二十章 草を刈り取るような感情で
二十章 草を刈るような感情で
あのときの光景を彼は始まりと言う。まるで夢でも見ているようだ、道化の悪趣味で作り上げたような悪夢、主演も演出も何もかもが嘘くさくて、ただ彼は悲鳴を上げる。それは何の声か、絶望をなにより無邪気を、それは迷子の泣き声、それは裏切られた男の悲鳴、知らない事が無知だと突きつけられる世界の悪意。
お前が知らなくても世界は動いているとする証明行為。見ていなくても感情の悪意は続く、悲鳴を上げながらそれを肯定する賛歌が響き渡り、それを否定する涙と悲鳴が溢れかえった。人を殺す殺意をこめながら、剣を振りかざしその光景を両断したかった。
しかしそんなことが出来る筈もない、その拒絶を認めるように、対象の体に深く入り込む。
そうだというのに、まるで手で押し返されるような抵抗を感じ、現実を認識したものたちは悲鳴を上げた。
違うと、こんな事をしたいんじゃない。
けれどこれが正しいのだと、分っている筈なのに、体に湧く拒絶を彼らは感じずにはいられなかった。ただ反発するように彼らの手の中で、正しい事を行う為のそれは、本来の用途とは全く違う事のために使われていた。
赤錆のような匂いがじんと鼻に染み渡る、それが父を刻んだ彼ら悲鳴によってかき消されていた、人の血の匂い、父が吐き出していたちの香り。彼の感情がせき止めていた現実が匂いとして響き渡る。ノイズ交じりの人の生命が消え去る証は、生きる人間の悲鳴と合わせて、舞台監督を引きずり出して殴りだしたいほどの現実じみていた。
正しい事をしている彼らは、悲鳴を上げる。ただの現実と言う名の絶望の原風景は、センセイの目からひび割れながら新たな眼球でも創造している様な、不快感を感じさせながら、嗚咽を混じらせた現実への罵声の様に体が悲鳴を上げる。
指先の皮膚からプチプチと裂けるその感覚は、脱皮をするようにあくまでその世界を否定する為の行為だ。だがそんなことを行ったところで何が変わるわけでもない、ただ認めたくないのだ、そこで起こったことが、あまりにも彼にとっては現実離れしていたから。
気を失うように現実から逃げながら、まるで空間に固定されたように開いたままの瞳は、次に父に振り下ろされる凶刃を見続けていた。
「やめてくれ」そう叫んだとしてもきっと声は届かない。震える呼吸が、空気を鳴らすまでに少しの時間が掛かる。きっとその前に父は更なる刃を体に受け入れる事になるのだ。
それはあまりにも救いが無い、言葉では足りない、何一つ届く事は無い。受け取り手のいない言葉なんて、ただの独り言に過ぎず、返されない言葉は無意味の証明である。だから父の体から鈍い音が響くのだ、認識しろそれが現実だと、それから三度彼は現実を認識させられる。
それで世界を否定できなくなった。認めたくない筈のそれを認識すればもう、容易く限界が来て、体き出す。
唸り声のような風が父を中心に溢れかえり、そして断裂の地面の悲鳴が響き渡る。この当時の彼は、もはや剣聖にすら匹敵する実力を備えた剣士であった。その一撃たるは、一振りにて地面を分かつ。
普段見ることすらないその圧倒的な災害の一振りに、人々はようやく正気を取り戻したようにその場に立ち竦んだ。
そして倒れる領主と、鋭くだが刃こぼればかりで斬るには不釣合いな空気を持ったそれが涙ながらに止めてくれと言っている姿、そして徐々に自分たちのした事との思考の差異に気付き、否定形の悲鳴が溢れ始めた。
やっと現実が訪れたと思う彼は、安堵のため息を吐いたが、それで済むのなら未来は悲劇に彩られてなどいない。例えばそう、目の前の民はともかく、後ろにいる父親などはどうだろう、領民によって刻まれて痛みで意識を失っていないのが奇跡とも言えるほど、既に父は死んでいないだけだった。
ただ必死に耐えるだけの姿が、悲しみの金切り声を上げていた。耳障りなそれは、立ちくらみと共に頭に残響して残るだけ残って染み付く。
