二十八章 帳落ちる
空間が軋んでいた。誰もが歓声を上げようとした一瞬、停滞と狂騒の境目に狂気が入り込んだ。喉を塞ぐような重圧が、心の弱い者達の呼吸を奪い去り路傍へと転がした。
数名の被害にとどまったその状況を、誰も良しとは言えない。ただ何が起きたのだと困惑するだけだ。圧倒していた筈の神童の攻撃を逆手にとっての背後への軌跡再現、誰が見ても完全な手での反撃だ。
だと言うのに何故と、そう言葉にしたい者たちは沢山居ただろう。
しかしそれを答える側に居る存在は、這い蹲って足掻いている神童に対して何もしなかった。ただ王のほうを向き、全てを脅かしていただけだ。
じっと凝視された先には王と軍神だけ、口をゆっくりと動かしたようにも思えるが、その言葉を聞いた者は居なかっただろう。音など響かない、ただ怨念を口にしただけの声さえない言葉。
ただ一人びくりと体を縮めた軍神を除けば、その意味を察したものなど誰一人存在しないだろう。
そもそもの話、彼の逆鱗をここまでうまく踏める人間なんてこの世には一人しか存在しない。積み重ねてきた彼女のへの恨み、鎖で縛られていた筈の後悔も何もかもを吹き飛ばして彼は、彼女をじっと見ていた。
もし激昂した神童に斬り殺されてもいいと思うぐらいに、彼は無防備に背を向けている。弾き飛ばされた剣すら手に取る事も無く、敵を、敵をと、中空に向けて伸ばす。
その手は彼の増悪の込められた意思を象徴しているように、ゆっくりと彼女に向けて伸びて行き、腕の限界点に達した時、軌跡再現の悪意が振りかざされた。
彼の口から吐き出された言葉は、容易く彼女の心の臓腑を抉る。
なによりその言葉を証明する行動が、発狂するような心臓の痛みを作り上げていく。何よりその軌跡再現の使い方は、完全に命を奪い去る為の殺意の具現だった。
センセイという存在の目を持って放たれたその、明確な殺意。かつて彼女さえも断言した、次の手があるのなら傷を負っていた男が折れない意思では成ったそれは、全てが急所に向けてはなれていた。
同じく軌跡再現で抵抗するが、どう操っているのか彼女も理解できない間隔で、次の手が彼女を襲う。ありとあらゆる彼女の隙を見通して、殺すと決めたその攻撃は、彼女の頬を裂き髪を一房切り裂いた。
その交差に気付いたものは居ただろうか、居たとして求められるものは居なかった奪ろう。それでも人を殺すような空気を彼は変えない、望んで踏み出し憧れとの戦い。生まれてはじめて楽しいと思えた正気とも思えない殺し合い。
「よりにもよって」
あれは邪魔をした。また奪い去ろうとした。
お前は、お前はと、心で何度も反芻する。それが口に出ていると、勝手に唇を動かしていると彼も気付いていない。
またか、また奪うのか、また奪わせるのかと、口に出てくる言葉と無意識に放つ殺意は、もはや彼の感情の限界を告げていた。怒りで白んでゆく景色、ただ目の前のそれが不快で、いることすら許せない。
目の前に妹が写る事すら彼には耐えかねた。
殺意と言う殺意が彼の頭に入り込んで、どうしようもなくなっていく。全部あいつの所為だと短絡的な思考が、怨嗟によって変貌を繰り返す。
どこまで景色が消え去っても存在し続ける存在は、怯える様に彼を見ていた。まるで自分が全力きわまる存在とでも言うように、彼の視界に鎮座している。
「お前が、お前が俺をこうさせたくせに」
抑え続けた感情が、漏れてゆく。決壊する寸前の感情は、彼女に対する呪いだ。
全てが終わり続ける二人の関係に、イミテーションと言う言葉すら消え去って、何もかもが消え去って。
食いしばる彼の心の全てが壊れて、彼女を保全する機構が瓦解して行く。崩れるその光景は、もはや彼と言う存在が暴虐の限りを尽くしている様に人は見えるだろう。
それはもはや止めようの無い、彼女と言う存在が望まない悪夢だ。
兄を守ろうとしたのにと思っているのだろうか、折角助けてあげたのにと、これで褒めてくれると喜んだのだろうか。
