25話/宵闇の酔い夢
「ミリアンさん、あなた……。」
先ほどから変わらずにすいすいと酒を飲み続けているミリアンを責める視線を送る。さっき見たときはまだ結構残りがあったのに。
「ん?あ、ごめん、飲んじゃった。つい。」
「ついじゃありませんよ!」
「また頼めばいいじゃなぁい。店員さ~ん!」
「サリアちゃんは飲みすぎですよ!」
「そんなことないわよぅ!あっ、スロウエお願いねぇ!」
「あっ、こら、サリアちゃん!」
「いいじゃないかスロウエ。うまいじゃないか。」
「ミリアンさん、そういうことじゃないです。」
時間が経つのに合わせて賑やかさを増してきた店内に呼応するように、勇人たちのテーブルもなんだかかしましくなってきたように感じる。しかしなぜか、この感じが嫌いではなかった。丸いテーブルをサリア、ミリアン、リュース、勇人の4人で囲む。同年代、というには勇人が平均年齢を押し上げている気がするが、それでも、似たような年頃の誰かと集まってわいわいやる、というのは随分久しぶりだった。少し楽しい。
「それでおしまいですからね、それ飲んだら帰りますからね!サリアちゃん、聞いてる?」
「聞いてるってぇ。……わかったわよ~。」
だんだん口うるさい母親のようになってきたリュースに、サリアがしぶしぶと従う。おそらくこの2人はいつもこんな感じなのだろう。
「俺たちもそろそろ終わりにしましょう。明日は早いですし、余り遅くなるとエドワルドさんたちが心配しそうです。」
「うん。わかった。」
勇人が店に入ってからだいたい2時間弱くらいが経っただろうか。ちょうどそのとき3人目の演奏者がステージに上がってきた。バイオリンのような弦楽器を弾いている。なかなか上手かったが、最初に出てきた太鼓少年に比べると見劣りがする。その演奏を聞きながら、スロウエというシュナップスのような酒を飲み切り、勇人たちは店を後にした。勘定は結局、リュースと2人で割った。
サリアとリュースの2人は、明日の聖歌隊大会を見に行くと言ったのち、勇人たちとは反対方向に歩いていった。すぐに寄り道をしようとするサリアの手をリュースが引いているようだ。なんだか微笑ましい。
「じゃあ、俺たちも行きましょう。」
「ん。」
「って、ちょっと!ミリアンさん!」
宿へと向かおうとした瞬間、隣でミリアンが盛大に転んでいた。確かにブランデーやらシュナップスやらかなりの量を飲んでいたとはいえ、普段と変わらないように見えたので酒に強いのだろうと思っていたのだが。
「顔に出ねえだけかよ!」
もしかすると酔っ払いを挑発していたときには既に出来上がっていたのかもしれない。今考えてみれば、少し雰囲気が違ったような……。
仕方なく、勇人は手を差し出してミリアンを助け起こすと、肩を組んで彼女を支えた。ミリアンとはほとんど身長が変わらない。こうするのが1番楽だろうと考えた。
「もー、ちゃんと歩いてください!ミリアンさん!」
「やだ。」
「やだじゃありません!」
「ミラって呼ばないとやだ。」
「はいはいわかったから。帰りますよ、ミラ。」
完全にめんどくさい酔っ払いである。学生時代の飲み会ではよくこんなことがあった。適当に調子を合わせて、勇人はミリアンを引きずり宿へと向かっていく。
「……ありがと、アルト。」
「はいはい。もう少しで宿ですからねー。」
「うん。」
どうやら勇人を誰かと間違えているらしい。アルトという名前に心当たりはない。トキオンにいる恋人か友達だろうか。まあ、酔っ払いの言うことには耳を貸さないのが得策だ。
「なんで、……んじゃったの?」
酔っ払いの言うことには耳を貸さないのが得策だ。
* * * * *