果たしてその超えはどこから引き出されたものだったのだろうか。
いななきともとれないうめき声が響いた、地を鳴らし、空を揺さぶるような、そしてそれを静寂に返る絶望がそこにはあった。
「父上、父上」
声も聞こえない、ただ引っ掛かったよな空気の悲鳴が、耳に酷く障り、その音を聞くたびに彼は、耳を塞ぎそうな感情を隠さずにはいられない。
しかしそれでも彼にはするべき事があったのだ。体を揺さぶろうとする事すら出来ない、ただ父は死ぬと、それは瞬きをした次の瞬間かもしれない。その程度の致命傷、民衆が領主を殺すと言う最低な形で決着がつく。
だがそれを認めない声が響いた。
「……せ、こ……ろ、せ…………を」
彼は認めがたい現状にもがき苦しんでいる。だと言うのに、父は精一杯の命を絞って声を出したのは、悲鳴を上げたくなる内容だ。
どこまでも貴族だった父、ノンノールズを与えられる事になってもなお、彼は貴族であったのだ。かたくな過ぎて息子の心を抉る事になろうとも、ニーイロスの家を継ぐことになる男に対して彼は妥協などしなかった。
「―――――ぃ」
嫌だと声を上げたかった。しかしそんな言葉が出せるわけも無い。
命を絞ってもなお、領民の事を考えた男の遺言を聞き流せるわけも無いのだ。領民に殺人を容認させる領主など、虐殺を肯定する破滅へと邁進する国家と変わらない。
彼が知りうる限り、そんな無様を許す男ではない。その男はそういう人物なのだ。
「承りました」
そんな人物の願いを断れるほど、なにより次代の領主として、それを否定できる言葉を彼は持ち合わせない。
絞り出した声には、感情は無かった。いや詰め込みすぎて何が感情かもわからなかっただけ。
義理の父だっただろう、だが彼にとっては誰よりも彼は父だった。
彼は日記に書いた決意を思い出す、守ろうこの家族をと、そう願った筈なのに、頑張ろうと言ってきた筈なのに、何時斬ったかわからないほど鋭い風の声が無声映画の風の演出のようにふっと通り過ぎて、その決意さえ消え去った。
泣けなかった、泣ける筈が無かった。心が涙を流して動かない、ただ終わったと風が消えた。
多分これでよかったのだと、領民に人殺しを容認させるわけにはいかない、いや領主となったのであれば、それがニーイロスという家の長である彼のあり方である筈なのだ。
そう考えなければ心が壊れてしまう。そう心を作り上げなくては、彼の心はきっと死んでしまうから。
「正気に戻ったのなら状況を説明しろ、俺がいない間に何が起きていた」
そしてその仮面を背負いながら彼は怒号のように声を上げる。
名前を出したのは、領主の弟であり、彼とはおじに当たる人物だ。家臣団筆頭にして、兄と同じく実直を極めたような人物であった。
あまり声を荒らげる類の人物ではなかった義理の甥の言葉は、一皮向けたと言って過言ではない何かを備えていた。
「何を言っているんだセンセイ、正気とは意味のわからんことを言う。兄が死ぬのは間違った事ではないだろう、仕方の無い事だ。私たちが殺さなくては生けなかったと言うのに、領民達が多すぎてどうしようもなかったのだ」
「何を、何を言っているんだ。逃げると言っていたはずだ、なにがあって領民が領主を殺させるなんて言う、最悪の結論になぜ達した」
「当たり前の事だろう、それが正しいからだ」
話がかみ合わなかった。何かがずれていた、領民に領主をいや言い換えよう平民に貴族を殺させる理由があってはならない。たとえ今それで救われていても、どこかでその事実は、ここにいる平民達の死を意味している。
その事実自体が平民の反乱を意味していると言っても過言ではない。
それを見逃す貴族はいない、自身の地位だけじゃない、生死すらも危うくなる行為だ。
だからこそ彼の父は、貴族によって貴族を殺させた。そういう意味合いがある、こんな事は言わなくても常識としてわかることだ。
まして家臣団筆頭である筈のファーケンハイトが、それを知らないわけも無い。
