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二十六章 二日目

 外で王の言葉が響いていた。

 一日目の陰惨な闘いの後だ。必要以上にこの闘いの意義について王は叫んでいる、英雄達が死んでいったこの闘いに意義などある筈は無いのだ。

 だがそれでも自身の権威を強める為にも、軍神の勝利で全てを終わらせなければ、彼は議会によって排斥され、王の力は象徴以外の価値をなくしてしまう。


 少なくとも現段階で、それはあまりにも近しい現実となる。

 しかしそれ以上に三方の守りが破綻して居る現在、国の守護者を失う痛手は、痛恨と言っていいだろう。今のところはまだ王道やザインザイツを使えばどうにかなるとは言え、稀代の英雄達を失わせた罪は王にある。

 その事実に目を逸らさせたいが為に、この闘いの必要性を彼は民衆に問うているのだ。


 だがもはや、この事に大儀などあるはずも無く。彼の失墜は目に見えたものともいえる代物だ。その事実を彼は理解しながらも、民衆の支持を手に入れるために躍起になっている。

 結果として続くこの凄惨な殺し合いは、どうあっても惨劇で終わる事は目に見えていた。しかしここで止められる事を、王も民衆も納得しては居ない。


 貴族の中には王に具申する者も居たが、王はそれを認める事など無かった。当然だが議会もそうだ、しかし一応とは言え彼らも賛同した形の御前試合は、止める存在を用意する事が出来なかった。なによりこれで王の権威を失墜させる事が出来るのなら、議会はそちらを選ぶのは目に見えている。

 負の連鎖に積み重ねられた、血に塗られる御前試合は、その中に一滴の光を落とす事になる闘いの始まりを告げる言葉は必死な権力への執着から始まった。


 少しの素振りを経て、ゆったりと始まりの時間を待つ彼の体は、少しばかり火照っていた。赤みを増した服装は、錆びた匂いに慣れないものなら鼻を塞いだかもしれない。

 異臭と言うわけではないが慣れる類の匂いではないのだろう。神童の妻と別れてから彼は、少しの騒動を経て待合室に入っていた。

 当然の事だが、これから殺しあう二人を同室に置くなどと言う無配慮な事は、流石に二日目に行なう事などは無く、二人して始まりの時はいつかと長い話で耳を遊ばせながら時間が経つのを二人の剣士は思い思いに過ごしながら待ち続けていた。


 彼らが思うことは一緒だろう、殺したくない。

 二人はそう思っていた、だが殺したいとも思う。憧れ同士、二人はどうやって死ぬのだろうと考えて、殺人の為の時間は続いている。

 二人の立場は同格、多分ではあるが神童は転化を行なっているだろう。ここで死ぬからこそ、その命を燃やし尽くす覚悟は既に出来ている筈だ。条件も経験も才覚さえも同格、剣の為に捨て去った一人と、偶然のその位階に達した男。


 だがそれで良いのだろうと思う。あとは命に費やす執念だけだ、ここに来てきっと神童の剣は凄絶さを増すだろう。彼にとってその命の全てがここに現れるのだ、そしてもう一人の敗北者もまた、ここで全てを決する何かを手に入れる。

 この御前試合は、と言うよりも剣士の立会いの全てが、全て終わる為の闘いだ。勝者は何かを手にして終わるまで生きる、敗者もまた全てが終わってしまう。剣で死ねる剣士が素晴らしいのか、寿命に殺される剣士が素晴らしいのか、論ずる事は出来ない事だが、負けないと言う事もきっと寂しい者であるのは間違いないだろう。


 この戦いは何もかもが終わる為の戦い。手に入れるものなんて何一つ無い、どちらもが平等に失って、辛うじて何かが残った存在が、生にしがみ付くだけ。

 だと言うのに人々はこの闘いを素晴らしいと讃えた、残るものなんて在りはしない。この戦いはただ何もかもが終わった結末に過ぎない。


 斬り殺す。


 結局はこの結末の為の思索思案の時間。

 目を閉じて考えるのは、相手の剣、そして自分の剣、そして死に様ぐらいだろう。この時ばかりは、センセイも妹の存在など頭に無かった。

 なによりその隙間を用意できるほど彼に余裕があるわけでもなかった。何しろ相手は断言してもいい強いのだ。


 王道や魔人などでは及ぶ事も出来ない剣士。

 彼が突き詰めた結末は、焼き尽くす命を使って動き出した終わりを定めてしまった者の輝きだろう。

 ただ一瞬の輝き、その眩さゆえにこれからに対して人は感動を残してしまった。


 まだ終わらないその言葉に二人は、殺してでも終わらせるべきかと悩む。まるでシンメトリーのように写る二人は、感情さえも共有する。


「邪魔だな」

「あれは」


 異口を同音にして二人は離れた場所で同じく呟いていた。まるで同じ存在が二人いるかのような、そんな錯覚にとらわれる程に似ていた彼ら。執着も何もかも違う筈なのに、二重に歩く人の様が居るようだった。

