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六章 ただ再現される月日の形

 剣聖と惨敗の戦いが始まる半刻ほど前、今観客達に対して説明や余興などが行われて、周りは程よい熱気に包まれている。

 その熱気を受け流すように、ただぶらりと立っているのがセンセイ。

 彼の頭の中には一つのことしか頭に無い、自分が弱いというそれだけ。それだけを頭にぐるぐると回し続ける。誰かに相談できれば、もしかすると解決するかもしれない内容だが、それが出来ない男は、ただ自問自答の迷宮に迷い込み逃げ出すことすら出来ないだろう。


 それも少しの間であるが、ここは選手の控え室みたいな場所だ。個室を与えられたりと言うわけではないがそれなりに広く、体を温めるために数人が体を動かしていた。

 中には剣を振っているものも居る。自分の身長の倍はあろうかという剣を、片腕で振り回す光景は蹂躙すると言う行為を体現したような姿だ。

 あれがかの有名な無双なのだろう、見た目はまだ若いと言うのずいぶんと荒々しい剣を使うと、だがあれでは御前試合には向かないのだろうと同情した。あれは軍隊と戦う為の剣である、ここに居る剣士たちの中でも対集団戦にむきすぎた戦い方に、さすが軍神の当て馬と同情してしまう。


 ザインザイツと呼ばれた女騎士、西方の魔人とも呼ばれる王国の理不尽の一人ではあるが、王の命令の為に当て馬になったと言うところだろう。

 彼女は忠義の騎士としても有名だ。見栄えが派手な女騎士二人の戦い、観客達も喜んでみることだろう。ましてや殆ど巨塊とも言うべき剣を振り回す存在が敵なのだ。分かりやすさと言う意味では群を抜いている。

 だが負けろと言われなくても軍神相手では、ここに居る相手すら雑魚と十把一絡げという奴だ。だからこそ己の全霊を出せるようにと体を作っているところなのだろう。自分よりも幼い敵に、自分の限界を見るために。

 たぶん伍とする相手が彼女の周りには居ないのだろう。今のままでは成長の頭打ちになってしまうと、そこに新鮮な空気を取り入れるつもりなのか、忠誠の騎士と言う割には存外打算的だが、絶対を見ればもう開き直りしかない。


 彼の憶測には違いないが、外れではないのだろう。これをいえ無双は図星をつかれてあわててしまうかもしれない。もしかしたら怒り出すかもしれない。

 多分の軍神が強すぎるから勝ていない事を前提に物事を組み立てている。


 それこそ自分のような馬鹿でなければ有り得ないと苦笑してみせる。

 せめて一太刀なんて思っていればその忠誠ごと食い殺されると、あの妹はそれほど理不尽なのだと、自分が知っているありとあらゆる人類の最終形態のような彼女の姿を思い出す。

 だが前のように手に極端な震えが出る事がなくなっていた事に彼は驚いていた。いやそれ以上に、妹のことを思い出して笑えるという自分の姿が想像できなかった。


「あれ、え、なんで」


 沈黙を保っていた彼の体に灯がともるようだった。

 何がおきた変わらず自分の手を握ったりは振り回したりして見せる、偽りと思っていたはずのそれは、やはり自分の体で、何が起きたかすら彼にはわからなかっただろう。

 胸に沸く憎悪は変わらないのに、殺意なんて抜けきってもいないのに、恐怖がカランと消え去っていた。


 きっと妹がいないからと言うのもあるだろうが、それに少しだけ心が軽くなった。

 考えても見ればそうだ、自分は戦いたい相手ができたのだ。憧れが出来てしまった、それに手を届かせる為に今は必死に成らなくてはならないと、少しだけ開き直ることが出来た。

 自分には出来ないことであったとしても、自分を強いと認めてくれた人達に、頑張りましたとでもいう表現を限りなく尽くそうと。


 それだけで心が浮かぶようだった。いまだ抜け出すことの出来ない嫉妬の悪意は、消すことも出来ないまま彼を迷宮にふさぎ続けるが、少しの間だけ、その事実から彼は目をそらそうと決めた。