「正気の台詞かそれが、仮にも父上の片腕の台詞がそれなのか」
「お前は先ほどから何を言う、ここで我らが殺されるのは仕方の無い事ではないか。逃げる事など、あの灰色の聖女がいると言うのに出来るわけが無いだろう」
「聖女が何かはしらない、だがそれなら自決すればいいだけだろう。なぜ最悪を引き抜いた、それが貴族の成すべき事か、ニーイロスの家臣のするべきことであるはずが無いだろう」
会話のたびに何かがおかしいと気付いてはいた。だがこの世界に人を操る魔法など存在しない。
死体の操作などの技術はあるが、根本的に人の嗜好に干渉する技術は覇王すらも持ち合わせていない。魔女には精神を誘導するすべしか存在しないのだ、それに全く魔力は介在しない。
しかしそれはあまりにも、いや、そうとしか考えられない。
「たとえそうであっても彼女の言葉は、彼女の言葉は、我らが死ねばそれだけで民は救われると」
「今だけだ、わからないわけが無いだろう」
「正しい言葉を否定するなんてのは無理だ。間違いのない言葉の何を否定している、お前も殺されなくてはならないだろう」
何かがずれて元には戻らない言葉。正しいと言う言葉だけをこれは肯定して、現在の言葉しか見ていない。あまりにも思慮の足りない言葉で、何が正しいのかわからなくなる。
正しいと言う言語の崩壊、それが領主の言葉である筈がない。がんがんと彼の鎧に向け手を歯立てる子供の姿も、何もかもが正気に狂っていた。
「まだだ、まずは領民を逃がす。そのあとだ、ニーイロスが死滅するのは」
「何を言う、なんでそんな無茶苦茶を言う。そんな事をしたら領民が殺されてしまうだろう」
「馬鹿を言うな、既に国に喧嘩を売ったあとだ、もはや領民だろうと容赦なく殺される。逃がしたほうが生存率が上がるだろう」
ゼロよりはましだと彼は叫ぶ。
現在の状況が最悪であるのは彼らが知らない筈も無いのに、だが我らが死ねば終わりだと自慢げに言う叔父の姿は変わらない。
何を戯言をと言う、彼女がそのような事をするわけがないと、まだクラウヴォルフの本隊が来ていない今しかないと言うのに、時間をかけていられる筈が無いのに、無駄を重ねようとする行為に、父の死が台無しにされる気がした。
時間をかけるわけにも行かない状況をどうにかしようと、彼は剣を抜いて叔父に突きつける。
「これ以上の妄言は聞かない。ここで領民を逃がさないと言うのなら、お前を殺す、逆らうものは殺す」
「なんという僥倖だ、先生も理解しているのではないか。流石は兄の認めた後継者だ、後のことは任せたぞ」
しかし叔父はその刃に身を投げ出した。
ぶつんと皮膚が切り裂かれ、そのまま心臓を貫き、死体になる。その行為が最も正しい選択の様に、したいがまた一つ作られた。
目を丸くして何が起きたかも理解が出来ない中、叔父は死んだ。幸せそうに、任せたとまで言って死んだのだ。
もはや何か起きてるかじゃない、何が変貌したと、一体この場所で何が狂ったと、死んで消えていく叔父を見ながら思う。だがその時間すら許されない、次々と自決していく家臣たち、誰もがセンセイがいるのなら安心だと死んでいった。
これで領民が救われると、笑って自らの子供を殺し、妻を裂き、自分の喉にやすやすと刃を入れる。
「何をしている、なに、なにを」
少し前まであった筈の世界が壊れた、力づくで止めても、まだ意識のある誰かが殺し、全員を力ずくで止めて静寂に戻してみれば。意識を取り戻した順に舌を噛み切って死んでゆく、そして気付いた時には、家臣たち全てが死に絶えた。
誰一人救えずいつの間にか全員が死んでいた。
誰もが幸せそうで、間違った事をしてるわけが無いと胸がはれる。そんな死に様をしたと、そう考えて彼らは死んでいった。
死んで死んで死に果てた、領民が彼を襲わないのは、彼らが正気を取り戻した証拠なのだろうが、家臣たちには全く効かなかった。洗脳魔法、それが存在するのだろうと思えるほど、理解不能な光景の結果があった。