全ては無駄だ。センセイとアイシャ、この二人の関係など全ては幼い時より壊れてしまっている。全部が終わるだけ、それがとうとう今ここに発露したのだ。
そもそも彼は耐える必要なんて無かった。ただ妹の近くに自分が行くことが恐かった、またあの時の様に、彼女の望み通りに成る事が嫌だった。殺したくない人を、何より自分を奪われる事を彼は拒絶していた。
二度と自分を奪わせない。汚らわしい自分だからこそ、あいつにだけは染まらない様に、そう思い続けてきたからこそ彼は、自分を奪い去る存在に恐怖を抱いていたのだ。
そういって逃げてきた。ずっと逃げていた。
恐いから、人を容易く塗り替える存在がこの世に存在する事実が恐ろしくて、夢にまで見る恐怖を彼は感じ続けていた。
その全ての枷が消えていたのだ。今までたまった汚濁が、決壊を迎え始めている。彼の増悪が人の目に晒されるのだ。
ぴちゃんと水音が響く。誰もがその水音を聞いて、心を砕かれたように恐怖した。
一つまた一つと弾けるその音は、聞こえるところも無いのに、誰にも響くその音は彼を世界に見せ付けるように音を全てに渡らせた。
ごめんなさいと誰かが呟く、許してくださいと誰かが謝罪をする。殺してくれと誰かが哀願して、まだ続きあるだろうと神童が囁いて、汚濁が取り払われる。
「まだ、まだ終わってないだろう。敵に後ろを向けるなんて剣士の風上にも置けない」
その一言で怒りが霧消したのだろうかと、誰かが思う。だが違うに決まっていた。
彼の感情がただ神童に向いただけの事。ただ彼はまだ後ろを向くことは無かった。手を上げて少しだけ待ってくれと願うように、剣気を纏わせた彼を抑えた。
ゆっくりと弾かれた剣に向けて歩き出す。さながら幽鬼といった姿は、膨大と言うほどに存在した彼の姿を消し去るほどに生気の無い歩みだった。その間でもじっと軍神を凝視し続ける目だけは、冷やかに何より粘性の殺意を形作るものではあったが、神童と軍神しかそんなものには気付かなかっただろう。
次は無い。いや先もない、彼女は許されない。
人殺し同士の共食いに介入したのだ。まして善意のために、この世で最も許されない行為である第三者の空言の為に、ここで死ぬに生きる二人の生涯を罵倒し尽くした。
元々だがセンセイに許される事すらない彼女は、最後の引き金を自分で引いたのだ。もはや最低限の信用すら失った彼女は、やってみろその隙に首を切り落すと、宣告するように彼女の一挙手一投足を見逃さない。
相手は自分だと言うのに、まるで自分が居ない存在のような扱いをするセンセイの態度に、振動は少しばかりお気に召さないようだが、手で彼を制した彼が一体何をするのかという少しの好奇心と、胸を掻き毟るような焦燥感が、センセイと言う存在の変貌を嫌と言うほど感じさせていた。
今なら殺せるという安い自分の戦闘者としての嗅覚が体を動かそうとするが、もし彼が変わるというのなら是非も無いだろう。どこまでも駆け上がる剣士を見ることもまた、彼の望みであるのなら、その焦燥にまかして荒れ狂う事など彼にとってはあり得ない。
眼前に常に軍神を目にやりながら彼は、凶相を隠す事も無かったが、それを目にやれたのは僅かだけ。それ以上に彼が吐き出す悪意が、人々に恐怖を与え声さえ立てさせないのだ。
歓声さえも飲み込んだ、たった一人の暴威は、ただ静寂の中で己と敵を視界に治めて悲劇的に表情を歪め尽した。
それは殺意であり悪意、叛意であり暴威、暴力であり汚濁、悪感情の限りを尽くしてなお足りない。全てが汚濁に帰結する彼と言う存在の全て、下から妬み上げた男の全て、胸焼けのするような人の感情の全てがそこにある。
殺してやると願うその感情だけが残り、復讐と言う意味すら失わせる。ただの逆恨みの帰結はそこにある。何一つ悪くないからこそ、彼に対して全ての悪意を向けられた軍神は、実を小さくしながら引きつる表情を隠す事も出来なかった。
