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五章 御前試合開幕

 俺の言いたいのはそれだけさと、一人あまりにも清々しい男は去っていった。

 妹と同じように輝いているはずなのに、彼には驚きしかなかった、ひとつとして悪いと思うことが無かったのだ。

 綺麗な人間の筈の神童と呼ばれた男、だが妹に感じたような嫌悪感は一切無かった。


 同じ存在の筈だと言う彼の疑問を解消するものなどいない。

 それが気づけるようになればきっと、自分の何かが変わるんじゃないかと、彼の戦いを心待ちにしている自分が居たことに彼は少しだけ驚いていた。

 今までの貪欲などす黒い執着じゃない。


 何か別の感情に酷く戸惑っているようにさえ思える。

 人との繋がりが出来て、初めて知った戸惑いは、彼にはあまりに刺激的過ぎて、ここに来てから驚きしかなくなり、いつも何かに怯えて戸惑いあせっている。

 ここに来るまで、彼が何をしていたと言うことは無い。ただ武器を振っていただけ、そんな人間の触れる絆は、全てが色を変えて新鮮なものではあったが、膨大な人という情報量は彼をどうあっても困らせる。


 優れた人間かもしれないが、人の機微とは所詮経験だ。それ超越できるものはただ反則じみた魅力で人を絡めとる様な彼の妹ぐらいだ。

 それ以外の人間は、ただ人と付き合いその中で得る経験で、それを手にするのだ。

 その経験の無い彼は、戸惑うしかない。人と話しかけることすら難しいかもしれない、用は対人恐怖症の一歩手前、それ以前に人との会話と言う行動を理解していないかもしれない。


 それぐらい彼は、人と人の繋がりが薄い。

 同時にまた会いたいと思ったのは、ある意味では妹だけ、きっと魔剣もああいう人物だったのだろうと思うと、自分がなぜちゃんと剣を合わせなかったのかという後悔さえ芽生えた。


 神童は妹とはまったく違う、なぜ会いたいと感じて、また話してみたいと彼は思ったのか。

 それはきっと魔剣と同じく、彼らがセンセイの憧れた存在だからなのだ。ああ生きていられたらきっと自分は、妹を殺そうとなんて考えなかっただろうと、それぐらい彼らは強かったのだ。


「うらやましい、な」


 それが多分彼が最も欲しかった強さなのだろう。

 今際の際にすら人を認められるような人間、しかも卑怯な手で殺された相手にすら、だから彼は魔剣の死をいまだに引き摺り歩みを重くし、同じような人間を見て羨ましいとこぼす。

 僅かに鈍く痛む心は、きっとそれを妬む気持ちだ。


 なんでなんだと、なんでこっちはそうなれないんだという。彼の抱えた嫉妬と言う気持ち、羨ましくて仕方が無い。

 何であんなに、なんであんなに、何もかもが妹より綺麗に見えてしまうんだろうと、そしてそんな彼らに殺意よりも、尊敬が先にたってしまう。


「あの人たち反則だろう、ずる過ぎる、あんなのどうすりゃいいんだよ」


 心臓をつかむように胸をつかみ、何で強くなってくれないんだと叫び散らしたくなる。

 自分の弱さなんてしっている筈なのに、光があればあるほどやっぱり自分が穢れて見える。


 この惨めな執着心、どれだけ太陽を見ても帰ることの出来ない感情、嫉妬と言うだけのそれは、彼が生きる意味にすら変わっていた。行動原理の全てがそれに集約していくほど当たり前の行為。

 だからこそ、それしかない自分が汚らわしく見えてしまう。

 羨ましいと呟き、羨ましいと嘯くようにさえ感じる、本当に羨ましいのかと自分に問いただすように。


 分かっているのだ、彼だって自分の心の弱さは、この溢れている嫉妬。どうあっても消せない悪意と言う悪意、妹から生まれたそれは、彼らのようには生きていられないと言う事実の証明だろう。

