21話/異世界はカレー粉のにおい
2025/02/10 改稿
食後、まだまだ元気いっぱいといった様子の子どもたちを連れて、日没後も明るい州都の街へ繰り出した。流石に年少の子たちは夜道を歩かせるのが心配なので、可哀想だが留守番だ。都会の夜道は、明るさこそあるが物騒なのは日本も異世界も変わるまい。やはりはじめは行きたがった留守番組も、必ずお土産を買ってくると約束し、日本式に指きりげんまんをしてやったら「ぜったいだからね」と口を尖らせながらも了承してくれた。彼らは一緒に残るお母さん方2人と一緒に、宿の中を探検するらしい。
そんなこんなで夜の出店街を歩く子どもたちは8人。引率に勇人、ミリアン、エドワルドたちお父さん2人組である。先ほど夕食を食べたばかりだというのに、子どもたちが屋台の食べ物を欲しがったので、一個だけと約束させて買い与えることにする。費用はもちろん、トキオン第二教会のバ……司祭からいただいたポケットマネーだ。勇人も、エドワルドと一緒にシュワシュワと泡を立てる酒を一杯買い求めた。この世にタダ酒ほど美味いものはない。
カップの底から炭酸が抜ける酒は琥珀色をしていて、ビールのようなものかと思ったが、飲んでみるとどちらかというと近年日本で流行っている発泡日本酒に近い味がした。とろりと甘く、少し酒精のにおいがするものの飲みやすい。もともと日本酒も好んで飲んでいた勇人は一口で気に入った。帰村するまでに瓶で買える酒屋を探さなければ。
「にーちゃんにーちゃん!おれ、あれがいい!」
村で1番やんちゃなハリスが指差した先には、大きな肉の塊を丸ごと焼いて、それをケバブのように薄く削りながら何かの生地に野菜と巻いて提供している屋台があった。確かに、あれは美味しそうだ。立ち並ぶ夜店に夢中になっている他の子どもたちを、共に来ている保護者2人とミリアンに頼み、ハリスと共にそちらへ向かう。
手元の酒にもそろそろつまみが欲しくなっていたし、勇人は布袋と自分の財布から小銭をつまみ出して、『ロールベア』という名のそれを2つ買った。1人1つまでと決めた手前、ハリスの分は経費だが、自分の分は自腹で買わなければならない。
1つ目はハリスに手渡し、2つ目は自分の口元へ。かぶりつくと、野趣溢れる肉の味と、スパイスの効いたソースがよく絡み合い、野菜が生み出すシャキッとした歯応えと合わさって、非常に美味だった。肉も、思うよりも柔らかく、ひと噛みで噛み切ることができる。
(これは酒が進むな……)
隣のハリスはというと、スパイスの辛さに目を白黒させながらも珍しい都会の食べ物を堪能しているようだった。
「ちょっと辛かったか」
「……ううん!この味がこの肉にはいっちゃん合うってことなんだろ!辛いけど……うまいよ!」
ハリスは村で唯一の酒場、スナックもどき『ラ・リダ』のママの息子だった。酒場の割に料理が美味いと評判の飲み屋だ。夕飯を食べに通う独り身の常連も多いらしい。料理上手な母に、息子もおそらく料理を教わっているのだろう。ロールベアを食す彼は、味を盗んでやるとばかりに真剣な顔つきだった。料理人の顔といってもいいだろう。
「これってさー、何の肉使ってんかなー。おれこの肉食べたことないや」
「なんだろなあ〜、豚とも牛とも違うし……なあなあおっちゃん!これって何の肉使ってんだい?えらくうめえじゃんか!」
「お?ああそりゃあここらの森に出る熊の肉だ!」
「そうなんか!熊っちゃクセがあってうまく食えねえイメージだったんだげんじょ……こりゃあ腕がいいに違いねえなあ」
「おお、にいちゃんわかるかい。……熊はんまぐ処理すりゃうめえのよ!よけりゃあこれも試しに食ってみてくれよ!」
「まじか!ありがとおっちゃん!」
強請ったわけではなかったのだが、くれるというならありがたくもらっておこう。熊焼き肉屋台のガタイのいい男性は、串に刺さった焼肉を一本くれた。ハリスと半分にわけて早速1口齧ってみると、……カレー味のソースだった。
「これもうまい!……どうしたにーちゃん?」
「イ、イヤ、ウマイナー?」
「な!」
丁寧に下処理がなされた熊肉は、臭みもなく柔らかだった。味がよく染みているところをみると、カレー風味のソースに長時間漬け込んだのだろう。スパイスの配合も申し分ない。中までしっかりと火が通っているのにぱさついていない肉の表面についた焼き目は香ばしく、間違いなく美味だ。酒にもよく合う。
しかしなにか釈然としない。やはり勇者、許すまじ。
などと出店街をうろうろとして、他の保護者にくっついていくつかのグループに分かれていたリダ村一行と合流できた。そろそろ本格的に夜がやってくる。ちゃんと全員いること、留守番組に土産を買ったことを確認して、宿に戻らなければ。
出店の出ている通りから宿屋まで、歩いて10分もかからないが、夜道だ。念のため周囲への注意を怠らずに子どもたちを引き連れて歩く。いつの間にかエリィが隣を歩いていた。外に出た子どもの中でエリィは一番年下だった。
「楽しかったか?」
「はい!」
「エリィは何食べたんだ?」
「えっと、お椀に入ってて、柔らかくてぷるぷるした甘くて白いの食べました!」
「?……そっか、美味しかったかー?」
「すっごく!」
「良かったなー」
器に入ったぷるぷるして柔らかな白いスイーツ……プリンのようなものだろうか。
エリィと会話しているうちに、『道中亭』に辿り着く。ランプで照らされた看板をよく見ると、店名らしい大きな文字の横に小さく何かが書かれているのに気づいた。何が書いてあるのか、隣のエリィに読んでもらう。
「ホテル、どーちゅーてい。トキオン、だいにきょうかい?まえ」
チェーンホテルだったのかよ。
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