19話/ああ、素晴らしきはロマネスク
リダ村を出発したその日の日暮れ前、途中にある小さなバザールで食事をしたり、街道沿いの木陰でおやつ休憩を挟んだりとのんびり進んだ一行は、ついに目的地、州都トキオンへ辿り着いた。現代日本で考えるとかなり長い行軍だったが、そこは異世界の農民たち、日々の仕事で鍛えられた足腰と体力で、さしたる疲れも見せていなかった。それは子どもたちも同様で、到着するなり滅多に来れない都会の街並みに目を輝かせている。
半年とはいえ、リダ村で農民の真似事をしていた勇人も、そこまでの疲労は感じていなかった。かつての不摂生な生活をしていた頃には考えられない。
「よし、じゃあ俺とミリアンさんは教会に挨拶してくるから、エドワルドさんたちは先ほど言った宿へ行っていてください」
「わかった。アスク先生の名前で予約してあるんだよな?」
「ええ、そのはずです」
引率の代表らしく、てきぱきと指示を与え、一行は二手に分かれた。子どもたちは今すぐにでも遊びに出掛けたそうだったが、保護者たちに諌められて、しかし見慣れぬ都会にきょろきょろしながらも宿屋に向かっていった。エリィも、勇人たちを何度も振り返りながらも、エドワルドに急かされ歩いて行った。
「さて、ミリアンさん、教会までご案内お願いします」
「うん。次の角を右に曲がって進むとあるから、行こう」
町の入口から続く大きな通りを、ミリアンは馬を引きながら進んでいく。引率というよりも、道案内に加えてちょっとした護衛という役割が強いミリアンは、村から馬を連れてきていた。荷物運びに加えて、もし何かあったときに迅速に対応するためだ。道中も、たまに馬で先行し、道の状況などを確認したりしてくれていた。
彼女の後について、交差点を右に曲がる。先ほどの通りと同じくらいの、立派な石畳の道だった。そしてその先は、白く、大きな建物に続いていた。一見して石造りのその建物は、背の高い塔のような突出部をいくつか備えている。大きさはともかく、屋根などは全体的に素朴なフォルムで、雰囲気としてはリダ村の教会に良く似ていた。ただし、質素極れりといった体のリダ村のものと違って、窓や柱などに装飾がしてあるのが見て取れる。おそらくあれが、アスク曰く「バ……大会主催者」が待っているというトキオン第二教会だろう。勇人は、学生時代に習ったロマネスク建築が確かあんな感じの建物だったのではないかと思い出していた。
* * * * *
「リダ村教会の方ですね、ようこそいらっしゃいました。話は司祭から聞いております。今回は遠いところをわざわざありがとうございます」
その建物は、近づくほどに大きさが際立ち、教会が大きな力を持っていることが非常にアピールされていた。内部にも美しい装飾が彫り込まれ、壁には勇者や聖女を描いた絵画がところどころに掛けられている。まさに教科書で見たとおりの西洋の教会だった。日本にいては目にできない荘厳な光景に、勇人は少し感動していた。入口の門番に事情を話して呼んでもらったシスター風の女性も非常に感じが良く、ここの主が「バ……」だと聞いていなかったら、おそらく大きな好感を抱いていただろう。スレンダーなスタイルに修道服がよく似合う、鈴の転がるような可憐な声の女性だ。ただ、のどか鼻の調子が良くないのか、くせなのか、まれに鼻にかかったように話しているのが少し気になる。
「どうぞおかけください。……こちらが、司祭から言いつかったものです。ご確認ください」
そのまま彼女に連れられて、聖堂の裏にある部屋に通される。おそらく応接室のような役割を果たしている部屋だろう。当初ミリアンは外で待つと言っていたが、いてくれた方が心強いと引き止めた結果、ついてきてくれている。ありえないとは思うが、もしジツリキコウシとなったら勇人では絶対にどうにもならない。
