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結局売れなかったバンドマン(29)は異世界で成り上がりの夢を見る  作者: 有柏くらゐ
第一部-1.リダ村:元バンドマンと異世界の農村編
16/92

15話/わかりあえるとき

 それは慟哭だった。そして罵声でもあったし、嘆きでもあった。


 会話や叫び、文章にできない今の思いを、歌っていた。自分に聞かせる歌だった。かつてよく聞いていたアーティストの歌に、自分のためだけに歌える歌があったとしてももそんなの歌いたくない、という歌詞があった。勇人はその歌が好きだった。歌はやはり、誰かへ伝えるためのものだと思っていた。理想だ。

 しかし、勇人はその歌手とは違ったらしい。


 自分の想いですら、歌にしなければなんだかわからないごちゃまぜのものとしてしか思えなかった。だから、度々歌って確認する。悲しみも、怒りも。


 適当にコードを鳴らし、捻りもしない言葉で即興の歌詞を乗せた。いや、意味のある言葉にすらなっていなかったかもしれない。それでもよかった。自分だけがわかればそれでよいのだから。

 感情のままにコードを鳴らし、それで終わった。いつの間にか、幾分かは気持ちの整理もついていた。


 そのとき勇人は自分の歌だけに集中していた。


 ふいに、背後で一人分の拍手が鳴る。


 勇人がバッと振り向くと。


「……エリィ」


 光を受けてきらめく金髪を風に揺らしながら、少女が1人、立っていた。


「隣に、座ってもいいですか?」


  エリィは、控えめに尋ねた。


「……おう」


  勇人が答えると、エリィは右隣にやって来た。音もなくその場に腰を下ろす。

  先ほどの歌は人に聞かせるにはひどかったと少しばつが悪い思いをしている勇人に、エリィが言った。


「せんせー、何か聞かせてください」

「……おう」


 手癖のペンタトニックでとりとめなくアドリブのソロを奏でてから、エリィの方をチラリと見て、曲を始めた。


「歌いなよ、エリィも知ってる曲だから」




 * * * * *




 確かに、エリィのよく知る曲だった。聖歌隊大会のためにみんなで選んだ、勇者の歌。勇人に続くように、おずおずと小さな声でエリィも歌い出した。

 最初は2人で一緒に歌っていたのが、そのうちにフレーズごとに交代してみたり、勇人がコーラスに回ったりして、変化が生まれていく。


 正直に言って、エリィはあまり歌は好きではなかった。元々大きな声を出すのは得意ではないし、なんだか気恥ずかしく感じていた。みんなで調和するように歌わなければと思うと、緊張してしまうこともあった。間違えたらみんなに怒られはしないかと。

 でも今は、屋外の開放感からか、勇人と2人きりという気安さからか、歌うのが楽しかった。まだ歌っていたい、そう思ったときには、もうギターによる後奏だった。


 もっとこうして歌っていたかった。エリィが今の1曲を反芻していると、勇人が口を開いた。


「エリィ、歌上手いじゃないか。声もキレイだし、もっと自信をもって歌いなよ」

「えっ……?エリィが?」

「そうだよ。いつも端っこでちっちゃく歌ってたろ?もったいないよ」


 勇人は、当然のようにそう言った。いつも誰にも聞こえないよう、誰の邪魔にもならないように歌っていたエリィに気づいていたのだ。

 エリィは、言いようもなく嬉しくなった。


「……みんなと歌うと、緊張、します。でも、せんせーと、せんせーのギター?と一緒だとなんだか楽しいの」


 エリィは、嬉しさと楽しさのままに、にっこりと笑った。




 * * * * *




「な、なんでエリィは緊張するんだ?」


 緊張。昔から音楽の時間には率先して大きな声で歌っていた勇人には思いもよらない答えだった。


「うーん、みんなで頑張ってるから、間違えたらだめかなって思うと、……怖くなっちゃうとき、あります」


 エリィの答えに、歌はすべからく楽しい、素晴らしい、という固定観念を持っていた勇人は小さなショックを受けた。


「……そっか、そうだったのか。言ってくれてありがとう、エリィ」


 歌っている本人が楽しくない歌を聞いて、感動する人間が果たしているだろうか。いや、いないに違いない。全力で向かい合っているのがわかるからこそ、歌手の歌を聞きたいと思えるのだから。


 勇人は、ここで、思い違いをしていたことに気がついた。そして、オルガンがなくともみんなで歌を完成させる方法にも。


「エリィ、今まで気づいてやれなくてごめんな。でも、なんか先生、わかった気がするよ」

「わかった?」

「ああ!」

「じゃあ、エリィもわかった!」




「エリィばっかりずるい!」


 そのとき、背後から思ってもいない声が聞こえた。2人が振り返ると、そこには。


「言ーっちゃお!アスク先生に言っちゃお!エリィとユート兄が2人でなんかしてたって言っちゃお!」

「ずるいの!ユート先生はわたしとも歌うの!」

「にーちゃんモテモテー!」


 勇人とエリィの歌を聞きつけてやって来たらしい子どもたちだった。子どもらしい、しかし勇人にとっては不穏な言葉を口々に言いながらニヤニヤとしている。

 一瞬にして「事案」という単語が脳内を駆け巡る。ついでに「条例」、「幼女」、「オッサン」という文字も。それは全て足すと必ず「犯罪者」にイコールで結びつく。


「わかったから!みんなと歌うから!だから言いつけるのはやめて!」


 聖歌隊大会まで、あと2週間。

お読みいただき、ありがとうございます。

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