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二十三章 背を刺す刃

「それからは、ただ剣を振って殺しての繰り返しだったか。あいつが国を落としたって聞いて、もう無理かと思ってたんだけど、御前試合なんていう頭のおかしい発想をした布告が出てこれだって思ってな」

「それで、魔剣を殺してまで権利を剥奪したと」

「そうだ、これ異常ないぐらい明確な理由だろう。せめて尋常の勝負であったのなら良かったと今なら思うが、そんなものだ」


 彼女と話すにつれて、感情が平坦になっていくのを感じていた彼は、先ほどまであった絶望感をぬぐってみせる。

 それと同じくして、体にまた一つの水が流れたように感じた。

 きっとそれは再確認だったのだろう。自分がなぜ妹を殺したがっていたのかと言う、自分の決意を体に流し込む、固まったあらゆる感情のしこりを更なる復讐で彼は流していた。


 その目に宿るただ一人への悪意は、言葉を少なくするにつれて研ぎ澄まされている。

 気味が悪い、そんな感情を抱いた王道は、何一つ悪い事など無いだろう。悲劇を語ってご満悦としか思えないような存在だ。

 流石に衝撃的な内容ではあったが、それが事実であると彼女が思えるか、それは別の話である。


 王道は、彼を見て思う事など嫌悪感でしかなかった。

 確かに彼は壊れている、ただし自分の行った事に対する現実にだ。なぜじゃない、この世界には洗脳や自意識を剥奪するような魔術は存在しない。

 自分が行った殺人に対して、何かの逃避先を見つけた。誰もがそう思ってしまう程度には、王道の頭は正気だった。

 目の前の男は、心が壊れているのだろう。それを認めていながら、原因を他人の所為にしている。


 どこまでも哀れな男だと、彼女はそうとしか思えなかった。

 聞き出したところで、目の前の男は死んだほうが幸せだ。そんな風にさえ思ってしまう、なにより彼は軍神にとって害悪しかもたらさないのだ。

 なんと邪魔な男だろうか、生きている事が迷惑な存在、彼が存在しなければきっと軍神は心穏やかにいられるだろうと、なんとなくではあるが心に浮かぶ。


 一つの泡が弾けて、何かが耳から入って来た様だった。彼の言葉に、彼女は不快感しか感じない。なぜと、なぜそこまでと、あのお方をお前は嫌うのかという疑問が、神を侮辱された信者のように、自分の基盤を壊そうとする人間に感じる事など、拒絶以外あるわけも無いのだ。


「そのために魔剣は死んだのか、ふざけるなよ」


 だから彼女の内から出る言葉は罵倒でしかなかった。

 彼の言っている事が、信じてもらえる理由など何一つ無いのだ。軍神は人に認められるための功績を作り上げてきた。

 その人外の魅力で、人を惹き付けて、人にすかれすぎているぐらい彼女は人に崇拝されていている。


「ただ逃げてるだけだお前は、そんな貴様の逃避のために、人が死んでいいと思っているのか」


 だが彼はどうだ、やった事など人殺しだけだ。なにより彼がこの御前試合において、人にすかれる事など何一つしていない。

 周りから見ればいかれた人殺しに、そんな男の言葉を誰が信じる事ができるだろう。彼は、言葉に説得力を持たない。そんな男の言葉など、ただの妄想以上を超える事など、有り得る筈もないのだ。


 その証拠に王道は、彼に殺意を突きつけるように、目を鋭く剣呑な空気を漂わせる。

 そして彼女の言葉に彼はこう思うのだろう。


「そりゃそうか、人に期待してた俺が馬鹿なんだろうけど。なんだかな」


 自分の分をわきまえなかった男は、そんな事を呟いた。

 平坦になった感情にまた一つの淀みが生まれた。自分の言葉が、誰にも届かない事ぐらい知っている癖に、喉から嗚咽のように言葉が出された。

 だが彼女はそうはいかない、彼の言葉に感情的になっても仕方が無いのだ。


 王道、彼女からしてみれば、目の前の男は心の弱さのままに、一つの地方を破滅させた人殺しだ。古今の英雄達を一蹴できるような、そんな強さを持ちながらも、彼は心を壊して、全てを台無しにした。

