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三十四章 歌劇「死神」

 その日の始まりは全てが終わり尽くしてた。

 どこか悲壮な表情のまま観客達は、闘技場に集まっていく。まるで死者の葬列のような、華々しさとは随分離れたその始まりは、御前試合の体がありながら王すら来る事のなかった所からも分かるほど異質だっただろう。

 誰もがこの日が終わる事だけを祈っていた。


 もはやどこに御前と言う言葉があるのか分からないその戦いは、二人の存在によって成り立つだけの一つの儀式とすら言えるもので、誰もが悲壮な感情を抱きながらもこないと言う選択肢を抱く事が出来なかった。

 そういう意味では王は、随分とましな判断をしたと言えるが、単純に恐怖が極限に達して精神的疲労で倒れたままになっているだけだ。この指導者として有るまじき醜態が後々の王国の衰退の原因の一つであるのだが、これにより議会が主導を握ってしまい暴政が始まる事になる。


 それにより王道、無双の両名が、立ち上がる事になるのだが、そんな事は今は関係ない。

 そんな状況に陥れる遠因であり原因は、誰に連れ添われる訳でもなく、真っ直ぐとその道を歩いていた。

 杖代わりの剣で路石を痛めつけながら、甲高い音を響かせて闘技場の回廊に反響させていた。


「あいつ放置してきたけど、恨み言ぐらい言われるかもな」


 女の扱いは苦手なんだよと、困った顔をしながら控え室に向けて足を動かしていた。

 気持ち良さそうに眠っていた彼女を起こすこともなく。ゆったりとした足取りで、気負いの一つも見せずに歩き出していた。

 これが終われば恨み言もきっと自分は聞けないだろうから、誰か一人に何かを残せると言うのも彼にとっては、中々ない機会だ。それがちょっとした恨み言なら、少しの間は印象に残るだろうと言う物だ。


 先の闘いから彼は人から避けられるようになった。

 あまりにも人を容易く殺す彼の姿に、死をまざまざと見せ付けられた人々は、本能的に彼を避けているのだろう。

 誰一人彼に襲い掛からない現状が、先生には酷く心休まるらしく、朝の少し肌寒い風と降り落ちてくる日の温かみに、体の換気の様に息を吐いて吸い直す。


 どこか冷たさの感じる空気が体に入り、自分の結末である戦いを前に溢れていた熱を吐き出し、自分がここまでようやく来た事を自覚して手が震えていた。

 これが武者震いと言う奴なのだろうと考えるが、彼は頭のどこかで妹にまだ怯えているだろう心があるのだろうと考えてしまう。ここに至ってまで怯える自分の小胆ぶりに、流石にそれはどうにかしてくれと、願うが簡単に震えが取れる筈もない。


 だがそれも今更何の障害にもならないと、内心では彼もわかっていた。

 恐怖があっても、ただそれに踏み込めるだけのマシな心は出来たと、そうでなければあの戦いは無益になる。

 神童との戦いで越えた壁は、自分がヒルメスカよりも強いと言う証明なのだ。センセイはあの戦いで弱いと言う逃げを使えなくなった。自分が憧れた人間よりも強くあらねば、それこそがあの闘いに対して唾を吐くような物なのだ。


 先生は自分に呪いをかけた。ただどんな時でも強がれと、どれだけ恐れようと、弱くあるなと心を打ち据えた。それでも滲む自分の心の弱さを、認めないとかたくなに彼は否定する。

 アレを殺すためならと、一つや二つの強がりを押し通せなくては、どうにもならないことぐらい誰にでも分かることだ。そういう諸々の感情を、夜に収めた筈なのにまだ必死にが成り立てている。


 お前はアレには敵わないと、だがそんな事はアレが生まれてきたときから刻み付けられているのだ。

 不可能だ、不可能。その言葉がなんと似合う闘いだろう、彼はここから終わっていく、ただの八つ当たりの剣が彼女に届くのなど未来を知っている物なら言わなくても分かることだろう。


 だがもしそれを越える事が出来るなら、自分は群集に殺されようとそう決めていた。

 どうあっても自分は死ぬべきだと言う考えを彼が変える事はない。自分に対する強烈な破滅願望が、ある意味では彼の生きる意味だ。

 足掻いて足掻きぬく中で、彼が作り上げた犠牲は数えるだけ無駄だ。その犠牲の為に、先生は苦しんで苦しみぬいて、絶望しながら消えて行けと考えいた。だからここでアレを殺せずに死ぬことも、きっと間違いではないだろう。