 心が弱い、彼は心が弱い、だから心臓を掴むように心を掴み、頑張れると小さく呟く。


 ここじゃ終われないのだと、そして一度過去を反芻した。

 終わった日を、反乱を計画したと父に滅ぼされた男爵家、根こそぎ蹂躙されたあの悪夢を、あそこで彼は全部を諦めた。

 殺してやると言う言葉だけを杖にして、そうやって生きてきた心の弱い存在は、神童と言う憧れを見つけて崇拝した。

 彼みたいになりたいと、そして魔剣の様になりたいと、せめてその人達に誇れるだけの自分でありたいと、それはまるで縋る物を求める様なかつての彼だった。それはただ過去に戻っただけ、何一つ変わりはしていない。


 そして妹に嫉妬を、何も変わってはいないただの拗ねた餓鬼だ。

 今のままでの強さを騙れるだろう、だがよりどころを無くしてまた怯える日々が始まるだけ。このまま行けばきっと彼には何一つ残らないだろう、決意一つ果たせず、妹の前で屈服する未来しか残っていない。

 弱いままの心はただ人を求めてさまよっているようだ。

 誰かに認めてもらいたいと、それが自体が悪い事ではないにしても、人殺しが人に認めてもらうなどと言うのは、千は殺してから語ればいい。


 虐殺者として認めてもらえるだろう、万を殺せば大虐殺者、十万を越えれば暴君か独裁者か、そんなステップアップしかないことを理解しているのだろうか。所詮人殺しはその程度の歩みしか出来はしない。

 彼の範疇なんて所詮シリアルキラーがいいところだ。


 最もその程度でいいと覚悟はしているのだろう。

 だから強くなろうと考えた、この先杖を持たずに妹を殺す為に、きっとそうじゃなければ彼は同じ無様を繰り広げてしまう。

 目をふさいでも思い出す生涯の無様の限り、最初は妹に負けたところから、どうあっても勝てないことを刻まれた時から、努力を繰り返しながら破滅して言った自分。


 甲冑を着込んで妹と戦い軽々と惨敗したあの時、そして自分の手から全てが零れ落ちたことを自覚した時、一番新しいものにいたっては刷り込まれた絶望で何一つ体が動かない。

 彼は人殺しにすら満足になれないのだ。


「縋ってでも、這いずってでも、それしかないか。それしかないよな」


 自分に許された唯一を行使するにはそれしかないと、全部自覚していた、自分が彼らに縋っている事も、崇拝している事も、だがそれを使わなくては今の彼は歩くことすらままならなかったのだ。

 心が弱いといったが、彼はすでに薄弱といった状態だ。なぜそうなったかなど、いまさらいう必要もないが、彼の始まりは妹で、結局終わりも妹で決着する程度の存在だ。

 それだけ存在をすり減らしてまで足掻くのだから、性根の部分は強いのだろう。何しろ負けると分かっていようと殺すと言い張るような奴だ。だが柱が太いからこそ余計に磨り減り心はボロボロになっているのだろう。


 何度も立ち上がることは出来るが、そのたびにそよ風でもへし折られる。

 考える葦程度にはなってほしいものではあるが、そう簡単にそこまで頑張れるほど強くないのもまた彼なのだ。


「神童か、本当に勝ちあがってくれるか。不敗との闘いか、どうなるんだろうか」


 しかもだ今から始まる戦いのことよりも先のことばかり、彼がきっと父親を視界に入れるのは、闘いの時だけなのだろう。本来なら復讐をしてもいい立場だし、彼が終わった原因の過半数はこの男にあるというのに、彼はそれすらどうでもいいと思う。