世界最高の使い手すらそんな物は持っていないのに、何が起きていると言うのだと、彼は喉が裂けるように声を上げる。
「誰だ聖女、聖女って、何をしたらこんな事が出来る。何をしてあそこまで人の尊厳を貶めた」
だがその言葉を積み重ねながらふと思うのだ。人を超えた超常の存在、なによりクラウヴォルフと一緒に来るそれに彼は心当たりがある。灰色の聖女と言われていた筈だ、そんな存在は彼の思考には一人しか浮かばない。
その思考が浮かびかけたとき、鎧を着込んだ彼の手を引く何かがあった。
ふと消えた思考の先に、彼に妹がいる。涙を流しながら、センセイ兄様とつぶやくように彼女は声を漏らした。
「生きていたのかカーシャ、ラフェンドス、母上も」
彼女を見回したとき、目に入った家族の姿に彼は心底安堵した。まだ守るべきものはあるのだと、目に涙をためたまま起きたことを必死に説明しようとしている妹に視線を合わせて、続きを促しならがら、痛む心に少しだけ温かさが溢れた。
「お姉さんが、灰色の髪のお姉さんがね。逃げていく人の前で何かを言ったの、そうしたら、お父様にみんながね、みんなが」
「襲い掛かったんだろう、わかってるよ。俺が父上を殺したんだから、分ってる」
妹をあやす、頭を撫でて悪くないよと、トラウマなんて考えるべきじゃないだろう。これは一生に残る傷で、生涯膿んで腐り続ける傷だ。
まだ八歳と言う妹にはそれはあまりにも重過ぎる傷だが、頑張ろうと言う。
しかしだその撫でている妹を引っぺがして、睨みつける存在がいる。彼にとっては母と言う存在だが、彼女はそれを認める事は無いだろう。
「何をしてるの、なんであの人を殺したの、次はカーシャを殺す気、ファーケンハイトを殺して、次は私たちを殺すの、ラフェンドスが産まれたからって、あなたはあなたの家は跡継ぎになれないからってここまでするの」
この狂った状況の中で、ただ一人だけ解釈を間違えた人がいる。
痛む心臓を表情には表さず、ただ粛々と受け入れる。母と呼ぶその人は、彼がこれを起こしたと言う、彼の実家が起こした事だからそう考えるのも無理がないだろう。
跡継ぎともいえる彼の弟が生まれたのだ、ケーリヒトの真意を知らない彼女にとっては、自分の産んだ子供がニーイロスの後継者であったのだ。
だからそのためだけに反乱を起こしたといい、彼を人殺しと罵る。この状況も全部お前の所為だと叫んで、ただセンセイは反論もせずに受け止めるだけだ。
きっと自分の言葉が届かない事は分ってしまったから、彼女にとって起きている事実は自分をないがしろにした男爵家に対する報復だと思っているのだ。殺させるものかと憎悪の視線を彼に向ける、しがらみが彼に纏わりついてはなさない。
捨てられた家のしがらみに縛られて、救うべき者にすら彼は手が伸ばせなかった。
ただ痛みさえも奥に押し込んで、救うべきを救うしかないのだ。手を伸ばしても受け取ってもらえない事など、彼は随分と昔から経験した事で、罵声すらも喜んで受け入れるしかない。
「どうと思ってもらっても結構です。だが今は俺がニーイロスの当主です、そう父から言付かっているので、言う事にはしたがって貰います」
「どこの父ですか、あなたの家の父など」
「母上、黙ってください。今ここで死ぬのはあまりにも報われないでしょう、逃げ出しますよ。何のために父上を殺したのか分らなくなる」
好悪で人を決めない、そうでなければ彼は、領主となった意味が無い。
センセイと言う男が領主となるのであれば、目指すべき存在のようになるべきだ。ただ頑なに貴族を通す、救うべき存在に対して最大限を尽くす。
目指す形を作り上げて、それに成り切る様に自分を捨てる。今いる全てを救う為にと、一番最初に自分を切り捨てて彼は動こうとしていた。
「駄目だよ、駄目なんだよそれじゃあ」
そうして踏み出した一歩目が、絶望の始まりとなった。