 だから羨ましい、ある意味では妹よりも手の届かないそれよりが、本当の意味で手が届かないと知っているから。


 自分はああなれない、なれる筈が無いのだ。

 それでも彼は待ち望んでしまっていた、自分が成りたかった人は一体どんな人なのだろうと、所詮は揃いも揃って剣でしか語れない者達、だからこそ万の言葉よりも剣で語り合いたい。


「勝てる気がしないんだもんな」


 試合では負ける気がしない、勝てないとは思わない。

 だが勝ったということができない、きっとそんな闘いになる。後に残るのは魔剣と同じ時の喪失感だけ、喜んだあの時と同じ何かが消える感覚。


 ポツリと呟く。


「頑張ろう、頑張ろう、じゃなければ殺したことすら無駄になる」


 そう言い聞かせる言葉は自分が自分を保つ為の言い訳だ。

 今は弱いんだから仕方がないと、そう言い訳のためだけにその言葉を使っている、そう彼と話してからは思うようになってしまった。

 渦巻く思考のマイナスに、どうやったらいいんだと悲鳴を上げたいけれど、それを受けれてくれる人間はどこにも居ない。


 死ぬまで苦しめと言っているように、心の中にまた一つたわみが出来て、何かが歪む。

 けれどもうそうやっていいわけが出来る時間は少ない、立ち上がって歩き出すしか許されない、時間はそこまで彼を追い立てているのだ。


 あと少しの時間、それで彼はこれを乗り越えて歩かなくてはいけない。

 自信の決意がそれほどに弱いものだと言い張るわけにはいかない。いまは、今はまだいいかもしれないが、そうじゃない時がもう迫って追い立てる。

 その時自分は剣を握ることが出来るのだろうかと、妹よりも前の尊敬するべき相手に、自分は剣を向けることが出来るのだろうかと、途方に暮れる。


 弱すぎるのだ、能力と精神のその異常のアンバランスな状態が、彼の全力を妨げている。

 軍神に傷をつけることすら可能と言わしめた男が、己の心の弱さによって力を封じられているのだ。

 この部分が彼にとっては致命的な弱さになる。


「けどどうすりゃいいんだ、俺には何にも残ってないんだぞ」


 普段の仮面すら纏わず、ただ途方に暮れる。

 あまりにも神童の心が羨ましくて、自分がどれだけ弱いのかを刻み付けられる。抗えるのだろうかと、その土壇場、死ぬ間際ですら抗うことが出来るのだろうか。


 届かない、空の月を水に飼うように、掴んだと思っても朝になったら消えてしまうようなものだろう。

 何一つ届かないのだと理解させられる、したくも無いのにさせられて、結局自分は妹には届かないと言わされる。


 どうすればいいのだろう、そんな悩みを時間は解決してくれない。

 どんな名探偵よりもましな回答をしてくれるそれは、所詮は後回しの発展系だ、時間の無い奴には何の効果も無い。

 追い立てる時間と言う取立ては、寿命という形を持って襲ってくるが、こればかりは勝てもしないので、言われるがままに支払うだけだ。


 そうもう誰も彼の悩みなんて無視して動き出す。

 疑問も無いただ漠然と、真剣を使った御前試合が始まるのだ。軍神が最強であると言うデモンストレーションの為に呼ばれた、いずれ劣らぬ者達のその全てを競う闘い。

 分かっていても軍神と剣を合わせたかった者達、もっと別の目的を持ったものもいるだろう、だがもう始まるの間違いなかった。


 ただ一人だけ王の護衛として軍神が控えてはいるが、それだけで分かるだろう、彼女がどこまでも最強であると言うことが、そしてそれに不釣合いなほどに愛らしい姿は聖女なんて呼ばれ方をしたりするのかもしれない。

 それだけ彼女は王に信頼され、同時に最強だと言われているようなものだ。

 なによりそんな事をわざわざと証明する為に、王国の名だたる使い手たちを集めたのだ、それこそ新旧様々だろう、あらゆる世代の最強と呼ばれた者たちを集めて、することは軍神の証明。