 初めて武器を合わせたいと思った男、彼にとっては最強とも思える強さを誇る剣士。彼と戦えるかどうかだけ。


 ある意味では彼をここまで破滅させた罰と言えば罰なのだろう。

 それのよしあしはこれからに繋がると思えば、全ての元凶とも言える男だが、その男が彼と妹の舞台に上がることは無い。


「生まれてきて思うのが妹と男って、どこまで性欲枯れてるんだろうか」


 性癖だったらどこまで変態だと軽く自嘲する。こうやって自分を軽んじるぐらいには落ち着いたのだろうが、何もかもがマイナス思考の自分に泣けてくる。


「今から頑張らないといけないから、すこし逃げ道を塞いどこう」


 だが軽口がたたけるようになるぐらいには心が回復したのだろう、体に燻る熱をはっと口から吐き出し、誰に言われるでもなくただ武器を振った。


 まるで周りに喧嘩でも売るように、しんとなった音は、その使い手の剣が恐るべき鋭さを持っていることをやすやすと証明して見せただろう。

 それを見るだけでも腕がどれほどの物か読み切れる者もここには多い。さすがその深遠までは見通すことは出来ないだろうが、それでも片鱗ぐらいは喰らいつくだろう。


「はっははは、これでもう逃げられない、逃げられないぞ、この腐れ弱虫め」


 心臓が痛いぐらいに鳴っていた。

 こんな挑発まがいの事をやったのは、自分に発破を掛ける為だ。逃げられないぞと、もう縋っても縋らなくても歩き出さなくちゃどうにもならないと、頑張れないなら無理やり頑張ってもらおう。


「もう逃げられない、ここまで調子付いたんだ、逃がさないぞ卑怯者」


 自分を奮い立たせるというよりは、脅迫したのだろう。

 ここで動けないようなら何も出来ないぞと、結果が成功したのかどうかは追求はしないが、彼はどうにも笑うしかなかった。


 少しばかり強張って、凶相紛いの表情になっているが、それが彼の箔でもつけてくれたのか、周りも同じように笑って見せた、ここにいない妹と父、母以外は、上等だと笑ってくれた。

 この時、少しは彼の世界が広がった。

 だがこんな挑発紛いの行為をやっていると、いつの間にか控え室が場末の酒場のような空気ではあるが、どうせ真剣を使った殺し合いをやらかすのだ。この程度の空気なければ誰もやってられない。


 暗い空気でいるよりは楽しげではあったが、それだけやると彼は武器を振って、軽く剣を体になじませる。努力教の信者の癖に珍しくあまり調整を行わなかったが、それもある意味では挑発だったのだろうか。

 ただそういった恐怖を口から吐き出し、自然体になったところに、観客の声が激しく響いた。それが自分の出番だと言うことの証明だろうと、確認すると、ぼんやりと呟く。


「剣聖殺してくるか」


 呼吸する様に当たり前に、自然体のまま呟いて、そこにいた全員に驚きを与える。

 当たり前だ剣聖とはかつての最強、この国における軍事力の第二位、今なお残る伝説と言ってもいいような男だ。

 だが彼は変わらない、軽い調整と当たり前の動作。


 殺せないわけが無いと、さも当然のように言い切り、第一試合ですと呼ばれて歩き出した。誰もが瞠目する中、本当に剣聖は殺されるのだろうかと思う。

 だがその時ある意味では、人間の範疇における最強が決まってしまうのではないだろうかとも思う。

 ただ一人を除いて、そういってもらわないと困ると、彼もまた控え室だ人知れず挑発紛いの剣を振った。


 その時の彼女はすごく機嫌がよかったと言えるだろう。

 この後の惨状を考えなければの話だが、それこそ本当の意味で嫉妬によって凶相となっている父を見ていないとはいえ、父と兄の闘いが楽しみじゃないわけが無い。

 もしこれで兄が勝つような事があればきっと。


「また家族全員が揃うんだもん」


 そうそれだけが望みの彼女は笑ってみせた。

 相対する二人の剣士、だがその二人には絶望的な差が見て取れた。あの時の兄とは間違いなく違う、多分彼女が見たかった兄。

 まるで父親に愛撫されたようにそれだけで彼女の股から蜜が溢れる。あれが兄なんだと、まるで恋に浮かされた乙女のように蕩けた顔で。


「あれ、あれ、あれ」


 そんな自分の反応に戸惑う、今までには無い感覚と言うか発情に彼女は驚いていた。

 だっておかしいのだ、兄は明らかに今までの形を保っていない。それは開き直ったこともあるだろうが、今だけは前を向くという決意をした所為もあるだろう。

 と言うよりもあれだけやって、怯えるようであればもう妹には二度と手が届かないと確信していた。


 そして試合が始まる前、二人は一度だけ視線を合わせた。

 もしかするとそこで彼らは初めて父と息子として対面したのかもしれない。彼女はその光景をまるで、何か別のことが起きるような嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 だが止められる訳が無い、止められよう筈も無い、今まで人生において全ての事が可能であった彼女だろうが、この二人は止められない。


