表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

遊神と桜

作者: 名城ゆうき

「桜きれー!」


 そう少女のはしゃぐ声が聞こえた。

 そこには薄桃色の花を満開に咲かせた木が立っていた。垂れさがった簾のような枝は時々吹く風に揺られ、小さな花弁を散らしている。


 ひらひら

 くるくる

 ひらひら

 くるくる


 まるで雪のように降り落ちる花弁はぽうっと、仄かに光っているように見えた。いや、実際その花は淡く輝いていた。夕闇が迫り、あたりは暗くなってきていると言うのに、その花を降らせる木だけは闇に染まらず、その色彩を保っていた。その下に必死で落ちてくる花びらを受け止めようと、両手で捕まえるべく少女は動き回っていた。


 パン……パンッ


 少女のクリーム色のショートヘアが揺れる。

 同時に耳にかかった飾りが煌めく。

 手首にかかった輪の音がしゃんと響く。

 胸にかかったペンダントが跳ねる。

 花弁を追う青と碧の瞳が輝く。


 あちらへ花弁が行っては、少女もそちらへ惹かれるように手を動かす。そちらへ花弁が踊れば、少女もそこへと跳ねていく。

それはまるで花弁と一緒に少女も舞っているかのような――そんな感じを受けるほど、笑顔で軽やかに彼女は動いていた。

 不意にくるりと少女は振り替えると、楽しそうにほほ笑んだ。


紫浪シロウ皓亜コアもおいでよ」


 その少女の視線の先には何もない。

 しかし。

 次の瞬間。


 彼女に答えるように水の跳ねる音が響く。

 彼女に答えるように白い風が吹く。


 そして――――空間が水滴を垂らしたように波打つ。


わたるさんいいんですかっ」


 そして――――空間が木の葉で凪いだように揺れる。


「御身、頭に花弁が積もっておられる」


 そこに二つの影が現れた。

 一方はイルカほどの体躯を持つ、魚のような生き物だった。違う所はひれと言うひれが長細い布のようにはためき、透明な石みたいなものが両前ひれの付け根についていた。

 他方は黒光りと見違うような紫の毛並みを持つ耳の長めの獣だった。この獣はそれぞれの足に鋭い刃物のようなものが隠されており、その眉間の間には鉱石のようなもの――大きいものを挟んで小さいものが二つ埋め込まれていた。


「いいよー、皓亜も一緒に花びら掴もう!」

「やたっ。んじゃ私も遊びまーす」


 その瞬間魚のような生き物は水が揺れるようにその身を歪ませると、そこには頭に布を巻いた長身の青年がいた。


「こいつは……」


 呆れたため息をつくと、獣の方も同じく風が身をまとい、次の瞬間には長身の女性が立っていた。

 両者とももはや元の原型が見えぬほど人の姿であった。ただ、青年は長細い布のようなひれの代わりに、服の袖に長細い布が垂れ下がっていた。また女性の方も額に石があり、髪の毛が黒のような紫であった。


「紫浪もおいでよ。楽しいよ?」


 地面に落ちた花びらの山を両手ですくいながらはらはらと落としていく少女、渉は言った。それに少し躊躇うように女性、シロウは答えた。


「しかし、花びらで……」

「そういうシロウの頭にも花びら落ちちゃってるよ」


 にこにこしながら渉がそう言うと、紫浪は頭に手を伸ばした。

 しかしその瞬間。


ばっさあああああああああ


 盛大に紫浪の頭の上に桜の花びらが落ちて来た。

 まるでご飯の振りかけのような有様である。


「あはっあはははっ」

「………………御身」


 呆然と立ったまま紫浪は自分を見て笑う渉を困ったように見た。まるでどうしたらいいかわからない、子犬のような顔をする彼女。


「ごめんね、シロウ。もー素直に引っかかんなよー」

 それにひとしきり腹を抱えて笑うと、渉は楽しそうに言った。そう、正確には渉が掬い上げた花びらを頭の上から落としたのだ。

 未だ困ったように渉を見る紫浪に、仕方なさそうに彼女の頭をぽんぽんと撫でると渉は優しく言った。


「っていうかね、どうせなら一緒に遊んだ方が楽しいだろ? ほら、紫浪も恥ずかしがらずに来なよ」


 微笑むと渉は彼女の頭にのせた手で髪の毛を撫でていった。そして丁寧に桜の花びらを取り除いていく。

 そこで紫浪は目を瞬かせると、目を細めた。

 渉が花びらを紫浪に落としたのは、彼女の気を緩ませるためでもあった。元来真面目でふざけることが少ない紫浪に、渉は少し気をつかったのだ。

 それに紫浪は気づいた。

 そんな渉に紫浪は頬を緩めて、嬉しそうに笑う。


「……御身のままに」

「あはは、紫浪も間抜けだね―」

「文句あるのか」


 突然渉と紫浪の間に割って入って来た皓亜にじろりと紫浪は睨む。へらりとした表情のまま紫浪はと言うと事もなげに言った。


「いや、とんでもない」


 そしてくるりと渉の方を向くと、皓亜はへらりと笑った。


「あ、渉さん頭に花びらつきすぎです。とって差し上げますよ」


 屈みこむと皓亜は渉の頭に付いた花びらをつまみ取った。おそらく夢中で花びらを追っている時についたものだろう。もしくは自分より背の高い紫浪に花びらを駆けた時に、一緒に落ちてかぶってしまったのかもしれない。

