外伝 成し遂げた事の空洞
自分の殺した存在を、埋葬する。
私の見たあの光景は彼が行った行為だという。転がった首たちの埋葬、その行為を一人で行ったのだという。それは、正気ではなくなっているものしか出来ないだろう。
散乱する死体も、一つの決着がついたと、思いながらも。何が起きたのか私には理解できなかった。
「私にはそれが事実か、全く分らない」
困ったよう笑った彼女は、確認をすることが恐ろしかったのだろう。
私のような小娘一人とすら視線を合わせられないのだ。そのことを本人から聞いた彼女は、軍神が恐ろしかったのか、それとも彼が恐ろしかったのか。
一瞬でもそんな事があった、けれどそれは人が壊れるには足る理由だった。
「大切な存在を皆殺しですか、ずいぶんとまた、本当だったら正気の沙汰じゃない」
「ああ、だろう。ただあいつが狂っただけなのかもしれない、それを軍神の所為にして逃げただけなのかもしれないが、正気ではいられないだろう」
だが嘘ではなかったのかと、彼女は言う。
頭蓋の葬列も、あのときの彼の言葉も、だがこれは公表できない。
剣神と軍神の扱いは、彼女達の次代においては極端だ。最強であり信仰の対象となっている軍神、そしてその軍神と互角に戦って見せたもう一人の最強、そして畏怖の対象となった存在。
彼女はその存在を崇拝され、彼はその存在を呪われている。
二人して神という称号を与えられながら随分と扱いの違う。そもそもだ彼は、その言動と行為から、あまり人に好かれるような人間ではなかった。
まして、かたわものだ。その人体的不完全さから、蔑みの目で見られることもある。
それを無理矢理に軍神と闘い、相手に自分を見せ付けて認識させたのだ。王国のどこの生れかも知られていない、ただ灰色の髪から北方の出である事ぐらいが分る程度だろう。
だが彼はその俗説から、軍神に滅ぼされた帝国の出身ではないかと言われたりと、出自に関してもあまり詳しい人は、居ません。
私が彼の詳しい出自を知ったのも、彼が当時名乗ったとされるニーイロスという貴族の名を叔父が教えてくれたからです。そこから彼がかつていた場所に行き手記を手に入れて、そこから色々と広がってきたのです。
ですが、彼の事を聞くにつれて、挫折と苦悩しか感じません。
正気でいられるならそれこそが狂気、そんな地獄を一つ超えて、足掻いて足掻いて、手に入れたのは、邪神扱いの侮蔑。
そしてどう思って、大切な人々の頭蓋を、置いていったのでしょう。
丁寧に丁寧にと置かれたあの葬列は、彼の後悔の象徴なのでしょう。いつか自然に食い殺されるその世界であったとしても、彼の後悔は消えないですから。
「あの当時からあいつは、あらゆる意味で破綻していたからな。ま、だからくれてやったんだが」
「なにをですか、あの剣神に何か渡したのですか」
彼女は押さえ込むように過去を振り返って笑います。
あの当時の事を事を懐かしむように、陰惨だった筈の御前試合を思い出しているのでしょうか。
彼との出会いで人生を破滅させた筈の彼女は、その過去を随分と楽しむ。
「内緒だよ。なに私も存外に乙女と言う事だ、そろそろ三十路を超えると言うのに、近くにいた男などあいつぐらいでな」
「と言う事は、もしかして剣神とのロマンスが合ったとか」
「はははは、あるわけない。冗談でもあいつと男女の関係があるなんて、恐ろしい事言わないでくれ、あんな化け物と一緒になるなんて、正気でも出来ない」
ただ、と彼女は呟いた。私はそこを追及したくなったが、背を刺す刃の噂とは、似ても似つかない態度と、穏やかな表情に口を閉ざしそうになってしまう。
王を殺し、王妃を殺し、王子を殺し、王家どころか王国全ての重鎮を皆殺しにした、王国を殺した存在は随分と静かに彼を思って薄く笑う。
「だが、だからあの結末があったのだろう。ザインザイツも見ていたが、あいつは馬鹿だからな。もう少し賢しければ、惚れていたかもしれない。だがあの結末はなかっただろう」
「彼はかなりの頭脳の持ち主だったと聞きますけど」
「馬鹿だったよ、馬鹿すぎた、生き方が馬鹿すぎたんだ。じゃ無ければ、あいつは人のままで居られたんだよ」
その言葉に、一度口を私は閉ざしてしまいます。
彼の事を口にした彼女は、剣神がそうなりたくなどなかったと、言っているようでした。それは私も同意の意見です、きっと彼はあの男爵家で生きていればよかったのでしょう。
それだけしか望んでいなかったのですから。
「自分の事を人殺しとしか言わないしな。家族を殺して、家族だけを殺すことを望んで、手元に残った事など全部なくして一つだけだ、そう考えると人生自体が破綻しているよ」
「けれどそんな彼だからこそ、軍神と互角に戦えたともいえます」
「望んでもいない事を成し遂げても人は心に何一つ残さない。私が王を殺したのも同じさ、ただ一つの空洞が出来るだけだ」
望んだ事とずれた行為など、人にとっては価値を残さない。
王道であり続けるが故に彼女は王を殺したと言う。そして議会さえも、国家の上の首を全て殺すしかなかった彼女は、今も心に後悔を重ねているのかもしれない。
では彼は言った今どうしていると言うのでしょう。手に入れた一つのために、一体何をしているのでしょうか。
ですが私はそれを聞くのを憚られました。目の前の人物がそれだけは聞いてくれるなと、訴えかけているようで、彼女はとても弱い人に見えて、口を開けず。
「ありがとうございました」
そう言葉を出すことしかできませんでした。
王道がヒロインみたいになってる