外伝 日記
僕の剣は届かない、僕の想いは届かない、結局何一つ届かなかった。
生まれて初めて妹と簡単な剣の稽古ををしたのだけれど、僕は何一つ出来なかった。
簡単に剣をはじかれてお終わり、悔しくて涙が止まらなかった。
お父さん達は妹を褒めて、僕には何も言わなかったけれど、きっとすごく失望させたんだと思う。
ごめんなさい、初めて剣を持った妹に負けて本当にごめんなさい。
妹にも今度からは負けないように頑張るから、いっぱい頑張るから、少し僕のほうを向いてください。
パラ、パラと、誰かが日記を見ていた。一日おきに、一月飛ばしてみたりと、少し悲しげな視線をしながらその日記をめくっていた。
そんなにもその日記の持ち主が可哀想なのか、内容がどんなものなのか。
また妹に負けました、悔しいけれど妹が強い事は、兄としてとても誇らしいと思います。
けどお兄ちゃんは、妹を守れるぐらいに、強くないといけないので、もっと頑張って練習しようと思います。
最近はお父さんも剣を教えてくれなくなって、お母さんも魔法を教えてくれなくなりました。
妹ばっかりに教えています。けれど当然のことです、妹はまだちゃんと剣使ったことが無いので、ちゃんと教育をしてあげないと、どこかで怪我をしてしまうかもしれません。
そういう事をちゃんと、お兄ちゃんとして、教えてあげようと思います。必要ないかもしれないけれど、妹はそうやって周りの人に、そういう事を教えていける人に、なると思うからです。
僕の代わりに、みんなを守ってくれるはずだから、精一杯頑張ろうと思います。
ずいぶんと優しい言葉で書かれていました。
その少年は結構まめな性格だったのでしょうか、ほとんど欠かさず毎日のように、日記を書いていました。
内容は妹と家族のことばかり、妹に負けたとか、妹はとても優秀だとか、自分はもっと頑張らないととか、お父さんともう一月以上会話をしていないとか、そういう事ばかりが、書かれていました。
その日記を見ている私はどう思ったのか一度、パタンと日記を閉じました。
そしてなんとなく適当なところでまた日記を開きます。
今日お父さんに剣の筋がいいと褒められました。
流石は俺の息子だって、持ち上げてくれて振り回されました。ちょっと目が回ったけれど、僕はお父さんの子供なので、とても誇らしかったです。
お母さんが教えてくれた魔法も、もっと頑張ってお母さんが、喜ぶ姿をもっと見たいと思います。
けど今は、僕の妹が小さいので我がままを言って、邪魔をしてはいけません。僕は妹も守れる、おにいちゃんになろうと考えていっぱい頑張ります。
それはまだ妹が生まれる前の日記でした。ずいぶんと早熟な子だったらしく、だいぶ早くから日記を書いていたようですが、これも彼が非凡であった事の証明なのでしょう。
その手紙にはこれからの日々に対する希望が書き連ねてありました。
妹を守るとか、父や母などと、これから数年跨げば、全てなかった事にされるというのに、それでも頑張ろう頑張ろうと日記に書き続けた少年は、ある意味では誰よりもまともではなかったのかもしれません。
けれど幼い少年の心からの決意だったのでしょう。
みんなの為に頑張ろうと、僕が妹を守るんだと、なんとも素敵な言葉が書かれているではないですか。
それが終わるまでの彼の日記は、日々が輝いていたのかもしれません。
だってそれは彼が、太陽だった時のお話なんですから。
まだ家族に太陽としていられた時、それがあんな風に、なるなんて誰も、思わなかったでしょう。
太陽が尽きれば光もない塊です。
何一つなくなった後の彼の日記はそれは、全てが面白可笑しく、極色彩の彩を見せていきます。
もう家族と話す事すらなくなって、何年になるだろう。今日は本当に、久しぶりに父上と話した。
けれどそれは酷く事務的な内容で、もう息子とも思われていない事を、理解するしかもうなかった。
税金の率の変更に頷くよりも容易く、男爵家へ養子にいけといわれて、もう泣くしかなかった。そこまでいらないと思われていたなんて、流石に思っていなかった。
いやもうその事実に目をそらす事が、許されなくなったのだろう。自分の心の弱さに涙が出る、まだ必要と思われていたかったらしい。
妹、妹が、あいつが居るから、あいつが生まれた所為で、そこまで僕は駄目なんだろうか、ずっと頑張ってきたけれど、何一つあいつに届かない。
結局、才能のある子供だけしか、父上はいらなかったのだろうか、母上は必要なかったのだろうか、僕は、そこまで要らない代物だったんだろうか、もう何も考えたくなくなっていた。
けれど、今日妹を殺そうとして、分かった事がある、僕はもうここにいられない。
ここにいれば、僕は、何もかもが終わってしまう。
諦めよう、ここで出来る事は、きっともう無いんだ。僕は何一つ守る事が出来ない。
次の家で頑張ろう、この家の事を忘れるくらいに家族を大事にしよう、妹を忘れるくらいに色んな事をして、男爵家を発展させよう。
出涸らしの様な、要らない子供を、押し付けられたのかもしれない、僕が迷惑をかけてしまう、新しい家族を守るために頑張ろう。
頑張ろう。頑張ろう。
このページはやけに皺でよれて歪んでいた。
泣き腫らしながら書いたのでしょう、よっぽど何かに吐き出したかったのは分かりますが、これからさらに数年後の日記は、幸せばかりでそして、突然のようにそれは、終わっていました。
もう彼は、その時完全に、終わってしまったのでしょう。そう考えれば、あの御前試合の結末も分かると言うものでしょうか。
この日記だけが、彼の過去が唯一分かる代物なのです。
それ以外は、あの時大体終わってしまいましたから、あの惨劇の後に、彼が終わってしまった時に、それでも彼は、注目される存在になってしまいました。
当然のことでしょう。あの御前試合は良くも悪くも、歴史に残りましたから。
そして最後の彼の日記です。
もう殺そうあいつを
ただそれだけでした、何があったか分かりませんが、ただそれだけです。
結末を知っている身とすればなんと分かりやすく、なんとはた迷惑な言葉でしょうか、ですが同時に恐怖しかありませんでした。
なんでこんな事にと、何でこんな風にと、そう思うと恐怖がわいてくるのです。
その少年が、壊れて崩れ果てるまでその様は、恐怖と言う言葉でしか表せませんでした。
彼の全てが壊れてしまった完全な原因はきっと、ちょうど日記が終わった時から始まるのでしょう。
日記が終わった日、彼が継いだ男爵家の没落こそが、その完全な原因でしょう。
そこで何が起きたのか詳しい資料は残っておりません。
ただ、そこで置きた事で、彼は完全に終わってしまったのだと、この日記を見た私は思わずには居られないのです。