 そのときの自分の怨嗟の声がどの様な物なのか、それを考えた時に心踊ってしまう決意の破綻者は、自身の歪んだ感情に微笑を一つ零す。

 今日はどうあっても自分の命日だ。感情一つで目を切り裂いて盲目になった彼は、最後の世界見て起きたかったと、少しだけ後悔もしたが、あの時焼き付けた全てが彼の心に刻まれた風景でよかった。


 そもそも自分が光を受けていい人間であるわけがないと、そう感じていたセンセイにとっては相応の扱いなのかもしれないが、もはやアレを視界に入れる事など彼は考えたくも無かった。

 彼が目を切り裂いた理由はそれだけだろう。身内の詫びなどと言うのははっきり言ってその場の勢いみたいな物だっただろう。あの時何もかもが彼にとっては無くなってしまった。


 強がり続ける、それはきっと間違っているだろう。正しいところなど一つもない、世界などもう彼は目に入らない。所詮一人で生きて死ぬ為に存在したような男だ、それが最も相応しい姿なのだろう。

 彼は二度と世界に繋がれないのだ。ただ一人で立っているだけ、遥かに渡る草原のにただ一人で立っているだけでいいのだセンセイなんて存在は、それが誰にとっても幸せである。


 空と草と風と土、それだけはきっと彼を脅かさない。

 ようやく終われるという安堵と、静かに続く今の剣の音だけは、彼にとってどれだけ救われているのだろうか。

 ただ彼は今だけは草原にたっている。誰もが彼に怯えてくれる、誰もが彼に近寄らない、ようやく一人になれた。二度と人に期待しなくて良くなっていた。


「幸せだな。もう全部自分の中にある、さっさと潰しておけばよかった」


 二度と、自分の全ては脅かされない。後悔もしないでいい。

 そしてこの面持ちのまま、あいつを殺そう、そして自分を殺そう。違えてやる、違えつくしてやる、アレが正道をいく限り彼はそう思い続ける。

 間違ってやる、全て間違えてやる、正気でい続けるアレに対して、彼は狂気でい続ける。


「ま、だったら剣聖に殺されてたか。やっぱりこれで外れじゃないって事だな」


 正しくはない。正道なんて彼は歩けなかった。

 ただ守ろうとする事が彼には出来ない。ただ人を信じさせようとする事が彼には出来ない。いつの間にか出来てしまった、自身の醜い感情を容易く人に読まれてしまうから。

 そしてそんな感情が作り上げられた結果がアレだ。殺したいと願う存在しかなくなった彼は、殺意を振りまく化け物へと変わっていた。


 それがようやく完成された時、罵倒や排除から、恐怖に変わる。

 彼は何か大切な物を無くす度に強くなってきたような男だ。全て大切な物が手からこぼれて消える。


 彼は何かを間違え続けた。そしてそれを変える事はない。


「ならこのままいくしかないか。最後の殺人を始めないといけない」


 ほっとしていた。もうこれで人を殺さないですむと、ようやく死ねるのだと。

 疲れ果てた人生を反響させながら、止まれない足に少しだけほっとしていた。きっとこれなら動き続けられる。

 人々が望んだ軍神に剣を向ける事が出来ると、彼は確かに間違え続けてきた人間だ。そしてこれからもそれは変わらないだろう。


 だが間違っているからこそ彼女に剣を向けられる。たった一人だけ軍神に殺意を向けられる。それは人々思想を否定する行為だ。全部を破滅しろと命令するような罵倒だ。

 誰もが望んだのだ、世界に善性があると肯定する為に、神はここにあると誰もが首肯する為に、平等に誰に対しても優しさを向ける存在を作り上げた。


 否定しつくす。人の善性も、平等も、命も、この世に綺麗な物など存在しないと否定する為に、センセイは間違い続ける、過ち続ける、違え続ける。

 この世には綺麗な物など存在しない。存在するのは綺麗に成ろうとする物だけなのだ。ただ生きているだけで認められる物など存在しない。


 だからこそその象徴である彼女を彼は認めない。ただひたすらに正道であるが故に、その事実全てを彼は認められない。それは彼の本質的なものだったのかもしれない、ただ妹の否定を重ねていた結果なのかもしれない。


