22話/Bar Liebeslied
2022/02/10 改稿
新たにチェーンホテルということが判明した『道中亭』内の一室、ハリスをはじめとした年長の男の子4人の部屋にリダ村聖歌隊一行は集まっていた。トキオン到着以来遊び歩いた感があるが、本来の目的は聖歌隊大会なのである。翌日の起床、チェックアウトの時刻、大会での注意や出演の順番を確認するためだ。こうしていると、中学時代部活で遠征した際の宿でのミーティングを思い出す。
留守番をしていた年少の子どもたちはもうお母さん方に急かされて入浴を済ませたらしく、少し眠そうだ。ミーティングを簡潔に済ませてその晩は解散となった。
「お前ら、明日は思いっきり楽しむぞ!」
「おー!」
子どもたちはこれからすぐに風呂に入って寝るらしい。このあたりのことはお母さん方に一任といった感じだ。心強いことこの上ない。
すると、手持ち無沙汰なのは父親2人と勇人である。ミリアンは州都の知人に会いに行くといって先ほど宿を出て行った。
「うーん、俺たちは部屋で酒でも飲むかねえ?」
エドワルドたちは先ほどいつの間にか買っていた酒を部屋で開けることにしたようだ。勇人も誘われたが丁重にお断りする。
先ほどミリアンに、いつも詩人が歌っているという酒場の場所を聞いていたのだ。州都トキオンということで、いつか勇人自身が立つかもしれないステージだ。下見も兼ねて異世界の流行歌でも聞きに行こうと思っていた。
もちろん、明日に響かない程度に。
「あ、もしミリアンさんが帰ってきたら俺がお礼を言ってたって伝えてもらえますか?」
そう父親たちに伝言をお願いし、勇人は宿を出る。財布には村民の手伝いと『ラ・リダ』でもらったおひねり。リダ村ではほとんど使い道がなかった金だ。
考えてみれば、賑わいのある夜の町に出るのも久しぶりである。自然と気持ちが浮き立つのが自分でもわかる。
勇人は、ミリアンから聞いた酒場を探して明るい夜道を歩き始めた。
* * * * *
「お知り合いの方には会えましたか?」
「うん」
酒場『バール・リープスリート』の隅の丸テーブルを陣取る勇人の隣に、1人の女性が腰を下ろした。注がれた酒を一口、味見するように飲む。ミリアンだ。服装こそシンプルなものだが、いつもひとまとめにひっつめている髪を今は下ろしていた。それだけで印象がガラリと変わって見える。
「エドワルドたちに聞いて、ここだと思って来た」
「宿の方は特に問題ありませんでしたか?」
「おっさん2人はかなり飲んでたようだけど、大丈夫だと思う」
「あー……ま、いいでしょう」
大人たちは自分の面倒くらい自分で見るだろう。勇人は、昔大会の遠征について来てくれた保護者たちが夜な夜な飲み歩いていたことを思い出す。あのときは大人はずるいと憤ったものだ。
「これ、ナレーズだね。うまいね」
「ナレーズって言うんですか?勘で頼んだんですが、当たりでした。うまいです」
このブランデーのような酒はナレーズと言うらしい。勇人は、酒のグラスを傾けながら、片手でその茶色のボトルを持ち上げてじっと見つめた。
「何、してんの?」
「えっ?あ、これですか、俺字が読めないんでラベルだけでも覚えておこうと思って」
「……変な奴」
勇人の突然の行動にミリアンは戸惑ったようだった。眉を顰めて、俗に言う「ドン引き」といった感じだ。久しぶりに会話する同年代の女性の言葉に、少し傷つく。
「っていうか計算とかはすごいできんのに字は読めないんだな」
「勉強中なんですよ」
「ふーん」
それきりミリアンは勇人への興味を失ったようだった。ステージで気合と共に太鼓を叩く少年の方へ視線が移る。ミリアンが到着した頃から演奏を始めた一番手の太鼓奏者だ。元の世界だったらサルサに分類されそうなリズムに合わせて、ラテン風の明るくもどこか官能を感じさせる声で客からリクエストされた曲を歌っている。やはり最初の印象通り、なかなかの腕前だった。
「冒険者やってた頃、この辺に住んでて、よく来たんだ。この店」
「そうなんですか」
「懐かしいなあ。3年前くらいか」
「どのくらい冒険者やってたんですか?」
「13のときに村を出たから……、10年近くはやってたかな」
「まじすか」
(やべー俺勝手にこの人のこと同い年ぐれえだと思ってた……)
経歴といい、落ち着いた物腰といい、勇人は勝手にミリアンをアラサーくらいだと思い込んでいた。年の割りに若く見えるなあなどど考えていたのだが、そもそも若いのだ。若く見えて当たり前だった。勇人は心の中でこっそりミリアンに謝罪した。
「ずっと組んでたパーティが解散したから村に戻ったんだけど……みんな生きてるかなあ」
当時を思い出しているのだろう、懐かしそうに呟くミリアンを見て、勇人は確信した。
(この人、老けて見られるタイプだな)
日本にいたころ一緒にバンドを組んでいた親友もそういうタイプだった。勇人と同い年で、別段顔が老けているわけではないのだが、いつも年上に見られていた。周りに振り回される苦労人のような立ち位置だったためだろうか。思い返せば、ミリアンも彼と同じような雰囲気がある。
(アイツ、実家に帰るって言ってたけど……うまくやってるかなあ)
要領の良かった彼のことだ、おそらくうまくやっているだろう。お互い30年生きたのだ、もしうまくなくても、なんとか生きていく術くらいは身に付けている。心配はいるまい。
勇人は再び壇上の太鼓少年に注意を向ける。一番手ということもあって人数こそ少ないが、中には熱狂的なファンのような客もいるのが見える。ああいうのは確かにウケそうだ。勢いに乗っている奴特有の、今後一気にファンがつきそうなにおいがする。
演奏が始まって20分弱くらい経った頃、やりきった顔をした彼は、客たちに礼を一つして立ち去った。なかなか聞き応えのあるステージだった。勇人も他の客たちに混じって惜しみない拍手を送る。
「あれ?あんた、もしかしてミラじゃない?」
拍手が途切れたとき、勇人たちの背後から声が掛けられた。
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