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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第一部-2.州都トキオン:アマチュアミュージシャンと異世界の町編
25/92

24話/勇者の系譜

 熊のような大男の、鍛えられた拳がサリアの方へ叩きつけられた。


 かに見えた。


 サリアは相変わらずの美貌でそこにおり、グラスを傾けていた。反対に、熊男は先ほどまでの勢いはどこへ消えたか、動きを止めている。男が叩きつけた右腕はといえば、拳がサリアに届く寸前で、何者かにテーブルへと押し付けられていた。サリアの後ろに控えるように立っていた優男の仕業だった。

 勇人はというと、両者の間に飛び込んで熊男の肩の付け根あたりを渾身の力で抑え付けていた。図らずも連携プレイということになるだろうか。手柄はほとんどが優男のものだが。


「お兄さん、うちの女の子たちが失礼なことを言って申し訳なかった。この子たちも少し飲み過ぎてるみたいだ。後できつく叱っておくので、ここは俺に免じて許してもらえませんか?」

「なによぉ、わたし酔ってないわよ〜。だいたい」

「酔ってます。サリアちゃんはちょっと黙ってて」

「むぅー」


 またも不用意な発言をかまそうとしたサリアを優男が止める。完全に尻に敷かれているタイプかとも思っていたが、どうやら違うらしい。


「ほら、ミリアンさん、謝ってください」

「む。……確かに配慮を欠いた発言だった、気がしないでもない。すまなかった」


 ミリアンはその場の空気をなんとなく読んだようだ。……未だにグラスを握ったままだが。


「サリアちゃんもですよ!」

「ええ〜、仕方ないわねぇ。悪かったわよぅ」

「……わ、わかりゃいいんだよ!へっ!」


 流石に毒気を抜かれたのか、熊男は素直に引き下がった。優男と勇人も、男を抑えていた手を離す。


「おにいさん、今度は一緒に飲みましょ〜ねぇ」


 また余計なことを、と心配したが、熊男はサリアをちらっと見ると何も言わずに去って行った。その視線が盛大に見せびらかされた胸部を捉えていたのは見間違いではないだろう。


「もぉ〜、あのくらいの奴ならわたしだけで大丈夫だったのに」

「サリアちゃん、ケンカはだめですよ!他のみなさんにご迷惑でしょうが!」

「えぇ〜」

「ミリアンさんも、もっと場をわきまえてください!」

「す、すまない。つい」

「ついじゃありません!……店員さん、うるさくしてすみませんでした」

「気をつけてくださいよ!ほんとに!……次やったら出てってもらいますからね!」


 心配してか、注意をしにか、様子を見に来ていた店員に頭を下げ、周囲のテーブル客にも騒がせたことを謝罪する。迷惑そうな顔をしていた彼らも、少しばかり申し訳なさそうな顔をしたサリア(の胸)を見て優しく許してくれた。


「しかし大事にならなくてよかった」

「ええ。ほんとうに」


 サリアの後ろに控えていた優男が応える。心からホッとしているようだった。

 改めて彼には挨拶をしたい。


「あなたも、ありがとうございました。申し遅れましたが、ユート・フジです」

「こちらこそ。リュース・ミドリカワです。……サリアちゃんはいつもああで……」

「……それは、お気の毒に。……しかし、ミドリカワとは」


 ミドリカワ。緑川だろうか。どう考えても日本人の苗字だ。この世界の日本人といえば、やはり勇者である。


「お気づきの通り、勇者様の血族なんです。サリアちゃんとは一応、いとこの関係になります」

「あ、へえー、すっかり恋人だと思っていましたよ。では、リュースさんのお家が本家ですか?」

「え?ええ。よくご存知で。……サリアちゃんは、恋人ではありませんが一応、将来を約束された仲というか。まあ」


 婚約者か。サリアのような女性の婚約者は気苦労も多いだろう、しかしあの胸はちょっと羨ましい……。勇人は、同情を羨望で相殺した。

 しかしこうして近くで見ると、優男リュースはかなり整った顔をしている。身長も勇人より10センチ近く高い。先ほどまでサリアの存在感に打ち消されていたが、もし日本ならイケメン俳優としてゴリゴリに推されていてもおかしくない。声も俗に言うイケボである。本当にアイドルにでもなればいいんじゃないだろうか。おじいちゃんは勇者様!期待の新人アイドル、この夏デビュー!……ふむ、なかなかいけそうな気がする。


 それにしてもサリアといいリュースといい、子孫を見るに、カレーの勇者ミドリカワはかなりのイケメンだったのではないだろうか。人類の英雄たる勇者の上にイケメン(仮定)でカレーも食べ放題とか……やはり許すまじ勇者。いや、緑川。


 そんなことをしているうちに、二番手のミュージシャンがステージ上に出てきた。アコーディオンのような、手元で空気を送り、鳴らす楽器を持っている。しかし手元は鍵盤ではなく、ボタン式だ。元の世界でいうクロマチック・アコーディオンに近いように見えるが、しかしそのボタンは両手に一列ずつという独特なもので、以前御茶ノ水の楽器屋で見たものとは違うように思える。なかなか興味深い。

 彼がその両手の間にある楽器を伸ばしたり縮めたりすると、勇人が想像していたアコーディオンの音とは全く違う、柔らかい笛のような音が鳴った。リコーダーをもっと優しくしたような感じだ。演奏者の指を見ると、ボタン1つひとつに音が対応しているのではなく、押さえている数で音程が変わるらしい。空気を吹き込んでいるのがふいごというだけで、音の鳴るしくみはリコーダーやホイッスルなんかと同じなのだろう。


 しかし、楽器自体はなかなか興味深いのだが、いかんせん、男のパフォーマンスがパッとしなかった。先ほどの騒ぎで動揺させてしまっただろうか。もしそうなら悪いことをしたが、そのくらいで調子を崩すようでは大成はすまいとも思う。彼はやや勢いのない拍手に送られてステージを去った。こんなものなのかな、と少しがっかりしながら酒を飲む。グラスが空になったので、継ぎ足そうとしたらボトルの中身もなくなっていた。



お読みいただきありがとうございました。

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