外伝 ある少女
仕事とはいえ各地を転々としてきたわけですが、終端の地にたどり着いてわきあがるのはやはり疑問ばかりでした。
彼はなぜと、そんな疑問ばかりがいつも、浮かんで、私の体にしこりのように残るのです。
なぜと、なんであんなにまで、人が壊れてしまうのか、私には全くわかりません。
彼は二腕の剣において、二人の優れた剣士は、利き腕をなくしていました。片方はその前の闘いで、もう一方、つまり剣神は自分で腕を切り落としたそうです。
だからこそ二つの腕しか存在しなかった闘いは、ふた腕の件として語り継がれる事になったのですが、そこまでして神童との戦いを望んだ彼は、なにを失って何を手に入れたのでしょう。
私はそのときまだ子供でさっぱり覚えていませんが、今であるのなら是が非でも聞きたいと思います。
あなたに一体何が起きたのですかと、ですがそれを教えてくれる人は居ません。彼のことをよく知る人物自体殆どいないのですから仕方の無い事なのでしょう。
ですがです、一つだけいい事がありました。なんとです、あの背を刺す刃である王道が私に彼のことを教えてくれるということなのです。
彼女はあの闘いで生き残った僅かな人物の一人であり。
唯一無傷のままその戦いを終えた人でもあります。その目で軍神と剣士の戦いを、そしてあの二腕の剣も、そしてなにより彼と話した事もある稀有な人物です。
本来であるのなら忙しい限りなのでしょうが、それを裂いてでも彼の事を知って欲しいと、彼女は言っていました。
多分彼と何かを話したのでしょう。ですがあの当時彼女は軍神の信奉者筆頭と言ってもいい存在だったと聞いています。もしかすると彼に対する罵詈雑言なのかもしれませんが、それにしては随分と柔らかい物言いでしたので、多分違うと思うのです。
ですがあってみるまではわかりません、何しろ剣神の評判は随分と悪いものである事は変わりはありません。
王国の元臣民達は、家族を殺されたり、国の滅ぶ原因の一つを作ったりと、随分迷惑をかけられてきましたから仕方の無い事ではあります。
傾国の剣なんて呼ばれ方をしている地方もあるぐらいですから、随分と嫌われているものだと思います。ですが彼とあった人の共通しているのが、誰一人剣神に対して暴言をはかない事で、彼はかわいそうなだけだと酷く同情的です。
実際何があったか想像するだけですが、彼は、なんと言うか生きるのが随分と下手なような気がします。
日記を見てもそうですが、酷く頑張り屋と言うか、頑固と言うか、決めた事に対して随分と必死になる傾向がありました。だからこそこの御前試合にやってきたともいえるのかもしれませんが、それは随分と悲しい話であるようにも思えます。
彼は彼はと、私も随分と入れ込んだものだと、ちょっと失笑してしまうほどですが、これが職務なのか趣味なのかわからなくなってきました。
おじは私がこの仕事をやる事に随分と反対していましたが、今では諦めて、かつての知り合いに連絡を取ってくれたりと、サポートをしてくれるほどです。その一つのコネがまさか今回の事に繋がるとは流石に驚きですが、いいおじを持ったものです。
結構美形で自慢の叔父なのですが、重度の人嫌いで私を育てる為にしぶしぶ町に住んでいるとさえ言い切った傑物ですから、こんなコネがあること自体驚きですが、多分旧王国の家臣の一人だったのでしょう。
あの闘いのさなか私を庇って怪我をして、三十そこらだというのに随分とふけて見えるぐらいです。
などといって私の家の事情はいいのですが、そんなおじのコネの中でもトップクラスの人物のおかげで、私は伝説の四方卿の統括である護国卿であった王道と対面します。
「はじめまして」
私はそういって頭を下げました。
まだ、まだ若く力のある空気につい頭を下げてしまいそうになるこの迫力、これが王国の最強の一人であった王道と言う存在なのでしょう。
「久しぶり、といってもあの頃はまだ子供かセインセイズも父親として随分と頑張ったようだな」
「あーおじの名前ってそんなのなんですか、と言うより私はあなた様にあったことが?」
「人嫌いの人格破綻者が子供を育てるのだ、ある程度の支援をしてやった時に何度かあったぐらいだが、剣神について調べるとは、母を殺した相手を調べるとは随分と因果な話だ」
あまり私は彼を仇と思うことが出来ない。
災害に対して恨みを抱いても何にも変わらないのだ。起きるもの、そんな事は雨が証明して風が教えて、何もかもが当たり前に起きている事。
彼はそんな存在にしか思えない。ただ戦った結果が、災害を起こしただけ、だから私は目の前の美人さんに視線を合わせると、首を横に振って。
「いや、それは、言う必要もないです。だって私だけじゃないです、それに彼を調べていると、かわいそうとしか思えなくなってきたんです」
「そういえばあなたは、男爵領にも行ったとか。彼があそこを見たら、私は言葉を撤回するとか言っていたけれど」
「首が切り落とされた死体が、男爵旧家に千体以上安置されていました。彼が壊れたのはあそこにしかないというのだけしかわかりませんでしたけど、あったのはそれぐらいでしたよ」
それを聞くと彼女は眼を丸くした。
そして困ったような表情をする、あの時自分は随分えらそうにものをいったものだと笑うしかなかったのだろう。
「なるほど、と言う事はあいつの言った事は、全部本当だったわけか。嘘とは思わなかったが、確かに正気にはなれないか」
「ちょっとまってください、と言う事は剣神と話した事があるんですか」
「あいつは随分と心の弱い奴だった。今考えればわかる事だが、あのときの後悔をずっと引き摺ってたのだろう、だから少しの事で絶望していたよ。
そんな時偶然話す機会があっただけだが、聞いたらもしかするとあいつを調べるのを止めるかもしれないぞ」
そうなったらそうなった時だと思うのだけど、彼女は随分と真剣に私を見ていた。
ここで返答しないときっと、彼女は答えてくれない事ぐらいしか私にはわからなかったから、色々と考えを絞った上で浮かんだ言葉を使ってみる。
「そのときはその時ですけど、仕方ないんじゃないですか。人が壊れる理由を聞くんです、だから私は筆を折る事はあっても、止める事は無いと思いますよ」
「そうか、なら言っておくが、これは幸せに誰もならなかった話だ。一人として救われなかったと言うだけのただそれだけの話、剣神が軍神を恨むただ一つの理由が出来て、そのために人間が人を捨てた話」
そんな話が実話として聞かされる。
そのことに私は胸が痛くなった、そして聞かされる物語に憤慨するしかなかった。彼は悪くない、けれど彼じゃなくても壊れてしまう。
きっとその話は誰も悪くないのだ。全ては運が悪かっただけ、だがそれだけでいっぱい人が死んだ、王道が教えてくれた物語はそんな話だった。
彼がそれを彼女に語ったことがうそだと思うようなお話でした。この物語の終わりには、私はその場で胃の中身をぶちまける、ただそれだけの物語でした。




