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外伝 彼女の正体

 その結末を聞いた時、私は成る程とも思った。

 剣神では軍神に敵う気などしなかった。確かに彼は強くなっていたのだろう、けれど彼女が強くなっていないなんて事は無いのだ。

 最初から隔絶した差があるのに、それをどうにか抗って狂的なまでに真っ直ぐと突き進んで消えていった剣神。

 流星よりも早く瞬いて消えていった。偉大な剣士であり、最も哀れな敗残者。


「ま、そんなもんだよ。いい戦いはしたと思う、あの軍神にて傷を負わせることすら出来たんだ。だがあいつに軍神は殺せなかった、それが結末だよ」

「彼は彼女と戦えたのですか。本当に、後悔はしていないんでしょうか」

「さあね、こっちが知りたいぐらいだ。もう十年以上経つのに、未だにあいつの事がしこりになってるぐらいだ。ただ満足だったかもね、自分が行為に打ちひしがれて絶望しながら死ぬのが夢みたいなことも言ってたし」


 確かに彼ならそんな事を言うかも知れない。

 自分の幸せをあまり考える人ではなかったのは間違いないし、今までの話を聞いていたらそうも納得が出来る。


「ただ僕は納得していない。あいつがあんな終わり方で死ぬ事を」

「何故、彼は満足していたなら」

「納得なんて僕には出来ないね。王道だって納得していなかった、だたあいつはそれにすら納得して死んで、屍を晒した」


 どういう終わり方なのかと問いただしたくもなった。

 ただそれを口に開くのは少しだけ躊躇われる。王道の眼は明らかに私に対して糾弾するような強さを持っていたのだ。

 いえば殺されるようなそんな違和感、吐き気がこみ上げてくるような彼女の視線に、私は口を開けない。知りたいという気持ちよりも私は自分の命を優先してしまう。


 ぞっとする感情を必死に抑えて、滲む汗を必死に握り締めて、吐き出せない呼吸を飲み込もうとする。


「はっきり言ってあいつは凄かった。制限なんか外して、ただ殺すことだけを考えたら、きっと軍神だって殺せたはずだ。だからこそ軍神と対等と言っても良かったんだ」

「制限、なんですそれは」

「ずっと自分は死んだほうがいいと思ってた奴だ。復讐自体が枷だったんだよ、あいつは本質が死と言う随分破滅した奴だったけどね。たった一人を殺すことしか考えなかった、それがあいつにとっては枷だったんだ」


 確かに彼は死を振りまいた。だが神童と軍神を除けば、彼は自分から殺すことを望んだ存在は居ない筈だ。

 あくまで敵意を感じた場合のみ、二度も彼と戦って生きている明星こそが、彼が人殺しを疎んじていた証明でもある。その本人の言葉に、私は否定を出す事が出来なかった。


「最もそれを外していたら、僕はここには居なかっただろう。みんな死んでいたはずだよ、ただあいつの目の前に居るという事が殺人の理由になるような存在になるからね」

「それでも生きて意欲しかったんですか」

「ああ、そう思わないでもないよ。少しぐらい人生に幸せがあってもいいだろう。あいつにはそれすらなかったんだ」


 違うといいたい、彼はきっとそれで良かったと思っている。

 私はその生き方で彼は幸せだったといいたかった。どのような絶望があったとしても、どんな困難があったとしても、あの生き方が彼の生き方なら私は否定できない。

 明星の物言いに私は納得できない、彼はアレが幸せであったといいたい、けれど私は彼を知らない、彼を知っている彼女だからこそ、言える言葉を私は否定できない。


 どれだけ最後が絶望的でも、彼にとってそれが全てなら、私は否定しない。肯定だけをし続けると思う。


「おや不服そうだね。今のは僕の願いさ、絶望ばっかりの世界なんて幸せが見つかるわけが無いだろう」

「どうでしょう、絶望が幸せを拒否するわけではないでしょう」

「は、言うね。確かに絶望は幸せの終わりであり始まりだが、あいつの破滅願望は見ていて辛かったんだよ。今日死ぬって笑っていえる奴に僕は何も言えないよ。それが笑顔なんて考えたくも無い」


