おはようございます。もうそろそろ朝食ですよ。起きてください」
「うーん……、ユート、おはよコミンズさん!?どうしたんですか一体!」
「ちょっと近くに住んでるもんでな」
部屋の外、廊下の方からは子どもたちの声や足音が聞こえてくる。どうやら朝市から帰ってきたようだ。声のテンションからして、相当楽しかったらしい。
「じゃ、俺はそろそろお暇するかな。邪魔したな」
「いえ、ありがとうございます。グラニ号にもよろしく伝えてください」
「いや、グラニな。……任せとけ!」
ひらひらと手を振って去っていく派手な老人を、勇人は宿の玄関から見送った。コミンズの真っ赤な後姿はまるで金魚のようだった。金魚すくいであれば所謂当たりなその影が角を曲がり、見えなくなったとき、後ろから声を掛けられた。
「ユート、朝ごはんだ」
「ああ、ありがとうございます」
受付に掛かっている時計を見ると、確かに、予定の時刻まであと2分といったところだった。勇人は、呼びに来てくれたミリアンと共に食堂へ向かった。
* * * * *
起床し、ろくに身支度をする間もなく食堂へやってきたエドワルドは、気づいた。愛娘エリィと、将来の息子(仮)勇人が、なんだかぎくしゃくしている、と。ぎくしゃく、というか、エリィが勇人のことを避けているように見える。昨日まであれだけべったりだったというのに……不思議だ。なんにせよ、エドワルドにとっては喜ばしかった。勇人から離れたということは、またエドワルドの元へ戻ってきてくれるのでは。そんな希望があった。
「エリィ、おはよう!」
「おはよう、お父さん。……せめてひげくらいそったら?」
しかしエリィは冷たかった。というか、ものすごく機嫌が悪いようだ。なんということだ。この9年間、反抗期らしい反抗期もなく、優しい女の子として育ってきたのに。あれもこれも、あの男が原因に違いない。エドワルドは勇人を睨んだ。勇人は、ミリアンの隣の席に座り、お茶をすすっていた。
のんきにお茶など……、と思っていると、隣から殺気に似たような、冷たい空気が漂っていた。ハッとしてそちらを見ると、エリィが顔の上半分に前髪で影を落とし、しかしその向こうから冷たい視線を送っているのがわかった。娘のこんな顔など見たことがない。
「あらあら、エリィちゃんたら」
「まあまあまあ、うふふふ。ユートせんせったらモテモテね」
そんなエリィと勇人をお母さん方は楽しそうに見ていた。
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