 だがそれはどちらかの死を意味している。同じ自分を見るなんて悪辣な人の結末なんて決まっているのだ。


 自分以外の自分を認める事の出来る人間は絶対に居ない。

 二人のずれた部分がそれを感じさせないだけだ。だがそれでも二人は殺しあう、この二人はそうする事でしなに一つ成し遂げられない人殺しだからだ。

 生きているものを殺す事でしか、何一つ彼らは成し遂げられない。結局のところ彼らはその部分が共通していて、だからこそ根源が似たり寄ったりだった。


 二人して刃の先にしか人を作れない人種。こんな化け物が二人と存在して良い訳が無い。

 殺すと言う言葉が明確になっていくなか、二人が思うのは、自分たちが要らないという証明行為である事。

 人類は人を殺すときに獣の感情を必要としない化け物だ。その中でそれを突き詰め続けるのは、理性をつみえあげた不用品の極み。殺す事に全てを費やした結果は、人を殺す事にしかならない、無用の無駄だ。

 それが過ちだと気付いているからこそ、人はそれを止める感情がある。


 その二人にはきっと出来ない行為だ。突き詰めに突き詰めた結果、人を巻き藁の様にする以外の関係を気付けなくなった存在。

 呪われているだろう、それはもはやただの殺戮機関だ。その事に彼らは気付きつつある、自分たちが人殺しである、同時にそれしか出来ない事を、王道の様に人を守るためという大義名分すら作れない。


 目的は違えどこの二人は、相手を殺す事でしか成し遂げられない代償をもって存在しているのだ。

 思索の時間は長い、もしかすると数秒なのかもしれないが、彼らは深く自己に入り込み気付く事と言えばそんなことだ。どちらもそれでいいと思っているのだから仕方の無い事、その機能しか存在しないものが、それを無意識でも否定する事は無いのも当然の事だ。


 しかしそれすらも今はどうでも良かった。ただ決着をそしてその先にある物をと、何かがつかめると言うその感情に突き動かされているのだろうか。

 知らず知らずに握り締めていた剣が、その証明行為なのかもしれない。ただ燃える様に赤熱するような感情を二人は冷ます。

 もうすぐなのだと自らを落ち着かせながら、その時を待ち続けているのだ。自分たちの破綻など今更どうでもいい事だ、人間誰しも破綻を抱えているから、全員が違う存在であれるのだから。


 最もそれを個性と取るか、破綻と取るかで、人はきっと違う物の見方が出来るかどうかわかるのだろう。


「無駄な事ばかり頭に浮かぶ」

「自分が馬鹿みたいだ」

「どっちでも同じ事じゃないか」


 自分達が正気でない事ぐらい。だが自覚している狂気は、果たして狂気と言えるのだろうか。彼らにとっての正気とは、人が狂気と言う正気なのだ。

 死体を引き連れる彼らの歩み、二人で歩くその剣士の一人の終わりは、お願いしますと言う声と共に始まる。


 粘性の音を立てて地面にあふれ出す液体の音、そんな音をセンセイは耳にしながら歩き出す。馬鹿みたいに長い王の演説が終わり、誰もが決まったと思っている戦いが始まる。

 民衆は全く期待していなかった、あの悪魔のような剣士が勝利して終わりだと思っているのだ。そして軍神の勝利で幕を引く、だが少しだけ様子が違っていた。もしかすると噂が彼らにも届いていたのかもしれない。


 最初に現れた神童は、今更隠しようも無い。間違いなく片腕が存在しない。

 それは昨日の闘いを見ていた彼らも分っていた事だろう。だがその事が彼を慕っている者達にとっては落胆の意思が見て取れた。

 彼はきっとなぶり殺しにされると思っているのだろう。あの覇王のように、生きているだけの存在に変えられると。


 しかしもう一人が現れる時、彼女は騒然とした。

 波打っていた人の同様が、全て静寂に変わり、言葉を口にする事すら出来ない状況に追い込まれる。

 その中には当然の事だが、神童も居た。目を丸くして、自分の憧れた剣士を見ているが、現実の物とは思えない代物を見るようなどこかうつろにさえ感じる視線だった。

 だがその口元がゆっくりと緩んできているのだけは分っただろう。

 センセイは随分と汚れた装束だが、今更着替えるつもりも彼にはない。そんな様子すら覆すほど、印象に残るもう一人の隻腕。誰もがそちらに目が行って、何一つ考える事も出来ないまま人々の呼吸が一度止まっていた。