あれが軍神の穢れだ。汚れない軍神が生み出した穢れ、彼女の穢れを全て受け止めてきた存在。純粋なそれは無垢なそれは、自分が生み出してしまった穢れとようやく向き合う事になる。
もはや隠し立てするような事は何もない。
声高に言い放ってやればいい。何よりいわなくてももはや行動が全てを語っている。全てが終わった表情を隠す事も無くセンセイは妹に突きつける。
そしてこれから全てが終わる妹は、理解するのだ。兄がここに降り立った本当の理由を、目線を逸らせない、逸らさせる筈も無い。彼は彼女を妬み続けた、呪い続けた、たった一つを請い願い続けた。
セインセイズ=ニーイロス・クラウヴォルフは、アイシアス=エイジア=クラウヴォルフを殺したいと願い続けている事を、彼女は理解させられる。
家族の親愛など存在するわけが無い。戦場ですら彼女は悪意を向けられない、だから要約し晒されるのだ。あれが殺意であると、それを隠そうともしない姿に、彼女は自分が失敗したことだけを突きつけられて、瞳から涙が一筋流れ落ちた。
だが彼女は泣く事の安息すら許されない。
向けられ続けるそれは、彼女にとっては針の筵よりも耐えかねるものだろう。痛む心さえも意味が無い事に様に、彼の汚濁が消える事は無い。
そしてその全てが彼女に突きつけられる時、悲鳴を上げなかったものなど存在しなかった。
ゆっくりと後ろを振り返り、一度神童に目を合わせる。
その彼の動作に首を傾げるがまだ闘いとは行かないのだろう。そしてもう一度妹に目をやる。この時だけだ、彼が人を妬み上げる事もなく視線を向けたことなど。
誰もがその行動を理解し得なかった。起きた事に対して誰もが、理解すら出来ない行為を行なっていたのだ。
神童さえもそれに対して何が起きたのか分かっていなかっただろう。
彼の視線と同じ高さに、掲げられた剣は少しの水音と、何かが潰れる様な音と共に、センセイの目を切り裂いた。
まるで糸が走るように抜けたその剣線は、赤く混じった血の涙を横に払い地面に水音を立てた。
引きつるように笑っている彼は、清々したと言うように、歪んだ表情をしながら笑って見せた。
嬉しくて仕方が無いのか、体をゆっくりと震わせながら、それが恐怖でもなんでもなく、ただ歓喜に満ちていたその姿に、彼が正気と考えるものなど存在しない。だが彼は嬉しかった、これ程清々しく自分を痛めつけられた事など彼は無いだろう。
「理由は」
内容を問われたところで、本来なら彼は答える事すらなかっただろう。
ここに居るものが王道や魔人、剣聖や不敗、魔剣や覇王、そして軍神に対してすら口を開く事はなかった。
ただ問いただしたものが、神童だったから彼は困ったような表情をして呟くように語るのだ。
「一応身内の不始末に対する侘びと、もう二度とあいつの顔を見たくなかった。生涯あいつの顔を見る事が嫌だった、全ての表情を否定したかった、存在自体を俺から消したかった」
「どう考えたって後者の理由がメインだろう」
「それにもう目なんていらないだろう。あったところでかたわでめくら、挙句に身内もそろって三重苦と来ている」
彼の目は、神に与えられたといっていい才能だった。
全ての間隙を見通し、こと剣に関してなら誰もが欲しがるだけの目。軍神をしてできない事を全て可能にした筈の目だ。
魔眼と行っても差し支えはない、それほどに彼が持ち合わせる才覚の中でも、尋常のものではなかった代物。
見の力、特に彼が優れている部分だったはずのそれは、利き腕同様容易く捨てられた。
それを捨てた理由もさることながら、それがどうしたと言わんばかりの彼の態度に、神童は噴出しそうになる。
「それで勝てるのか、あんたはそれで俺に」
「勝つに決まってる。あれが邪魔しなければ俺の勝ちだったんだ、それはあんたも読めなかっただろう」
剣を杖のように突きさながら盲人棒のように操る姿に、本当に自分の両目を捨てたのだと、再確認させられた神童は一抹の寂しさと、彼の不遜な物言いに自分の結末が近づいた気がして嬉しくて仕方が無かった。