 太陽は輝く、だが全ての闇を照らせるほど万能ではない。ましてや嫉妬などと言う当たり前の感情は、彼女の行動を台無しにしてしまう。

 なにより彼女が、出すはずだった声を押し留めてしまう。たぶん本能で気付いているのだろう、男二人が自分の為に争っていると言う状況を、そしてそれは太陽が翳った瞬間でもあった。


 これを見た時、きっと彼は叫び声を外聞もなく叫ぶ程度には熱狂しただろう。

 やはりこの世に完全なものなど無いと、最もだそれが彼女にとってましな成長であることも理解するべきだ、人は輝かしいものよりも多少でも翳りがあるほうがより人を集めると言うことを。


 ある意味ではより一層完全に近付いたそれに対して彼は何を思うのだろうか。

 敵は強大になったというべきだ、だが気付かない、いまさら多少成長されたところで絶望的な差は変わりはしない。

 十の力で挑む男の敵は千を越えるのだ、だからこれは見せしめだと笑う。彼は父親を父と思わない、ただ殺す、これが復讐だと、心の弱い男の嫌がらせだと、自分を追い詰めなければ逃げ出すことしか出来ない男の牙であると。


 そして闘いは始まった、軍神という女神の元で、だがあっけない。始まりから終わりまで三十秒、剣聖が武器を振るうべく剣を高く持ち上げた時、その全ては終わった。


「何も言うことはないんだ父上」

「駄作よ」


 最後の親子の会話はこの程度の代物で、観客の悲鳴とあらゆる絶望の声が響いたのはそれから数秒後。


 ただぃんと音が鳴った、ノイズすら混じらぬ純朴な一振り。一体どこから音がしたのかと誰もが首をかしげる。だがその音がこの闘いにおける勝敗を決した代物だと言い張るものであった。

 何が起こったか変わらず剣を持ち上げたままの剣聖だが、思い出したように首に赤い血の線が浮かび首はごとりと地面に転がった。


「え、見えなかった、なにあれ」


 軍神の目を持ってしても、彼が剣を振るった軌跡すら見えなかっただろう。早すぎる一撃と言いたいが、軍神の目で見切れぬものなど無い、ただ彼女は首をかしげた、父が死んだ事よりもそうなった事に。


 魔法でもない、兄は才能はあったかもしれないが、その能力を全て剣に転化しているはずだ。なら一体何が起きたと、ただそれは当たり前のことのように起きた、一瞬の顛末。

 剣聖が死んだ、容易く何も出来ずに、それこそ魔剣を彼が殺したように、首を切り落とされた絶命した。


「もしかして、あれって、冗談みたいな事だと思ってたのに」


 だがその技術を数人は見切ってしまう、と言うよりもそれしかないと確信するしかなかった。

 それは遥か剣の御伽噺、剣を突き詰めたものが剣を必要としないと言う言葉の遥か先。その中で軍神がポツリと呟いた、御伽噺としか思っていなかったその技術。


「軌跡再現」


 その男が振るった過去の斬線を再現する、ただそれだけの技術である。


うわ、自分で書いておきながらなんだけど反則というか、反則だよね。

あとごめんちょっと文字数がいつもより超過したので、日をまたいでしまいました。ちょっと明日が外伝と言うか父親編混ぜるよ。

余りにもこれじゃあ報われない親父の純愛が。

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― 新着の感想 ―
すごい!凄いじゃないか!君は無能なんかじゃない!きっと国の英雄のような人で剣聖と呼ばれてる人を、こんなにもあっさりと殺してみせた!!!凄いぞ!!
報われなくていいです(真顔)
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