 それに不意に渉も皓亜の頭を見ると笑った。


「あ、皓亜にもついてるよ。取ったげる」

「あ、ありがとうございますっ」


 渉が彼の頭に指を入れて花びらを取ると、少し嬉しそうに照れる皓亜。


「うん、私も」


 答えるように楽しそうに微笑む渉。それに感極まったのか、頬を紅潮させる皓亜。そしてがばりと抱えるように皓亜は渉に抱きついた。


「渉さん好きですっ」

「離れろ貴様」


 途端イラついた紫浪に皓亜は渉から引きはがされた。渉は優しくそっと、対して皓亜は虫けらを放り投げるように。


「痛っなにするんですか!」

「それはこちらのセリフだ」

「……羨ましいですか?」


 不意にすっと目を細めると笑う皓亜。その顔は先ほどの緩い表情と同じものの、その瞳は怜悧で心の内を覗きこむような挑発的な色を宿していた。


「……死にたいか?」


 対して紫浪は静かに、けれど底冷えするような低い声音で言うと眉をひそめた。そして彼女の瞳がゆらりと溶けるような鋭い金に変わる。

 しばらく重く緊迫した沈黙が訪れる。

 しかしそれを打ち砕いたのは皓亜のため息だった。


「嫌ですよ」


 ぶんぶんと手と顔を同時に振るコア。


「くだらん」


 ふいっと顔を背けると鼻を鳴らすシロウ。


 両者の瞳はすでに元通りに戻っていた。

 もう先ほどのことは二人ともどうでもよくなったようだ。そこで皓亜はきょろきょろとあたりを見渡した。

 渉を探して、視線をさ迷わせると彼女の姿を見つけた。

 けれど。


「……渉さん?」


 皓亜が目を瞬いて彼女を見た。その声に紫浪もそちらを見る。

 そこには少し離れた所の枝垂れた桃色の木を見上げる彼女の姿があった。その表情は懐かしむように柔らかく優しい。そしてどこか親愛の意が籠っているような瞳。

紫浪と皓亜は息を飲んだ。

 桜を見つめる渉の姿。それはどこか清らかで絵になるほど美しく、桜の儚さと輝きが相まって二人はその雰囲気と姿に目を奪われた。


「……いかがされた?」


 少しの沈黙ののち紫浪が意を決すると、渉の元へ歩み寄った。彼女に振り返ると、渉はにこりと笑って再び桜の木を見上げた。


「んー……なんかこのしだれ桜見るとね、ちょっとあの子思い出すなぁって」

「……あの双剣の童子か」

「えーっとオウタルタスクヒトノミコト君でしたっけ?」


 ひと間を置いて桜を見ると、紫浪と皓亜は言った。それに渉はうなづく。


「うん、オウヒ、元気にしてるかな」


 しばしの間考え込むと渉は桜の木に歩み寄った。そして何を思ったか、その幹に額を寄せると、薄く目蓋を閉じた。

 何か探るように目蓋の裏が動く渉の様子を紫浪と皓亜は特になにか話しかけるでもなく見守っていた。と言うよりその場の雰囲気が彼らに話しかけさせなかったのだろう。

 渉の行うことを邪魔したらいけない。

 それを二人は感じ取りしばらく黙っていた。


「……うん、元気そう」


 ほっと一息をつく声が聞こえると皓亜はへらりと嬉しそうに渉の方へ寄った。


「よかったですねっ」

「……」


 皓亜と紫浪が渉にやっと話しかけることができる雰囲気にもどったのか、場の空気が長閑なものに変わる。それに紫浪もほっと息を吐く。


「さて……」


 不意にそのまま下にしゃがみこんで立ちあがると渉はにっこり笑った。

 なんだかよくわからず二人はにこりと笑った。しかし、それは長く続かなかった、

 こんもりと積もった花びらを手に渉が二人に振りかけたからだ。


「ばっさぁ!」

「な、御身!」

「渉さんやめてくださいよー」


 少し逃げるように身を引く紫浪と皓亜。しかし言葉とは裏腹に二人はとても楽しそうで嬉しそうに目の色を柔らかくしている。

 そんな二人に不意にうつむいたままポツリと渉は呟いた。


「いつもありがとう、そばにいてくれて」


 小さく、けれどはっきりと紡がれた言葉に振りかえる紫浪と皓亜。




 そこには目映い笑みを浮かべ、照れながらもこちらを向く渉がいた。




「――――っ」

「っっ」


 それに言葉を失くす紫浪と皓亜。

 二人にとって、彼女の言葉はなによりも変えがたい誉れであり、目眩がするほど歓喜震える言霊だった。


 紫浪と皓亜は渉の前に来ると膝を折って頭を垂れた。

 それに驚いたように目を瞬かせる渉。


 

「いつも、いかなる時も、離れません。絶対」

「我が身に代えてもお守りする」



― 我らが愛おしき主 ―



 そう、渉のことを心の中で二人は呼び、主に親愛の眼差しを向けた。

 それはとても真剣で、優しく柔らかい。


 そんな二人に慌てるのは渉だった。


「だ、だからもう、そんなのいいのに。恥ずかしいな二人ともっ!」


 桜のように赤くなる主人に二人の従者は微笑ましく見つめるのだった。




「……やべ、渉様可愛い」

「主に手を出してみろ。喰い殺すぞ」

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