空気が変わる、ただ巨大な山が動いたようなそんな存在感が、彼の前に君臨していた。灰色の髪に酷い親近感を覚えて、吐き出しそうになる。
自分と同じ種と腹から出来た完了品、隔絶じゃない人類と比べるのも愚かししいさを見せ付ける最強。
彼は思考の中からそれを忘れてしまった。ただいるだけで人を魅了する反則は、混沌とした場所に不釣合いなままに、穏やかな笑顔で存在していた。
だが、理解させられる。
彼らは声を聞いて理解した、姿を見て彼らは理解した、もう自分たちには何一つ抗うすべが存在しないと言う事を、ただ一人を除いて全員が理解させられた。
「駄目だよ逃げちゃ、悪い事をしたんだから、報いは受けないといけないんだよニーイロスの騎士」
忘れてはならない事だった筈だ。意識をそらしてなどいけなかった、人の意思の根底を覆すような非常識を備える存在が、二人と存在する筈が無い。
いるのならば完了形の一人、彼に生涯敗北を刻み続けた存在。天才を食い殺す最強、クラウヴォルフの聖女、後に軍神と語られる一人しかいないのだ。
「断る、そんなことだけは絶対に許さない」
アイシアス=エイジア=クラウヴォルフ、この時はまだ初代のエイジアを継いではいなかったが、彼女しかいない。彼は無意識に目をそらした、本当ならいち早く気付くべき存在を、あまりに強大な存在感が故に目をそらしたのだ。
その言葉を聞くだけで恐怖で逃げ出したくなる。それでも反論できたのは軌跡だったのかもしれない、震えて体がまともな機能を果たさず、歯の根が合わないままに音を立てていたが、抗おうと言う気概を彼は見せていた。
彼女は、彼にとって生涯越えられない壁、この現状においては、告死天使となんら分り無い。
それに抗おうとしていた。
どこか上ずった声であったが、必死になって拒否を繰り返した。それでも彼女は首をゆっくりと振る、騎士の言葉を聞いても、彼女が己を歪める事はない。
「ちゃんと騎士としての義務を果たさないと、じゃないと皆死んじゃうんだよ」
彼女が彼を気付かない理由など鎧で顔が見えず声がこもって聞こえるからだ。大切な兄である筈のそれに対して随分な態度だろう。だが彼女の血が彼に対してそれ以上の興味を持たせなかった。
彼は刻まれ続けた敗北に呼吸を失い、ただ開かれた口から荒い悲鳴があふれ出す。
どうしようもない最悪、彼女なら、彼女なら何が出来てもおかしくない。今までの理解不能な歯車がようやくかみ合い、恐怖になって体を縛り付けた。
「民を守るためにニーイロスの血を断絶させるんだ。そうじゃ無いと私がみんなを殺さないといけなくなるから、騎士団の敵を討つためにも、私が動く時は皆殺ししかなくなるの。だから早く」
その後の声が聞こえなかった、ただ分っている事があるとすれば。
意識を取り戻したとき、母上と言った人の首は地面に転がっていて、弟は抱かれるように体だけを母に預け太ももに首がちょこんとあどけなく笑ったまま膝枕されていた。
このまま優しく抱かれて、永遠の安息を与えられた彼は、きっと肉が腐り堕ちて頭蓋を晒したとしても、笑顔を貼り付けたあどけない顔のまま雨風に晒され続けるのだろう。
最後の一人は彼に首半ばまで切り裂かれて、許してと消え去るように呟いて彼に救いを懇願してた。痛いと言う言霊が、彼の耳に纏わりついて消えず、ただその場で剣を持つ手を震わせて、見開く眼球が何もかもを嘘だと否定させない。
甘く柔らかい幼子の肉の抵抗をじんわりと感じさせながら、自分が行った事なのだと認識させられて喉から悲鳴のように声があふれ出した。
「あ、あああ、ああ、ああああ、なんでなんでだ。なんでなんでなんでなんだ」
響いた、響き渡った、いつの間にか消えていた、もう一人の妹の姿に彼は気付いただろうか。領民がただそれを絶望の眼で見ながら、響き続けた、自分が救いたいと願った家族の全てを皆殺しにすセンセイの悲鳴が、領民全てを飲み込みながら、何もかもを失う夜が始まる事を喉を引きつた声と共に宣言した。