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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第一部-2.州都トキオン:アマチュアミュージシャンと異世界の町編
21/92

20話/故郷の夢を見る

2025/02/10 改稿

 トキオン第二教会の聖堂は、期待を裏切らぬ荘厳な場所だった。広い空間に、信者たちが座るのであろう、長椅子がが寸分の乱れもなく備え付けてある。天井も高く、見回すと、2階、3階にも座席があるのがわかった。正面のステージのような壇には、テレビに映るような、天井まで届きそうなパイプオルガンが鎮座していた。まさか飾りで、音はラジカセから出るとかじゃないよね。

 少な目に見積もっても、大体1000人ほどは収容できそうだ。そこそこ栄えた地方都市の市民会館を思わせるようなホールと言えばいいか。柱や壁といった各所にはやはり西洋を思わせる装飾が施され、優美なオペラハウスのようでもある。

 この聖堂に所狭しと信者たちが集まる光景は圧巻だろう。


「おー、広いなあー!」


 勇人は思わず感嘆の声を漏らす。反響の具合も悪くなさそうだ。しかし、今のように人がいないときならまだしも、ここが人でいっぱいになったらどうだろうか。人やその衣服は音を吸収する。かなり大きな声でないとなかなか聞こえないのではないだろうか。


「しかしこんなに広いんじゃあ説法する司祭さんも大変そうだ」

「声が届くかどうかだったら心配はいらないよ。こういう広い聖堂には、たいてい音を反響させたり大きくしたりして隅々まで聞こえるような魔法がかけられてるから」

「魔法?」


 そういうのもあるのか。


 牧歌的なリダ村にいたせいもあるが、今まで勇人は魔法があると聞いてもほとんど興味を持たなかった。魔法といえば、ファイヤーサンダーブリザード、たまに回復、まさに勇者パーティ、というイメージがあり、必要性を全く感じなかったのだ。万が一尻から出たりしたら困るというのもある。


 しかし、音響にも魔法が使われているなら話は別だ。俄然興味が湧いてきた。


「うん。あたしは余り詳しくないけど、昔知り合いがそんなこと言っていた気がする」


 聞けば、壁や柱に彫り込まれているあの紋様が、魔法陣のような効果を発揮するらしい。設置魔法と言うそうで、専門の魔法使いが注文を受けて作るのだそうだ。なんだか工事業者みたいだ。


「ユートは魔法に興味があるのか?」

「今の話を聞いて興味が出てきたんですよ。音を大きくする魔法は覚えたら色々できることも広がりそうですし」

「ふうん。……ああ、音楽やるんだもんな。まあ、そういう魔法なら基本書が売っているから勉強したらいいかもね」


 魔法の書。まさにファンタジーな響きだ。

 どうしたことだろう、リダ村での半年では農業にばかり詳しくなっていたというのに、トキオンに来てからはたったの1日でどっぷり不思議世界だ。これが都会と田舎の違いか……。


「それは楽しみです。ところで……」

「なんだ?」

「魔法って、尻から出たりしませんよね?」

「はあ?」


 魔法は尻からは出ないらしい。多分。




 * * * * *




 無事資金をゲットし、聖歌隊一行の待つ宿へ向かう。ミリアンが愛馬を宿屋の厩舎に落ち着かせるのを待ち、与えられた部屋へと向かった。

 勇人たちが宿泊する宿『道中亭』。主催側からの「宿を予約するので希望があれば教えられたし」という手紙に、適当に「できたら風呂があるところがいいです」と答えたら、ここになった。値段は銀貨1枚弱とそこまで高くはないが、そこそこ大きめの風呂があるというのが売りらしい。異世界に来て以来、水浴びこそするがお風呂にゆっくり浸かる機会がなかった勇人は非常に楽しみにしていた。


 しかし、まずは夕食だ。子どもたちはお腹を空かせている。

 宿は一泊二食付で取ってある。この宿の食事の評判は聞かなかったが、ここは州都トキオン。異世界らしい料理が食べられるのではと期待が高まる。


「お待ちどおさま!トキオン名物、カツカリエご飯です!」

「わあ!これがカリエ?初めて!」


 しかし、その思いは儚くも打ち砕かれた。

 カリエご飯。それは、勇人にとって非常に馴染み深い、カレーライスそのものだった。


「これはかつて、神都トーキョーからいらした勇者様が故郷の味としてこよなく愛された料理のひとつだと伝わっています!トーキョーを懐かしむ勇者様のために、トキオンでも指折りの料理人たちが試行錯誤を重ねて作り出したのがこのカリエです!」

「へえー!すごいね!にーちゃん!」

「ソ、ソウダネー」

「特にこのカツという揚げ物を乗せたカリエは勇者様が魔王との決戦に向かう前夜求めた料理なんですよー!」

「そりゃあ縁起がいいねえ〜」

「美味しいね、せんせー」

「ソ、ソウダネー」


 なるほどトキオンの料理人たちは腕利きだったらしい。完璧な日本風カレーを再現している。これは見事なものだ。日本人にとってカレーはラーメンと並ぶソウルフード。勇者が求めた気持ちもわかる。実際勇人も久しぶりのカレーに懐かしさが込み上げてきた。


「でも、俺が求めてたのはコレジャナイんだよお……」

「どうしたのユート兄!」

「泣いてる!」

「お、お客様!?」


 その後、食事が口に合わなかったかと慌てるウエイトレスさんに謝り、カツカレーを完食した。


 勇者、許すまじ。

お読みいただきありがとうございます。

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