 守るべき臣民を殺し、それを他人に押し付ける男など。字の生涯を送る彼女にとっては、卑怯者でしかなった。


「貴様は、逃げているだけだ。人の所為にして絶望を、その原因を他人に、そうやって人を貶めている事に、なぜ気付かない」

「そうかい。そうだな、そうだろう、そんなものだ」


 胸倉を掴み彼を糾弾し続ける王道、自分が全てを殺した事を認めろと、他人に押し付けるなと彼女は言う。

 彼以外の視点なら、それはあまりにも仕方ない事だが、いまさらにそんな事を突きつけられて彼は、心の痛みを感じずにはいられない。だが少しだけ嬉しくもあった、自分を断罪してくれる人間が来たのだと思うと、殺してくれるのなら殺してくれと、間違った情念が浮かんでくる事も彼は否定できない。


「いや、そうだったんだよな」

「お前の過去が悲劇的であるのは分った、だが守るべき臣民も守れず殺した男が、領主を騙るな。貴様はただの卑怯者だ、そうやって貴様の穢れを人に押し付けるなんて、それが剣を極めた存在の言葉か」

「そうなかもしれないな。そうなんだろうな。俺は、そんなものなんだろう」


 突きつけられる言葉が、自分にとって首肯するしか選択肢のない事実。

 彼は妹に押し付けようとしている。そんなものだということは彼も知っていた、だからこそ彼は言葉を受け入れられたのだろう。

 そんな事は最初から知っていると、だが復讐さえして貰えないほど、全部を奪い去った彼は、その言葉を痛みながらも受け入れられた。


「話を聞いているのか、貴様は逃げるな。お前が殺したくせに、洗脳などと言うばかげた事が」

「だが、そんな風に言われたところで、いまさら何の意味も無い」


 とんと彼女の首元辺りを押して、自分から距離を開ける。

 もう少し下なら、いい思いを出来たかなどと冗談みたいな事を、頭に彼は思い浮かべながら、会話を中断させる。


「なっ、なにを、お前は」

「そんな言葉に意味なんか無いんだよ」


 行き成り押しのけられた事もそうだっただろう。

 彼の言葉は、彼女の罵倒を全て意味が無いと否定する。真っ直ぐな彼女からの、はっきり言えば真摯な言葉だった。

 人を殺した事から逃げるなと、お前が積み上げた犠牲を否定するな。

 そんな言葉だった、妄言を吐かずに真正面から受け入れろ。確かにあっただろう不快感も全て、彼が逃げている事に対するものだった。

 結論がたとえ軍神を汚すなと言う言葉であったとしても、彼女にとっては彼を思った言葉であったのは間違いない。


 だが彼はそんな言葉を否定する。


「逃げてないからここにいる。逃げ出せないからここにいる。何をしたって止まらない、あいつが絶望してくれるなら、満足だ。あいつが死んでくれるなら満足だ。あいつが汚濁に塗れるのなら大満足だ。

 苦しんで自殺してくれるなら、この世の奇跡だ。肉親を殺すと言う汚れを押し付けられるなら、その為だけに命を使っても俺は幸せだ。あいつが苦しむ全ての事が出来るなら俺は、この命に全ての価値があると思っている」


 彼は言う、苦しめと、悲鳴を上げてくれと、人生のことごとくを絶望してくれ。そう願ってやまずに彼は告げる。

 卑屈な言葉だろう、王道に言うにはなんとも挑戦的な言葉だ。

 彼女はきっと否定するだろう。それが肉親の言葉かと、血の通った家族の中でなさされる言葉かと、だがその言葉を否定させない彼は。


「復讐って言うのはそう言うものだろう」


 うっすらと笑って彼女に言うのだ。

 むせ返る様な殺意が、立ち込めて悪臭のような匂いが、鼻を突いた。それが彼が抱える闇その物なのだろう。空気のように当たり前にあったものが、まるで一つの形を成そうとしているようだ。