 だが彼は違え続けることだけを自分の宿業に変えていた。

 その結果が今の彼だ。人である事すらも放棄したような生き方をする彼は、間違え続けると言う行為を行ない続けている結果だろう。


「あいつを人と認める事が是か非か、誰かに答えてもらいたい物だけど。無理か流石に、まだそいつは寝てるしっと、もう着いたか、しかし目も見えないのに感覚だけで結構分かるもんだな」


 いつの間にか控え室についていたのか扉を開こうと、剣を扉に傾けノブを回そうとすると控え室の中に人の気配を感じて警戒の空気を作り上げる。

 静電気にでも触れたように手を跳ね除けてながら剣を握る辺り、それ自体が本能のような機能をしているようにも思える行為に、無双辺りがいたのなら無意識下にありながら良くやると驚くだろう。


 しかしふと呼吸を整えてみると中からは、敵意も殺意も感じない。もう少し警戒して感覚を伸ばしてみると彼はほっとした表情を見せた。

 中にいる人物は絶対に彼に攻撃するわけのない人物だと把握していた。同じようにまた剣を立てかけると扉を開ける。


 先の戦いで控え室で、彼にお願いしますと言った人間を切り殺した所為で随分と血の匂いが染み付いているようだが、それに不快感を示す事もなく「やあ」と部屋の中の住人に挨拶をした。


「お、来たか。私もそうだが随分早いな」

「やるべきことは全部やったんだよ。あとは時間が経つのを待つだけ、結末はもう殺し合わなけりゃ分からんよ」


 物騒な奴だと、困った顔をする王道は、彼と言う人物が少し落ち着いたように思えた。

 今までは何かに追い立てられる様な余裕の無さだったと言うのに、根が座ったのか随分と泰然としてみてる。

 ただの開き直りとも言うべき彼の心境だが、やり通すと決めた事に関しては、どんな事があっても続ける彼だ。だからこその説得力もあるだろう。

 何しろ復讐を決めてここまで来たのだ。もはや軍神以外には彼を止められない所にまでたち、人類の中でもっとも軍神に近い存在となってしまった。


「お前を背後から突き刺した女を受け入れると言うのも図太いが、大分落ち着いたな」

「別にそんな事はない、あんたはそういう事をしない人間なのは見ればわかるだろう。なにより今更そんな事された所でどうにもならんのは、お前が一番分かってると思うんだ」

「ふん、わかっているさ。最初の段階から私はお前に負けているのに、あの腐れ剣鬼との戦いの後から、勝てる気がしない」


 嘘などがつける性格ではないのもあるが、随分と容易く自分の敗北を認める王道。本来であるならこれ程屈辱的な事を認める事など容易く出来るわけがない。

 彼女はこの御前試合の中でも軍神を除けば、頭から数えた方が早い程の実力を持った人物だ。だがその彼女から容易く敗北を認める言葉が出ると言うのは、流石に驚きと言えば驚きだろう。


「お前ならあの人と戦いになってしまう。そんな存在と比べる等と言うのは私には傲慢が過ぎるよ」

「きっと負けると分かっていてか」

「ああ、私たちはあの人に屈服しかできない。だがお前は負ける事が出来るんだ、こんな恐ろしい事があってたまるか」


 己の弱さを認めてまで彼女は、センセイを認めていた。

 こう真っ直ぐと肯定されたのは、神童を除けば彼女が初めてだろう。だが彼とは少し違うどこか後ろめたさがあるのか、どうにも声色に精彩が欠けている。

 自分の剣が彼に手元にない事だって気付いていないのだ。大分精神的には追い詰められているのだろう。


「私にはそんな事は出来ない。きっとお前以外誰にも出来ない。そう考えると凄い、恐ろしいぐらいに凄い」

「俺はそれしか出来ないんだよ。何が凄いんだ、もっと凄い奴らなんかいっぱい居る。俺みたいに、それしか出来ない奴なんていうのは、破綻しか抱えていない」


 賞賛の言葉を告げる彼女の声に、耳を塞ぎたくなる。何一つ嬉しくない、お前は素晴らしい人殺しだといわれて喜ぶ程、人殺しに価値はない。

 自分の唯一の手管を気に入らない彼にとって王道の言葉は、王道からすれば嘘偽りない内容でも、彼にとっては聞き入れたい内容ではなかった。


「あの人に立ち向かう。私にはそれが出来なかった、ただ罵声のようにお前から聞いた事実を突きつける事だけだ。剣一つ向けられなかったんだ私は、お前は彼女を殺す決意が出来たのだろう。