宿に着き、受付にいたおかみさんにミリアンの部屋の鍵を開けてもらうよう頼む。部屋数の関係でミリアンは1人部屋だった。誰かと一緒の部屋でなくてよかったと心底安堵する。誰かに見られたら誤解されかねない。それはミリアンとしても本意ではないだろう。勇人だってもちろんそうだ。
これは別にミリアンがかわいくないとか好みでないとかそういうことではない、誤解を避けるために言っておく。ミリアンはサリアほどの派手さではないが、十分に美人である。服装や髪型にもう少し気を遣えば、道行く人のほとんどが振り返るだろう。もしサリアが学園のマドンナポジションならば、ミリアンはクラスで1番か2番に可愛い、授業中につい見つめてしまうあの子である。
おかみさんはドアの鍵を開けると、水を持ってくると言ってその場を離れた。
「ミリアンさん。」
「ミラ。」
「……ミラ、ベッドまで行けますか?おかみさんがお水を持ってきてくれるそうですから、それを飲んでから寝るんですよ。」
緊急事態とはいえ、女性の部屋に入っていいものか。いや、酔った女性の部屋に押し入ったなどと変な噂が立ったりしたら目も当てられない。ここは慎重に行動するべき、と勇人はミリアンと組んでいた肩を外し、ベッドに行くよう促した。幸い部屋はそこまで広くない、ベッドまで行くくらいおそらく問題ないだろう。ミリアンが部屋の中へ足を踏み入れ、なぜかこちらを向いた。そのとき。
ふにっ。
(ふにっ?……うわ酒クサッ!)
唇に柔らかい感触があり、強い酒の匂いが鼻腔をくすぐった。つまり、すごく酒臭い。気づいたら、首の後ろにがっちり腕を回されている。同時に密着した胸も、こう、なかなか意外と……サリアほどのボリューム感はないがこれはこれで……。
(って違え!)
ミリアンの肩を押さえ、引き離した。先ほどよりずっと近づいた彼女は、少し恥ずかしそうに笑っていた。これは完全に誰かと間違えているに違いない。アルトか?アルトなのか?
部屋の方に向き直らせて、今度こそベッドへ行くよう指示する。そのとき、ちょうどおかみさんが水差しとコップを持って戻ってきた。ナイスなタイミングである。そのままミリアンの様子を少し見てくれるようにお願いし、勇人はエドワルドたちお父さんコンビが待つ部屋へと戻ることにした。もう寝ているということは流石にないだろうが……帰りが遅くなったことをまず謝ろう。
(つか、さっきの誰も見てねえべな?)
廊下を見回すが、誰もいないようだ。足音も聞こえない。一安心だ。
ほっと息をつく勇人は気づいていなかった。小さな影が、廊下の角に隠れていたことを。
「ただいま戻りました。遅くなって申し訳ありま酒クッセェ!オッサンたち飲みすぎだろ!」
「おかえりユートー!」
「杯持ったまま寄らないで!酒が零れる!」
「そんなこと言わずにさあ、こいつはうまいぞ~。」
「まじか。ください。零さないようにこっちにください。」
確かにうまい酒だった。酒場で飲んでいた蒸留酒と違い、これは醸造酒だ。少し酒臭いが口当たりがよく、ついつい飲んでしまうのもわかる。
勇人は、渡された杯の酒を飲み干し、エドワルドに礼を言ってから楽しみにしていた風呂へ向かった。
流石に日本の大浴場ほどの広さはないが、洗い場が3つほどあり、大人が数人で足を伸ばしても余裕のありそうな、ちゃんとした浴場である。久しぶりにゆっくりと湯につかり、ほくほくとしながら部屋へ戻ると、父親2人は気持ちよさそうに床で寝ていた。勇人は、窓を少し開けて換気をし、ランプを消して、自分のベッドにもぐりこんだ。
明日は頑張ろう。……歌うのは子どもたちだ。勇人が頑張れることなどそれほどないが、気合を入れる。ひとまず、早起きできたら朝風呂に入ろう。そう決めて、勇人は瞼を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。




