高知能が見せられている幻
昔、投稿していた話です。
一般的に頭のいい人間は、普通の人間より上の立場(=上位種)とされている。しかし、私はそうではない気がする。
この仕組みは、寄生生物の話と少し似ている。
頭のいい人間は資産(=お金、他者からの承認など)を得るために、自身の知識や時間を使って、サービスの展開やテクノロジーの開発を行う。そして、それらのサービス等は普通の人間に披露され、浸透する。
最近の物事でこの流れを説明するならば、『AI』が分かりやすいと思う。
おそらくあなたは、chatGPTを始めとする『AI群』を作り上げる知識や技術、資金や時間を持ち合わせていないはずだ。
それなのに、あなたの手元には便利なAIが存在している。
『AI』は、頭のいい人間が作り出した物であり、私たち普通の人間を対象に展開されている「AIアプリ」は、「扱いやすく、手軽なもの」としてカスタマイズされたものだ。
つまり、頭のいい人間は資産を得るために、普通の人間に貢献せざるを得ない性質を持っている。
この性質は、運命に「他者への貢献」を課せられた生まれながらの奴隷のようであり、当人たちが苦労し、苦しんだ末に生み出した産物を、普通の人間が何食わぬ顔で利用する。
まるで、頭のいい人間は、普通の人間に食い物にされるために生まれてきているみたいだ。
◇
私はこんな考え方を持っている。だから頭のいい人間は、普通の人より下の立場だと感じている。いくらお金を稼ごうが、人間の身体と心は1つしかなく、感じられる感情にも限度がある。
どんなに美味しい味も過去に。
どんなに広い家でも使わない空間が。
どんな装飾も身につけるには限りがある。
それなのに、大衆の持つ資産につられ、自身の人生に無数の寄生を許す様子は、笑いながら寄生生物に食われる宿主のようだ。
私たちは病気になると医者の世話になる。
当たり前だが、『医者』という存在は患者のためだけにいる。その一方で、患者は医者のためにいるわけではなく、病気が治れば医者は必要ない。
用事が済めば、その知識や存在を不必要とされるのに、患者のために勉強し、働き続ける医者などは、やはり普通の人間のためだけに存在している使用人のようだと私は感じる。
【あとがき】
私は思いつくままにこのエッセイを書いた。
内容はちょっと怖めだけど、もしそうした仕組みがあるなら面白いと思う。
もしあの内容がある程度の説得力を持っていて、「頭のいい人間(以下、知識階級)」が、“自分たちの人生が食い物にされている”と気付いたとき、その役割から降りようとする者が必ず出てくる。
そうすると、降りた者の仕事はまだ残っている者に加算され、あの話の説得力を更に強めてしまう。
すると離脱者が少しずつ増え始め、医療のような社会インフラに小さな亀裂が入り、離脱者が増えるたび、亀裂が大きくなっていく。
医者が「そこそこ稼いだら50歳で引退だ〜」と考え始めたら、今ある当たり前の医療は無くなるし、有識者が誰にも話さず一部の天才隠者のように生き始めたら、社会問題がより歪になり、独裁が起こりやすくなる。
だから知識階級には、「私たちは偉い。選ばれた上位種だ」と勘違いしてもらっていたほうがいい。
知識階級者は合理的な傾向がある上に、一度読んだ物を頭に組み込むスピードも速い。そしてなにより問題なのは、社会から降りる選択をする知識階級者を止める術がないことだ。
憲法には「職業選択の自由」がある。民法にも「退職の自由」がある。だから、「この仕事から降りる」と決意した知識階級者を引き止めることはできない。
知識階級者が持つ「自分たちは上の人間」という選民意識のようなプライドは、過酷な仕事に張り付く高額資産に飛びつく性を作り出しており、結果的に、その性が大きな責任を引き受ける覚悟を勝手に担保してくれている。
しかしそのプライドが、ただの虚構であると思ってしまったならば、強引なやり方だとしても、自身を再度強者のポジションに配置したくなる高知能と者が出てくる。
つまり、彼らが「惜しまれながらの引退」といった物語を望み、それを実現したならば、彼ら知識階級者を引き戻す術はなく、ただ苦しむ一般的な人間が社会に置き去りにされる。
一般的な人間の命を人質に、再度上下関係が入れ替わる。
なんかゾワゾワするよね。