武器を握る手が歓喜で震える。お預けを食らった犬のように、だらしなく口が開かれて、涎がたれていたが、もはや問答の限りは尽くした。始末の声だけを告げれば、二人に会話など要らない。
ただ二言を交わして、ようやく二人は向き合う。剣を構え相手の対角線上に存在する彼は本当に目が見えてないのか、一瞬首を傾げたくなる対応だったが、血涙のように目から流れる血がそれを錯覚だと突きつける。
重圧の増した二人の構え、これで決着が付くのはもはや誰でも分かる事だっただろう。
そして交差の始まり、踏み込んだのは盲人のセンセイ。間合いが見えているのが、見えていないのか、当然後者である筈なのに、躊躇いさえ見せずに踏み込んでいく。
万全の状態を保ったまま神童は、己の魔技を振るうだけだ。彼にとってこれ以外の術に命を込める事等考えられないだろう。愚直なままに三度目の時差剣戟が放たれる。
軍神も語ったが、時差剣戟など本来は自分の剣の意を放った後、相手にそれを錯覚させて空振りさせたところに何の意も放たない、ただ鍛錬を重ねた反射に明かした剣を放つという代物に過ぎない。
だがそれを人生をかけて突き詰めた神童の剣は、それをもはや人の技でなくしてしまった。光を失い感覚がさらに研ぎ澄まされたセンセイは、より明確な形となった神童の初手の剣にやはり武器を合わせてしまう。
獣じみた嗅覚は、襲い掛かる本命の剣の気配を感じ取る事が出来ない。
それ以上に凶悪な獣臭によってかき消された剣に反応が出来ないのだ。だからそれは先ほどの焼き直し、あまりにも容易く彼の剣は弾かれまたどこぞに剣は飛ばされた。
しかし彼はさらにそこから踏み込む、時差剣戟はその性質上、本命を切り裂いた後にどうしても意識を切り替える一瞬がある。本来それは瞬きにも満たない清浄の彼方、隙とも取れないその間。
だがそのまま向かっていったところで、武器を飛ばされた彼には、神童の命を絶命させるだけの術はなく、なによりそれを見切ったところで、彼の身体能力が後一歩を踏み込ませない。
だからそれはただ剣に身を晒すだけの特攻じみた代物に変わる。そこで完全な死に体となった彼は、神童の剣に対して何も出来ないまま切り裂かれる結末があるだけの筈だった。
切り裂かれる一瞬、ただ腹に溜めていた息をセンセイ吐き出し脱力する。そして上段より放たれる結末の一太刀の側面を撫でるように払った。
まるでいきなり神童が彼を避けた様にすら思える軌道。しかしこれでセンセイは後一歩を踏破する。
そのまま間合いのさらに内側に入った彼は、神童が握っていた剣の柄を掴む。神童は流石に喉の一瞬で乾くほどの驚愕を受けるが、取られて成るものかと剣をさらに力を込めて握る。
剛剣といわれる神童の力に、センセイは敵う筈も無い。魔人以上の膂力があったとしても、それでもなお神童が力では彼を上回る。
しかし最後の一歩がまだ存在した、背中に酷い激痛が走ったのだ。その絶対にあり得ない筈の激痛に握っていた筈の剣への力が一瞬だが緩む、それを逃すセンセイではない。
ぐるりと神童の剣が彼に向けて翻り、そのまま袈裟懸けに彼は両断された。
激痛が何か、即死してもおかしくない傷を受け転化しても治らぬように両断された男は、最後何が起きたのかと目を剥いた。
凄まじい応酬、終始綱渡りだったその闘いの最後の一手を見ずに死ねる筈が無かった。
「流石、これは参った完敗だ」
それは最初の一合、神童によって容易く弾き飛ばされ宙に舞った剣。
あの一瞬の攻防の中で、最初から作り上げられた勝利の一手、全てが敗北を考えた中でその全てを上回り勝利を手にしたセンセイは、少しだけ寂しそうな表情をした。
偶然で剣を弾かれる様な愚か者な剣士ではないことぐらい神童だって分かっている。これ以上ないぐらい完璧に狙って行なわれた剣士としての格付けの終わり。
