外伝 過去の結末
「それで結論が欲しいのかアイシアス」
王道との対談を終えて、眼帯をした女性が私を睨むようにたって居ます。
西域同盟の偉大なる軍王、二つ名を明星、そう呼ばれている人です。古くは無双、傭兵王などと呼ばれていましたが、王国崩壊の原因の一人始まりとさえ言われる人物です。
剣神の時代であればザインザイツと言えば有名なのでしょうが、明星様と呼ばれるのが私達の世代ではベターと言う人物です。
西域の小競り合いの全てを鎮圧し、王国を裏切り西域の同盟に追従し、王国に対する全面攻勢を唱え実行した大人物で、彼女によって不敗の息子カルベリ=エイジス=クランフォークや、百装騎士団の殲滅。老師の直弟子達であるカーハイト、ランドル、マースカシェ、ギルバリアスといった高弟を討伐。
北方における狼面騎士団の撃退。上げればきりが無いほどの戦功を上げた大英雄です。
何故か私はそんな英雄から、殺気のような物を向けられているのですが、何をやったと言うのでしょう。
「だから、剣神の事について聞きたいのですが、結論は私が出さないといけませんし」
「私の目を抉った男について聞きたいと言う事か。仮にもだ、嫁入り前の娘だった私を傷物にしながら責任を取らなかったあの屑の事を語れと」
「彼は敵意を向けない相手には攻撃しなかったそうですが、何か彼を怒らせるようなことでも」
うっと詰まる豪快な明星様は、視線を私から逸らすが、それだけで雄弁だった。
この人は間違いなく剣神に挑んで、返り討ちにあっている。ただ彼女は剣神を偽る事だけはしないと言う確信だけはもてたと思う。
私のただの推論に対してここまでの反応をしてくれるのだ。
ある意味ではラストール様より分かりやすい。
ですがすぐに容易く私のそんな憶測を打ち破る、英雄らしさと言うのか、威圧みたいなものが、私の思考を容易く阻みました。
「ふん、ただちょっとだけ、ヒルメスカとの闘いが羨ましかったからもう一回僕としよって言っただけだ。そしたら負けて、これが授業料だ。乙女の柔肌をなんだとあいつは思っているんだ僕は心外だね」
「いきなり一人称変わって砕けた態度を取るあなたの行動が心外です」
「ああ、部下の一人が仮にもこの大陸最強なんだからそれらしい対外的な態度を取れって言われてね。考えてみたらあいつの娘にそんな事する必要はないんだよ」
おじさーんと叫びたくなる私は、絶対に悪くないと思う。
私の叔父は一体どういう人なのだろう。不思議な疑問があるけれど、もしかして本当に王国の重鎮かなんかだったんだろうか。
財務関係なら軍事関係の人間とはどう考えても相性が悪いだろうし。
「しかしだ。気になるのは僕の方だよ、剣神の事なんてセインセイズに聞いた方が早いだろうに、いやあれなら誰にも語らないか。反吐が出るよまったく、あの人でなしからよく君のようなまともな人間が出来たものだ。
どっちか片側に絶対にぶれると思ったんだけど、普通過ぎると言うのもある意味じゃ狂気なのか。どちらにせよ、まだ生きてるのかさっさと死ねばいいと言うのに」
「身内の前でそれは無いでしょう。叔父さんも随分と恨みを買っているようですが、今はそんなことはいいじゃないですか」
「聞きたい事なんて一つか二つしかないだろ。あまり語りたいことでもないけど、もうあいつとは誰も会えないわけだし、過去を振り返るぐらいは十分かあいつの娘だったら義務のレベルだし」
ドンと椅子に座ると、腰に据えていた剣を机の前に投げる。
彼女と付き添ってきた剣だ。随分と年季の入った傷が鞘から見て取れる。雑多な装飾も無く、儀礼用という訳でもない所から、この人はやっぱり闘う人なんだと再認識させられた。
しかし彼女のこの態度がよく分からず私は首を傾げた。
「この剣はあいつのだよ。今は僕の剣だが、今から語る話の信憑性のためだ。あの剣神なんて呼ばれるあいつの剣だよこれが」
「これがですか、抜いてみても」
「構わない。むしろそのために見せたんだ、かの疾風なんていっても知らないか、ヒルメスカの妻が使ってた剣なんだが、笑えない経緯からあいつの手に収まった。頑丈な鉄だろう、僕が使っていた剣と同じ時期に造られた革新期の一品だ」
私にそんな事を言われても分からないのですが、彼女は自慢げです。
革新期の辺りには名剣がたくさん生まれたと聞いていますが、そのあとの停滞期の所為で数多くの名刀は歴史の中に消えたと言う悲しい事実もあります。
何しろそういった件たちを鋳潰して造ったというほどに残酷な時代があったのです。
私は吸い寄せられるようにその剣を手に掴みます。
すっと引き抜いて刃が顔を見せますが、私に審査眼があるわけも無くただ剣が冷たいと言う感想しか浮かびませんでした。
そんな私の姿をじっと見ている明星様は、どこか残念そうではありました。
「残念そうですが」
「ま、ね。仮にもだセインセイズに育てられているんだ、そういう期待があるのも事実さ」
「まるでそれだと、叔父が剣神みたいに聞こえますが、たしかに名前は同じ帝国姓ですよ。ですが家の叔父は片足が不自由ですが五体満足ですし、盲目でもないんですよ」
確かにそうだという。
彼女もそれは知っているようで、分かっていると答える。
「分かっているって、こっちはあいつが死んだところを見届けてるんだ。同姓同名の別人なんてよくいるもんだよ。それが偶然知人だった、ならちょっとは期待してもいいだろう」
この人のいった言葉はお気楽な言葉だったけれど、聞き逃せない言葉があった。
そして私はそれを認めたくないと、目をむいて彼女に問いただす。
「彼が死んだと言った気がしましたが」
「何で僕が剣を持っていると思ってるんだ。あいつは軍神に復讐なんて出来ずに死んだよ。あいつらしい終わりだろ、結局何も出来ずに死んだ。これがアイシアス、君が最も知りたがった結末だよ」
分かりきっていた事なのに、彼女の言葉は酷く耳に残る。
どこかで認めたがっていない事が自分でも分かる言葉だ。彼は必死で我武者羅に足掻き続けていた。
剣神を調べてきたのだ、それぐらい知っている。
どこまで関係が断絶しようともそれは変わらない。その成果である闘いの結末は、分かりきっていた筈なのに酷く重く聞こえた。
「あいつは軍神に負けて、殺されたんだ」
私にとって聞きたくなかった言葉は、もう一度紡がれてその事実を認めたくない私は、聞き返す事も出来ず現実に対してただ吐き気がした。
執筆BGM amazarashi ラブソング
rei fu ツキアカリ