 彼は言うだけだ、殺すと、だがそれだけで彼の何か変わりつつあった。

 崩れる心が、どこかで支えを持ったように、どこか余裕が出来ている。


「けど少しだけ感謝したい。そうやって俺を罵倒してくれる人なんて、いままでいなかったんだからな」


 そういうと自分が砕いた剣の墓標に、しゃがんで手を伸ばした。

 砕けた剣の中でもまだ刃として使えそうな場所を、暗がりから掴むと、これで良いかと言う。


「なに、なんでお前は、そうやって」

「復讐は俺が俺の為だけの行為だ。人殺しの動機を、俺は人の所為になんかしない。俺はあいつを殺したいから殺すんだ、殺した犠牲の所為になんかしない」


 彼の言葉に呆然としている王道は、落ち着いた彼の言葉と笑顔に、恐怖していた。


「それはあいつに負けた時から決めている」


 これは自分の復讐だと言う。全部奪われた自分の、自分のためだけの復讐だと。

 この言葉で彼女が感じるのは、もうどうしようもないと言う事だけだろう。救いようが無い、既に剣と言う分類では軍神さえも後ろに晒す存在。

 返ってこれないほどに心が終わっていた。なんて、哀れなんだろうと、ここまで壊れてしまうほど、彼にとっては、大切な家族だったのだろう。


 心が優しかった、だからこんな風に変わり果てた。

 生きている事すら辛いのだろう。震えるのは彼の同情から、こう言い張って生きていく存在への憐憫。

 彼は生きている事が同情に値する存在だと、彼女は思って、そんな事実に恐怖した。


「そんな生き方の何の意味がある。何一つ意味が無いだろう」


 ただ順風満帆の破滅への街道が設置されているだけ。

 自殺をする為に生きている。なんともそんな矛盾に溢れた行動に、言及しようと足掻くが彼は、首を振るだけだ。

 何一つ意味の無い事を、そんな事は知っているのだろう。復讐に価値は無い、知っていたところで止められるか。出来ないからここにいるのだ。


 諭されて止めるようなら、最初から何もしない。積み上げる彼の後悔が、それを許すわけも無いのだ。


 その象徴とも言える汚濁の瞳が、彼らの間の空気に更なる腐臭を纏わせる。

 王道はそんな姿を見て分るしかないのだが、彼を見れば正気の人物にしか見えない。だから期待してしまうのだろう。

 彼は正気に戻れるのではないだろうかと、しかし会話をするたびに、自覚してしまう。


 無理に決まっていると、彼女は確信してしまう。

 軍神に牙をむくそれが、あまりにも脅威にしかならない事を、認めるしかないのだ。神童との戦いがどうなるかは、正直彼女も分らないだろう。

 だが、剣であるのなら彼のほうが勝率が高いのは事実だ。


「あの方に家族を殺させるつもりなのか」

「俺が殺すんだ」


 だからこのまま進めば、軍神の心に蔭が刻まれるのは間違いない。

 彼はここで妹に殺されても、その事実を彼女に刻みつけようとする。復讐者の言葉は、ただ真っ直ぐと妹を見つめていた。

 いい意味など一つも無く、殺してやると言う言葉を、そのまま表現する視線を常に向けている。


「俺があいつを殺すんだ」


 そして固まりに固まった感情をそのまま吐き出す。

 何度いっても諦めない彼に、彼女自然と手を出してしまう。ただの平手だが、そうしなくてはいけないような気がしたのだ。

 ここで止めなければ何かが起きると、胸のうちから湧き上がる焦燥が、彼女を掻き立てる。

 よける事も無くただ受け入れた彼は、受け入れて踵を返した。


 これ以上言葉は聞かないと言う意思表示なのだろうが、彼女はここで彼の足を止めたかった。もう止めろというためだけに、それが優しさだったのか、崇拝する人物を汚すためだったのか。

 それは分らないが、おいと声を出そうとして掠れる。これ以上関わるなと、体が声を上げているようだった。


「少しかこの事を話してすっきりした。ありがとう」


 背中を見せながら彼は、彼女に感謝の言葉を告げた。

 もう彼を止めようも無い、背中越しに響いた声に彼女は、動こうと必死になった。

 そこでようやく彼女は気づく事になる。彼の言った言葉の意味を。


 必死に止めようとする、まだ話は終わっていないと、だが声が出せずに彼女は沈黙を続けた。


 帯剣していたいつの間にか剣に手をそえて、その事に一体なんなのだと彼女は目を丸くする。意識もしていないと言うのに体が勝手に動くのだ。そこに自分の意識など関係ない。ただ何一つ自由にならず勝手に体が動く。