 吊りあがる口角、裂ける様なその表情に、二人はゆっくりと視線を合わせていた。

 それだ、それ以外無いと、ただ一目見ただけでセンセイの姿に得心し、剣をゆっくりと抜き去る。これから先の戦い収める鞘の事など気にする必要も無いと、どこぞに捨てて、舞台に上がる彼を今かと待ち続ける。

 神童は自分の姿を認めてくれたと、薄く笑いながら、これからの事に少しだけ自信がもてたのか歩き出す。


 騒然とした場所に、彼の足音が響く。

 砂を踏み鳴らす音を聞きながら、ゆっくりと目を一度瞑った。ここまで来るのは長かったようで短かったが、これからはきっと瞬くような一瞬さえも永遠に近しい何かに変わるのだろうと、気付けば抜いていた剣は静かな彼からあふれ出している闘志の片鱗だろう。


 誰もが瞠目している中で、二人はただ舞台に上がった。

 本来なら嘲笑によって迎えられる筈の闘い。だがそれが功績を立てたもの達であり、なにより罵倒されようとも変わらない、彼らは強いのだと誰もが認めてしまうその空気に、人知れず誰かが息を飲んだ。


「斬ったのか、馬鹿じゃないかと言いたいよ」

「馬鹿じゃなければここには居ないんですよ俺は」

「軍神が目的だろう。その前に弱く、いや不利になってどうするんだ、時間が足りないだろう」


 弱くなどなっていない。それは彼にもわかった、ただが経験を全て捨て去る行為は不利にしかならないと彼は言う。

 その剣を突き詰められたのかと、その事に彼は何も言わない。ただ一つ頷いて見せた。


「意地は張れるようになったと思います」


 きっとそれは彼にとっては随分な成長だ。

 それすら張れなかった男が、センセイと言う名の敗残者の正しい形だったのだ。折れるはずの心を何度も削りつくして残ったそれは、ようやく一つの形を作り上げようとしていた。

 強くなった、あの下から妬み上げる視線は変わらない。それは彼の今夏だから換えようも無いのだろうが、その視線に強さが混じった。


「そうか、刮目して見よとは行ったものだよ。恐くなった」

「流石にそんな事は無いと思いますよ。何一つ変わらない弱虫です」


 一日それがどれだけ彼を変えたのだと、感動すら彼は抱いていた。

 他人に何かを与えると思った自分が馬鹿らしく思える。そもそもだ、自分は剣でしか語れない俗物だと、ゆっくりと構えを取る彼らの語らい。

 それに呼応するように、彼も半身を若干だがずらし構えとも言えない構えを取る。剣聖と流派を同じとした彼の骨の部分だ。無構えに近いその帰結は、やはり今までの経験を積み重ねる終着点を意味しているのだろう。


 初めて真向かいに立つ剣士としてのセンセイの姿は、相対した誰よりも恐ろしいものであった。いくら魔剣であろうと、この剣には勝てる筈がないと思える圧力を感じてしまう。

 喉が枯れるような恐怖、何も出来ずに殺されてしまうような圧迫感は、彼がなにより望んだ剣士としての一つの到達点であった。

 神経を震わせるようなそんな高揚感、二人が感じるその闘いの始まりは、人殺し同士が共感できる連帯感。


 この闘いの始まりは、誰かが宣言をしていた。

 だがそれが届く事は無く、二人の始まりは二人だけが決めるものであった。呼吸が続き消えるその間、観客の誰もが声も忘れたように二人の剣士を見ている。

 何一つ声に出来ないのだ、かといって何か野次を送れるほど、優しい空気ではない。邪魔をしたなら殺される、なんとなくだが彼ら感じていた。


 触れるな、近寄るな、邪魔するな、これはこいつとあいつだけの代物だ。その二人以外の人間はまさかと思うだろう、二人の剣士は何もしていないと言うのに、向かい合うだけでそれを突きつけて実行してしまう何かを見せていた。

 幼子さえ泣く事の出来ない、彼らだけの空間に、風の音と砂を踏みしめる音が響いて、鋼の協奏曲は始まった。



執筆BGM amazarashi 空っぽの空に潰される つじつま合わせの僕ら

      ホーカシャン 風の人

      暮部拓哉   HANA

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