23話/思い出の面影
2025/02/10 改稿
(ミラ?誰じゃべ?)
背後から呼ばれた名前に勇人は覚えがなかった。ひとまず振り返ってみる。
そこには、深みのある金髪をボリューミーに巻いた、肉感的なスタイルの女性が立っていた。ボルドーのワンピースの胸元は大きく開き、そのスタイルを強調している。
「サリア!お前……相変わらずだな」
その派手な女性の後ろに控えるようにしている男を見ながら、ミリアンが呆れたように言った。どうやら知り合いらしい。ミラ、というのはミリアンのことだろうか。
「そういうミラも、変わらないわねぇ。……髪がちょっと、伸びたかしら?」
サリアと呼ばれた女性は勇人の方へ視線を向けた。紫色の瞳、大きな目だが、かなり目じりが垂れているせいかぱっちりとした、という感じではない。どことなく退廃的な印象を受ける眼差しだ。どこか見定めるような視線というか、上から下まで見定めるような様子でこちらを見ている。
「これが今のオトコなのぉ?なんだかパッとしないわね」
「失礼なことを言うな!彼はあたしの故郷の村の……なんだっけ?」
「…………教会の居候です」
ミリアンに問われ、渋々答えた。居候と自ら口にするのはどうにも居心地が悪い。しかしそれ以外に適切な回答がないのでどうしようもない。
「やっぱりパッとしないじゃないの」
「違う、そもそも彼とはなんでもないのだ!」
まあ、気にしないことにしよう。実際居候で世間的に底辺なのは事実だ。
「しかし、お前、まだトキオンにいたんだな」
「まあね〜、ここはやっぱりホームだし、男も不自由しないし?」
サリアと呼ばれた女が斜め後ろに立つ男にチラリと視線を投げかける。男は、はにかむように笑って顔を俯かせた。蠱惑的な女性には不似合いだが、初心なのかもしれない。見た目のいい青年だ。
「そうか。なんにしても元気そうでなによりだよ」
「ミラこそ。……そろそろ田舎暮らしに飽きてきたんじゃなくて?……わたし、いい加減つまらなくて……、新しいパーティを組もうかと思うの。あなたも一緒にどう?」
「……その申し出は嬉しいが、あたしは村の暮らしに満足しているよ」
「あら、そうなの。残念」
ともすれば喧嘩腰とも見える2人の会話に少し警戒していた勇人だったが、思いのほか和やかになり少し驚く。スラリとした体形に質素な服をまとい、男勝りとまでは言わないが強い女性というイメージのミリアンと、ダイナマイトボディを扇情的な装いで引き立たせ、見るからに‘エッチなおねえさん’然としたサリア。はた目から見ていると、全く接点がなさそうな、知り合いというのもなかなか信じがたい2人である。
「ああ、紹介が遅れたてしまったな。この女はサリア。サラエステ・ポラリスフィールド。勇者様の血を引く一族の女だ」
「勇者!?」
「もぅ、ミラったらぁ。そんなの言わなくてもイイじゃないのー。わたしは勇者の血なんてめんどくさいもの、背負いたくないわぁ。カリエもそこまで好きじゃないしー」
口ぶりから察するに、どうやらこの町にカレーを蔓延らせた憎き勇者の末裔らしい。日本人の血が入っているとはおよそ信じがたい容姿だが。
「はいはい……で、こちらが、リダ村教会のユートだ」
「ユート・フジです。はじめまして」
「サリアよぉ!ユートくん、ミラのこと今後ともよろしくねぇ」
「余計なことを言うな!」
サリアと握手したとき、香水だろうか、甘い香りがふわりと香った。握った手も非常に柔らかい。まさに女性、というか女性の部分を押し出しているといった感じで、今も昔も勇人の周りには余りいないタイプだった。少し緊張する。
「サリアは、あたしがずっと組んでいたパーティのメンバーだったんだ」
「ミラが後ろで弓で牽制して、わたしが前衛で盾だったのよね。懐かしいわねぇ」
「えっ」
このチャンネーが盾とは……、異世界はやはりファンタジーらしい。しかし、ミリアンは確か冒険者時代かなり名を売っていたらしいし、その弓の腕前は相当なもので、村での狩りでも獲物を逃したことがないと聞いている。そのミリアンがいたパーティの前衛というからには、サリアもかなり強いのだろう。勇者の血は伊達ではないということか。
いつの間にかサリアが勇人たちのテーブルに何食わぬ顔で着席し(お付きの男にも席を勧めたが頑なに断られたので彼は立っている)、2人の昔話にようやく花が咲き始めた頃、店内がざわつきだした。次の出演者の準備が終わったのかと思いステージに目を向けるが、どうもそういうわけでもないようだ。そのうちに、怒声が耳に入ってくる。どうやら酔っ払いが他の客に因縁をつけているようだ。長引くなら店の人がなんとかするだろうし、関わらないのが吉だろう。
「うるさいわねぇ」
「うん。ほんとに」
2人が大声でわめき散らす誰かへの文句を口にしたのは、間の悪いことに、ちょうどざわめきが途切れた一瞬だった。大きな声ではなかったが、店内のほとんどの人間が耳にしただろう。勇人は、怒声の主が聞いていないことを願うのみである。
「おい!誰だ、何か文句でもあんのか!?」
そんな希望はある意味予想通り、儚く崩れ去った。熊のように大柄な男が1人、こちらへやってくる。客たちは、やはり関わりたくないのだろう、大人しくその男の行く手から避難しているようだ。確かにああいう手合いには関わらないのが1番だ。うまく宥め賺してお帰り願いたい。今こそ30年の人生で培った平謝りスキルが火を噴くとき、と心に決め、先に頭を下げて出鼻をくじこうと立ち上がりかけた。そのとき。
「なによ、うるさいからうるさいって言って何が悪いのよぉ」
「あんた、酔って他人に絡んで、恥ずかしくないのか?」
勇人の思惑をひとかけらも理解してくれない女たちが、火に油を注ぐような言葉を畳みかけた。もともと怒りを露にしていた大男が、みるみるうちに顔を赤くしていく。それと反比例するように勇人は顔から血の気が引いていくのがわかった。おそらく今鏡を見たなら、真っ青な顔をしていることだろう。サリアの後ろに控えている男も、だいたい同じ様子だった。
「この女ども、調子に乗りやがって!いつもはチヤホヤされてんのかもしれねえが、俺は女だからって手加減しねえぞ!」
「なぁに、やろうっていうのかしらぁ~?でも、今は熊退治するような気分じゃないのよねぇ」
テーブルに肘をついたまま、気だるそうにサリアが言い放つ。ミリアンに至ってはブランデーをグラスに継ぎ足して飲み始める始末だ。明らかに相手をバカにしている。あと、そのボトルが勇人のものだということに気付いていないかのように飲むのはやめて欲しい。
「クソアマどもがっ!バカにしやがって!」
「バカにされたことはわかるんだな。どうせ気付かないだろうと思ったけど」
(うわああミリアンさん意外と好戦的ーー!そういうのやめてくんちぇーー!)
「こんの…っ!」
ついに熊男が太い右腕を持ち上げ、握り拳を作る。まずい。いくらかつて冒険者をやっていたといっても今は防具もない生身の女の子たちだ。とっさに勇人は体を動かしてサリアと熊男の間に割り込もうとする。その瞬間、サリアの方に向かって、拳が叩きつけられた。
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