 生きてる事が幸せじゃない奴を生れてはじめて僕は見たと彼女は言う。

 傭兵の気質だろう。生きる為に必死になることも、死ぬ時の後悔の無さも、だが生きてる事を幸せといえなかった奴は居ないのかもしれない。

 戦って死ぬそれは、明星と呼ばれる英雄にとってはなによりも当たり前のことだ。


「だって私には、彼は絶望だけじゃないと思うから」


 きっと彼女と彼は価値眼が違う。

 その人生に価値があったのかと問われれば彼の人生に価値など無い。けれど意味はあるはずなのだ、誰にも嫌われた彼だが絶対に何かを残して死んでいる。

 そうでなければ生きていることの意味なんて無い筈。


 けれどその言葉を聞いた時、明星の目は殺意に濡れた。呼吸も出来ない悪寒の中で私の肩を押さえつける。ぎしぎしと軋む骨が、手加減などしていない事を理解させられ、恐怖で声が出なかった。


「よく言う、よりにもよってお前がそれを言うのか、絶望だけじゃないなんて言葉を、よりにもよって、お前が」


 激情があらわになって私を糾弾し始める。一体何を私がしたのだと、声を上げたくなる。

 けれど彼女はその事実を語ることは無い。ただ感情のままに私は殺されるかもしれない恐怖に、涙を流して声の無い悲鳴を上げるだけ。

 ただ必死に心の悲鳴を耐える。けれど、彼女の力も声も増すばかりだった。


「貴様がその言葉を言うなど、この僕が許すと思っているのかアイシアス。それだけは許さない、そんな資格も無いくせに、僕は忘れないぞ貴様のした事を、生涯忘れてなる物か」


 恐かった、私が何をしたのだと叫びたくなる。けれどきっと彼女は教えない、ただ激情のままに私を圧殺しようとするように叫ぶ。

 答えてなどくれるわけが無い。これは無関係な物が言った言葉なのか、違う彼女の言葉では私はまるで、あの闘いの当事者の一人にさえ思える。


 あの当時の私は生れて間もないのに、何か出来るわけなんてないのに、だが彼女はそれを認めない。まだ幼かった私が何かしたとでも言うつもりなんだろうか。


「答えて見せろアイシアス、あの日の事を覚えてないなんて言わさない。貴様が、貴様が」


 彼女は何を言うつもりなんだ。恐くなる、まるで足場が壊れるように私の何かを突き刺していく。

 痛む頭と肩が、何かを思い起こさせようとしているのだろうか。ただ分からないと悲鳴を上げたいと言うのに、彼女のさっきがそれを許さない。このまま殺されてもおかしくない彼女の怒気に、歯の根が合わずにカチカチと音を立てる。


 このまま斬殺されてもおかしく無い威圧と感情の波は、私に声を上げさせることは許さない。


「訳知り顔でよくも言ったなその言葉を、満足か、随分と満足だろう、そんな侮辱をいえたんだ。剣神を調べて知った気にでもなったつもりか、そんな事を僕は絶対に認めない」


 ただ彼女が恐かった。滲む涙に視界は歪み、痛む体はもしかしたら骨の一つも折れていたのかもしれない。

 私を認めないと声を上げ続ける彼女、何をしたんだと私は言えずに、彼女の感情に怯えてしまう。ただここで謝罪なんてしたら本当に私は殺される、何故かそれも仕方ないと思える感情もあった。


 けど分からない、私は一体あの日何をしたというのか。思い出せるような年齢じゃない筈だ。一体何を私はしたんだと、体を激しく打つ彼女の声に答えられない疑問を浮かべながら恐怖から逃げようとしていた。

 だって分からないのだ、私は知らない。本当に思い出せない、自分が一体あの時何をしたのだと、思い浮かべても何一つ覚えてなどいない。


「殺したんだろうが、お前があいつを殺したんだろうアイシアス、剣神を殺したお前がその言葉を言うなど僕が許すと思っているのか、答えて見せろアイシアス」

「――――――え」


 出された解に、ただ声も出せずに間抜けに一言呟いた。

 ただその言葉を聞いた時、ただ目の前に真っ赤な何かが広がったような気がして、それが黒い帳を落としていた。




 

これで外伝は終わりです。

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