 この時を同じくして、一人の少女が泣いていた。軍神と呼ばれた少女が、敗残と呼ばれた男の所為で、心を汚し続けていた。


 誰にも好かれる少女、穢れなき純粋無垢が汚される。気付けば彼女は駆け出していた。

 彼女は心の中で思っていた、彼がいる限り軍神は穢れを帯びると、なにより軍神の信者である彼女は彼女の為に動く。


 その王道の性分すらも吐き捨てて、これから後彼女は背を刺す刃と呼ばれる事になる。

 ではいつ彼女は、背後から人を襲うような下劣な真似を行ったか。暗殺の際ですら堂々と明言したような存在が、いつそう呼ばれるようになったか。

 いつそんな事を行ったのだろう、彼女の性分すら曲げる何かがいつ起きたのか。


 二つの影が重なっていた。影だけ見れば背男の背中に寄り添う、女と言うなんとも絵になる光景だっただろう。その腹から棒状の何かが出ていなければ、きっと絵になったのだ。

 実直に生きてきた彼女は自分の行った事に目を丸くする。自分は言ったに何を起こしたのかと、ただ酷く彼の背中はあったかいとなんともなしに思ったが、それまでだった。ただ視線をゆっくり下げてみれば。


「なんだ、なぜ」


 彼の背中に剣を突き刺していた。

 完全に貫通したその刃を彼女はゆっくりと捻っていく。血が彼の口からあふれ出していたが、ここで確実に息の根を止めようと考えているとしか思えない行動。


「私がこんな事をしている」


 怒号のように響いたその言葉は、かつて一人の男が悲鳴を上げた感情に似ている。

 そうやって大切なものは奪わされたのだ。彼女の凶事であった王道の言葉が、瓦解していく、ただ真っ直ぐにと生きてきた彼女の心に亀裂が走っていく。


 しかしそんな混乱を打ち消すように、腹を裂きながら彼女に拳を彼は払うように打ち込んだ。強く件を握り締めていたのだろう、そのまま彼の体を裂きながら、激しい音を立てて地面に叩きつけられる。

 その傷が瞬く間に再生して行くの姿に、彼女は彼が魔力の転化を行なった事を知るが、容赦なく彼が叩きつけた拳が、彼女の顎を砕いたのか口を喋る事が出来ない。


 唸るような声が響くが、彼女は彼のように転化など行なっていないのだろう。

 治るそぶりも見せず、少しばかり悪い事をしたと、困ったような表情をみせていた。


「悪かったな殴って」


 そして謝罪の言葉を口にするのだ。どれだけお人好しだと、目を丸くしていたが、謝罪の言葉も口に出来ない彼女は、自分の無様さに体を振るわせる。その侘びを示すように彼女は彼に剣を突き出す。

 荒天と呼ばれた八詩篇の一振り、先に彼の腹を貫いた剣だ。


 使えと彼女は謝罪の変わりに差し出した。元々彼女はこの剣を彼に渡すつもりだった、過去を聞いた代償にと、だが今となっては何の代償になったのか。自分がした事の事実に彼女は絶望していた。

 自分も彼と同じように壊れてしまったのかと、何度も心に問いかけた。


「貰っておく、いつでも返すから必要な時は言ってくれ」


 そういうと彼は荒天を手に取り、今度こそ彼女の前から姿を消した。その血塗れの姿で、また一悶着起こす事になるが、それは仕方のない事だろう。

 それよりも今は彼女だ、王道は自分のしたことに問いかけるだけだ。一体何をしたのだと、心が割れる、ガラスのように繊細だったのかと、自分の心に問いかけても、何一つ返してくれない。

 自分の信条を曲げた彼女は、涙をこぼす。その原因がなんなのかと思ったとき、自分のが誰よりも尊敬する偉大な存在が思い当たったから。


 剣を渡した男の言葉を嫌でも思い出すから、彼女は涙を流すしか出来なかった。



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東京エスムジカ ケモノ 月夜のユカラ

ナナムジカ 四季彩のスナ 魚 みつばち くるりくるり    

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なるほどこれじゃ人じゃなくてそういう類の怪異だな
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