 こんな恐ろしくも素晴らしい事があってたまるか。頼むそれを破綻とはいわないでくれ、私はそれすら出来ないんだ」


 彼女はただ真っ直ぐあろうとした。だがそれを成す事も出来ずに、ただ背後から剣を突き刺した。自分のした事に彼女は後悔しかない。

 そして間違っている事に、間違っているといえなかった。その自分の心の弱さが許せなかった。

 だがセンセイにはそれが出来たのだ。だから彼女は彼を否定しない、人殺しだと否定し尽くす彼を肯定してしまう。どんな罵声よりも痛む、彼女の賞賛に何も言えなくなるが、彼は強がるしかなかった。


 彼の憧れた男なら、この賞賛に対してきっと笑顔で返すだろう。

 だが自分はそれが出来ないとわかっていた。だから強張る表情を無理やり治して、ただ耐えるように言う。


「素晴らしいことであってたまるか」


 彼は認めない。自分の仕出かす全ての事が、素晴らしい等と言う虚飾に塗れる事を絶対に許すことはない。なぜなら自分は間違えている、そう決めてそう動いてきた男は、自分の行為を賞賛などで汚す事はない。

 ただ自分の仕出かす全ての事を許さないだけだ。


「悪いがそれは認められない。そんな事をしたら俺が許されたみたいじゃないか。そんな起こりえない事を俺は許さない、絶対に俺は間違えているんだ」


 憎むべきは妹、呪うべきは妹、殺すべきは妹。だがそれは逆に彼が自分に突きつける言葉でもあった。

 憎むべきは自分、呪うべきは自分、殺すべきは自分であるべきだと、絶対に彼は言う。


「だがそれでは何も残せないぞ、ただお前は死ぬだけだ。ただ無為に殺して無為に死ぬ、そんな事があって良いわけがないだろう」

「凄い優しい言葉に感謝は絶えないが、それはもう少し昔の俺にいうべきだったと思う。今更なこの生き方を俺は変えられない。人殺しは死ぬべきなんだよ」


 絶対に彼はそこだけは変えられない。それを変えてしまえば、きっとその時彼の心が折れてしまう。罪悪感を糧に生きてきた彼は、後悔を奪われてはきっと立ち上がることすら困難になる。

 無双にも語った決意は、凄絶さの混じる物であり、自分が口出しをしてどうにかなる相手ではないと言う事を納得してしまう。


「私はお前に生きて欲しいんだがな」

「お断りだ。いい加減に俺を休ませてくれよ」

「そう言うな、世界に一人ぐらい私みたいな酔狂な人間が居てもいいだろう」


 一人ぐらいなら、確かに居てくれたら嬉しいと頷く。

 彼がもう少し器用に生きていたならこの時、彼女の言葉に誘惑されたのかもしれない。だが不器用でなければ神童との戦いで死んでいただろう。

 ままならない、不器用だったからこそここに立てた。だがそうだからこそ今日と言う日に死ぬのだこの男は、そして最後の慈悲すら彼は捨てて行く。


「お前は馬鹿だ。嫌いじゃないが、私はそこまで真っ直ぐではなかったようだ」

「一度や二度失敗したぐらいなんだって言うんだよ。まだ修正が聞く間なら何度も試せよ。俺は何度も挫折して失敗して泣き喚いたぞ」


 そうやってセンセイはここまで来た。積み重ねた怨嗟もそうだ、ただ何一つ今まで成し遂げられなかった筈の男は、ようやく何かを成し遂げつつあったのだ。

 折られ続けた男の言葉は、自然と彼女の中に入っていく。ただ驚いたように丸くした瞳に、少しの涙を交えて、頬に流れる筋の後は彼が困った様に後ろを振り向いた時にこぼれていった。


 しかし感覚ばかり鋭くなった彼は、後ろを向いていても彼女の状態が手に取るようにわかってしまって、内心では凄く動揺していた。


「そうか、そうか、そうか、やり直していいのか何度も」

「好きにしろ」


 ぶっきらぼうに答えているようだが、王道以上に声が震えている彼は、自分が何をして彼女を泣かせているのか全くわかっていない。

 彼は女性に対してそれほど耐性のある男ではない。人生のほぼ十割を鍛錬と復讐だけで埋めてきたような奴だ、美形の分類であるのに女性に対して言い寄られたりと言うことはない。