神童もまた寂しそうに彼に眼をやる。
「寂しいな」
「はい、楽しかったからなら当然でしょう」
これ以上ない終わりだった筈なのに、二人は名残惜しそうに終わりを迎えた。
光の差さないセンセイは、声からそれを感じ取る事しか出来ないが、あの闘いが自分にとっては全てだったようで、何を声に出したらいいか分からない。
「やっぱさ、やっぱあんた強いだろ。何しろ俺に勝つんだから」
「ですかね、弱くはないようです。何しろあなたに勝ったんだ」
嬉しかった、これ程嬉しい賛辞はない。
そして同時に二人はこれ以上話す事もなかった。だってこれが彼らの別れで、これ以上彼を苦しめる必要は存在しない。
まるで見えているかのように自分の剣を掴むと、神童の首に剣をやる。
「奥さんへの遺言は」
「羨ましいだろ、先に行くと言っておいてくれ。じゃあまた地獄で」
「また、いつか」
転化で命を永らえているだけに過ぎない彼は、死ぬ一瞬まで言葉を途切れさすような事はないだろう。それは苦しいかもしれない、血が喉から逆流して咳を込むかもしれない。それでも口にする言葉は全て明確なままだった。
彼もそれだけ聞くと、神童を容易く終わらせる為に剣を振りぬいた。
地が彼の足元を真っ赤に染めている。歩くたびにぐちゃぐちゃとした不快感を感じながら、そんなことすら楽しいと思い始めている自分が、どういう存在かようやく認識し始めているのだろう。
人殺し、それしか出来ない半端者。それが楽しいと思う異常者。技術を尽くして戦った事が嬉しいのか、戦っていたことが楽しかったのか、分からないけれど、楽しかったんだと何度振り返っても思うその一瞬、そこに台無しを加えた存在がいたけれど。
神童との戦いは全てが楽しかったと思える。転がった首を捜すために屈んで、手を動かしてみるが、自分の手の周りにはないのか、首を傾げるが、彼にはこの戦いでもう一つ終わらせないといけない事がある。
「それは私の仕事です。あなたの仕事は別にあるかと思います」
ただ終わらせる為のもう一つが、神童の頭を膝に乗せて、血塗れの地べたに正座でしている。彼には彼女がそう言う姿をしているとは、はっきりとは分かっていない。
それでも彼女に視線を合わせようと屈んだまま答える。
「ですね。その前に二つほど、素晴らしい剣でしたありがとうございます。そして遺言です羨ましいだろ、先にいくだそうです」
「私の愛剣ですから当然でしょう。しかしヒルメスカもいつも先に行ってるくせに、今更そんな言葉が遺言ですか。どうです夫は強かったですか」
「当然、だから楽しくてしょうがなかった。野暮があったとしても人生で最高の美点だ」
確かに楽しそうでした最後までと、彼女は言う。
二人の悪餓鬼同士の喧嘩のように見えて彼女は、自分がその輪に入れなかった事を悔しく思うが、最後にようやく話に入れてずいぶんと穏やかだ。
「では楽しく、美しく終わらせましょう。私も遺言がありましたが、あなたは言わなくてもやり遂げるでしょうから言いません。ただお願いします、無粋は無粋にて終わらせてください」
「分かってる、分かってる。もうあいつは、必ず」
「それで十分です。そろそろお願いします、私はそろそろ夫に会いに行きたいので。なによりあなたほどの剣士に殺される充足を」
この戦いで彼は最後の繋がりを失う。
ただ走った剣は、彼が出来うる限り最高の一太刀だった。満足そうに夫婦共々首を転がし眠りに付いた。
その事が羨ましいとどこかで彼は思いながら、剣を地面に立てて歩き出す。どこか虚空を向くように控え室に歩き出そうとした。
だが、これでは終わらない。二腕の剣の華々しさは終わる、騎士達が闘技場に現れて彼に向けて剣を向ける。尊大な声が響いていた、音の方に耳をやり、目を開いてみるが見えるものなどない。
ただやかましく、騎士の一人が彼に向かってこう告げるだけの事だ。
「大量殺人の容疑で貴様を捕縛する。抵抗せずに縛につけ」