 彼女であれば誰にも負けないと言う、戦意高揚と、何より他国への牽制だ。

 だがそんな思惑は知ったことじゃないのがそこに居るセンセイだったり神童だったりするのだろう。

 軍神を殺そうと考えている奴と、それと戦ってみたいと言い切った男、王の長い演説が何を言っているのか、こういう場に出ると考えよりも先に、ぶっ倒れた所為での倦怠感や、そもそも寝てないせいで睡眠不足ということもあり、眠気が今の最大の敵になっていた。


 人類最強の敵の一人と激しい戦いを繰り広げるが、中々の劣勢に少しばかり追い詰められてきた。隣に居た一応父親はそんな彼の態度に、このまま剣を抜いて無礼打ちしてやろうかと考える始末だ。

 実は鏡面のような二人の邂逅だが、彼は父を視界にすら入れていない。と言うか今は眠気以外は敵がいないので当然だが、万全でも無視されたことは間違いないだろう。


 始まるまで、何一つ親子の会話は無い。

 それでいいのかと答えられれば、それ以外の選択肢は無いだろう。

 いつか認めて欲しいと言っていた筈の父親すら彼の視界には無いのだ。彼は憧れと嫉妬以外で人を認めていないのかもしれない。

 努力で心が磨耗しきったのかもしれない、捨て去った何かを今取り戻しつつあるのかもしれない。


 だが分かっているのだろうか、悪意を向ける相手を無視する。

 それをしたのはただ一人だと言うことを、彼の妹だと言うことを、忘れていないのだろうか、それは自分も同じ穴の狢と言っているだけだと言うことを、嫉妬と言う感情しかないような男は、隣の男の嫉妬に気付かない。


 殺してやると願い二人、だがそれは総じてずれていた。

 父は息子に、息子は妹に、妹は別に誰にも、誰一人向けるだけ向けて、対象には気付かれても居ない。


 さすが家族と言うべきなのだろうか、殺しあうだろう二人、どちらが死んでも気づきもしないことだろう。

 相手の嫉妬と無関心に、この家族はきっとどこかで終わっているのかもしれない。あまりにも似通いすぎている。


「各々の技術を見せ付けてくれ、以上である」


 そんな王の締めの言葉を聴いても、誰もきっと価値を持っていない。

 ただ軍神に負けろと言われる命令の為にきた者もいるのだ。これは全部が出来レース、そんな事をしなくても誰もがわかっているというのに。


 だがそんな出来レースの第一戦は、家族同士の戦いだ。

 父と息子、ある意味では父越えの戦いでもある。ルールの説明を観客にしながら、始まりに向かって体を整える二人。

 その説明が終わった時始まるのがきっと彼らの殺し合いだ。


 その決戦の舞台に晒された二人、どちらも剣も構えずにゆったりと立っている。剣士としては同じ流派だ当然と言えば当然だろ、どちらもが最強と言える構えのまま、その始まりをゆっくりと待っている。

 軍神はその戦いを興味津々に身を乗り出して見ていた、兄はどれだけ強くなったかと、何より二人の大切な家族の戦いだ。彼女にとっては楽しみだった、あの弱かった兄の本領が見れると、これでまた昔みたいに仲良くできると。


 これで兄が父に勝てばきっとまた仲良くできると、だから二人とも頑張ってと笑っていたように思える。


 だが決着はあまりにも容易くついてしまう。

 しかしその戦いの決着に彼女は兄の生涯を見てしまうだろう。たった一瞬の出来事であったとしても、兄の極めた剣の終着点の一つ。


 その証明を妹に見せ付ける事になる王都御前試合第一戦目、その始まりは、高らか宣言されそして、一瞬で終わってしまった。


 その血の溢れる音によって。


だが次の章は少し前から始まる。

そして土日には更新しないけれど、その前日に更新しないと言った覚えは無い。

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