「あと泣くなよ。なんだ、えーと、困る。どうしていいか、分からなくなるから頼む」

「うるさい、私だって女なんだ。涙の一つや二つ見せる、護国卿だって結婚を夢見る乙女なんだ」

「いや、アンタ適齢期とっくに……いや、悪い」


 口を塞いだ。流石に本当に涙を眼に溜めて、泣くぞ、泣くぞと彼を責めるように見ている彼女に何も言えずただ頭を下げる。

 ちなみにだが、さらに加えるならそもそもおばさんだろうと繋げるつもりだった、彼の鉄の心臓には敬服する勢いだ。困った空気が流れ出していたが、二人して口を開けば無粋な言葉を出すに決まっていた彼らは、牽制するように少しの間合いを作ったまま早く喋れと相手に威圧をしていた。


 この二人は似ているわけではないのだが、二人して真っ直ぐにしかいえない人間なので、つい思った事を口にしてしまいなんとも言えない空気が出来ていた。


「悪かったよ。流石に女性相手に失礼だったか」

「そうだ、いいか二度と女性に対してその様な罵声を浴びせるな」

「今日一日しかないが分かった理解しておく。お前が行き遅れなんて絶対に言わない」


 分かったと頷きながら本気で言っているのだろうが、清々しいぐらいにどぎつい暴言を吐いている。事実とは言え指摘されたことに彼女はうつむいて、まだいけるまだ大丈夫と必死に心を落ち着かせていた。

 自分のいった事に気付いたのか、少しのリアクションを取ろうとするが、口走りそうになった言葉が、大丈夫だってそういう趣味の奴も居るだったあたりで、もはやフォローの言葉がどこかに失踪しているだろう。


「もういい、お前にそう言った心の機微を期待した私が馬鹿だったのだ」

「確かに、愚かだったな。対人関係に不備のある俺に、そんな事を期待するんだ」


 先ほどまでの悲壮な空気が消えただけでも、良しとするべきなのだろう。

 今ここで彼が自分の破滅願望を語ったところで、笑いしか起こる事はない。だが彼の門出にはこれぐらいの明るさがあってもいい筈だろう。

 救われなかった男だ、報われなかった男だ、死に行く男だ、そこに一つの花を添えて鎮魂とするのもまた救いだろう。


 彼も彼女もセンセイが、生きて王道と語らうことなど二度と訪れない事を知っている。

 知っていたからこそ軽口を叩けたのかもしれない。もう終わりとわかっているから彼は誰にでも心を開いていた。

 隠すことすらせずに自分の事を語っていた。だからこそ前より受け入れやすいというのもあるだろう、彼のもう一つの本性をまだ出していない。なによりそれはたった一人に向けられる為に存在している。


「たしかにそうだな、期待した私が馬鹿だったよ。だが一つ感謝をしておく、私はまた真っ直ぐに歩いていってみる。間違った事を間違っているといえるように」

「出来てるんじゃないか、俺が見る限りだからいえないが、納得いかないなら頑張れ。応援だけはしてやる、呪いになるかもしれないが、俺だってそれぐらいの事は祈りたい」

「存分に祈ってくれ、私は何度折れても真っ直ぐ歩くぞ。王道のままに、その名前が変わったとしてもだ」


 ただ真っ直ぐと行く、だがこれが後に彼女の名を貶めることになる惨劇の理由ともなるのだ。背を刺す刃、ただ王道を歩いた彼女の結末がどういうものか、知っているのならもはや彼の言葉は呪いかも知れない。

 それでも彼女は王道であるという。これより先に彼女の歩む道に足音はやむ事は無い。ただ真っ直ぐと走って真っ直ぐと終わるだけだ。


「ああ、分かったよ。応援してる」


 全てが終わる日の最後の会話はこんな物だった。この後にザインザイツが乱入してきたらしいが、その時には彼は闘技場に立っていたし、彼が現れるのと同じく軍神も現れた。

 その時は始まりつつあった。沈めた感情を彼は吐き出しながら、何も見えない中で、ただ一人の敵に剣を向ける。


 王都御前試合と呼ばれた英雄達の戦いの最終幕は始まりつつあった。


執筆BGM

ジュゼッペ・ヴェルディ エルナーニより「若き日々よ」

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