ふたりが勧められるままが革張りの椅子に腰を下ろすと、シスターもテーブル越しに着席し、足元から布袋を取り出した。彼女の言葉に従って中を見ると、500円玉ほどの大きさの硬貨が15枚入れられていた。色は金が10枚、銀が5枚である。
「なに?これ」
それを見て最初に声をあげたのはミリアンである。驚き半分、呆れ半分といった様子だ。最近勇人もなんとなくこちらの世界の硬貨を覚えてきたのでミリアンが言いたいことがわかる。額が多すぎるのだ。
例えば、リダ村に2軒ある宿屋のどちらかに1泊2食付で宿泊したとする。すると、その代金はこの銀貨1枚でお釣りが来るくらいだ。リダ村の宿屋はかなり安いということを差し引いてみても、だいたい銀貨が1枚で日本円換算だいたい5千円くらいというのが勇人の感覚だった。そして金貨は、銀貨10枚と交換されるらしい。銀貨ですらあまり出回らないリダ村では金貨などまず流通しないため、勇人が目にするのは初めてだ。
そんな初めて見る金貨と、銀貨を合わせて、今この布袋の中には日本円にして約52万5千円分の価値がある硬貨が入っていることになる。キリは悪いが大金だ。
「ちょっと多すぎませんか?」
聖歌隊大会一行は子ども14人と大人6人を足して20人、遅れてやってくるアスクを合わせたとしても21人である。トキオンの物価はわからないが、仮に1人頭だいたい銀貨2枚としても、とても一泊分の旅費とは思えない。バブル期の就活でもあるまいし。今日泊まる宿だってせいぜい大人一泊銀貨1枚半ほどだろう。
「私もバ……司祭に申し上げたのですが、少し色をつけたいとのことで……」
ちょっと意味がわからない。
というか、目の前のシスターが今、上司である司祭のことを「バ……」と言い間違えていたが、空耳だろうか。いや、多分気のせいだろう。
「困惑されていらっしゃると思いますが、何卒お納めください」
本当に意味がわからない。なぜ頭を下げられてお金を受け取らされそうになっているんだ。まさかこれは怪しい金なのか。教会の裏金を体よく処分しようとしているのでは……。探るようにシスターを見つめると、彼女は諦めたように口を開いた。
「疑われているようですが、これは怪しい金ではありません。神に誓って、司祭のポケットマネーです!……おそらく、アスク様に恩を売っておきたいのだと思います。うちの司祭は、アスク様に並々ならぬ対抗心をお持ちですから……。申し訳ありません」
「あ、ポケットマネーなんだ」
「いやしかし……」
「わかりました。いただきましょう!」
「ユート!?」
「ありがとうございます!どうぞお持ちください!」
どちらにせよ受け取るのはアスクになるわけだというのに、そんなに簡単に受け取っていいのか、とミリアンは勇人に小さな声で耳打ちした。
「大丈夫。俺の脳内でアスクが言っています。『くれるというならもらいましょう』と」
「は?」
勇人の知るアスクは、もらえるものなら何でももらう主義の人物だ。特に、教会関係者からのもらい物に対しては普段の聖人ぶりが嘘に思えるほどに遠慮がなく、大げさに言えば図々しいときがある。そんな彼なら、司祭の個人的なものだというこの金、即座に受け取って帰るだろう。
「バカにはよく言っておきますので……」
なるほど、「バ……」はやはり「バカ」か。「バーコード頭」や「野鳥観察者」、ひょっとして「バンドマン」仲間では……と少し無理して思い込んでいたが、その必要はなかったらしい。
「明日の会場は当教会の聖堂になります。お帰りの際にお通りいただけますので、よろしければご覧ください」
「ご丁寧にありがとうございます。拝見致しますね」
受け取った布袋を、持ってきていた肩掛けカバンの奥にしまいこみ、シスターに挨拶をして勇人とミリアンは応接室を辞した。
お読みいただきありがとうございます。気づいたらポイントが増えていました。びっくりしました。本当にありがとうございます。
6/16 改稿




