第25話 動物による久留米の乱
私が草野五郎さんから緊急事態を知らされてゴイサギ大明神に着いたとき、すでに堂園朝日一派が作業を始めていた。
しかし、屈強な作業員たちも森の中から現れた野生の動物たちには肝をつぶし、作業をほったらかして退散。神社は破壊されずに済んだ。それは同時に森を護ったことにもなる。
ゴイっちは「なつき、これからは森の動物たちが大人しくしていないと思う」と忠告したが、堂園一派を懲らしめるだけじゃなかったようだ。
コープのお店でパートをしている母がLINEで動画を送ってきた。
「カラスの大群が町に襲来してもう映画みたい。お店の周りもフンをいっぱい落とされて客足に影響しそうだわ」
カラスが電線にずらりととまっているところや、群れをなして飛んでいるところはときどき見るが、送られてきた動画はそんなレベルじゃない。
まさにヒッチコック監督の映画『鳥』のような恐怖を感じる迫力だ。
そしてそれはまだ序章にすぎなかった。
遊びから帰ってきた小6の妹は慌てて階段を駆け上がると私の部屋に飛び込んできた。
「お姉ちゃん!猿!猿が出たの!動物園以外であんなに猿を見たのは初めてかも」
友だちと公園で遊んでいたら、どこからかニホンザルが10匹ほどやってきてジャングルジムを占拠したという。
周りに居た小さな子どもたちと母親が最初は珍しそうに見ていたが、キバを剥いて威嚇するので怖がって帰ったそうだ。
父は父で仕事を終えて帰って来るなり「国道でイノシシと並走したぞ」と自慢げに動画を見せてきた。
なんと、渋滞のため徐行する車両の横を5~6頭のイノシシが走っているではないか。クラクションの音が響いてパニックになりかけていた。
「私もなのよ!カラスが大群で襲ってきてさぁ」
父に負けじと母が動画を見せつけた。母によると、カラスから帽子をとられたり、頭を突かれる被害まであったそうだ。
「ねえねえ、ニュースでもやってるよ!」
妹が嬉しそうに声を上げた。
『何がおきたのでしょう?本日の午後だけで市内の数カ所で野生動物の群れが目撃されました。高良山周辺の学生街ではサギの大群が屋根にとまり一時騒然となったようです。当時現場にいた人たちの声をお届けします』
女性のニュースキャスターが早口でまくし立てると、街頭インタビューの映像が流れた。
「あれアオサギだよね。カッコいいけど、数十羽もいたからちょっと怖かったです」
「怪鳥か恐竜みたいな声で鳴くので、襲われるんじゃないかとドキドキしました」
「フンをボタボタ落とすから道ばたが汚れちゃって、商店街の皆さんとか掃除するのが大変なんじゃないですか」
私はゴイサギの目撃情報がないのでホッとしたが、ゴイっちたちは何もしていないのかな……。
ニュースキャスターはこう締めくくった。
『野生動物たちによる“久留米の乱”いったい何が原因なのか。これからも続くのか。いずれにしろ市民の皆さんは十分気をつけてください』
*
草野五郎の朝は早い。
日の出とともに起きて顔を洗い、上半身裸になって手拭いで乾布摩擦するのが日課だ。
温まったところで朝食を作る。
前夜から干し椎茸を水につけてとった出汁に、玉ねぎと豆腐を入れて一煮立ちさせ、仕上げに手作り味噌を溶いた味噌汁は欠かせない。
「さあ、今日もまた一歩、ばあさんの味に近づいたばい」
妻の位牌がある仏壇に供えてから、五郎は白飯と納豆、漬物に焼きのりを食卓に並べて一人で食べる。
「ばあさん。最近はこの屋敷も賑やかんなったばい。孫のケンボウもよう顔を出してくれるようになって、ご先祖様も喜びよろ」
江戸時代に入ると有馬氏が久留米藩主となるが、以前は鎌倉時代から戦国時代まで草野氏が筑後国を任されていた。五郎の先祖もその系列かもしれない。草野氏の歴史は古く、高良大社に関係しているという説もある。
「神様から、この山にゴイサギ大明神を作るとお告げがあったときは驚いたけど、代々山を守ってきた草野家だから選ばれたのかもしれん」
五郎は朝食を済ませて仏壇にそんなことを話しかけていたが、やがてジャンパーを着て靴を履きはじめた。
「さぁて、ゴイサギ大明神の様子を見に行くか」
山に向かって坂道を上っていくが、途中からいつもと違う気配を感じた。
祠の辺りから鳥の鳴声が響き、上空を跳び回る鳥の影が見える。
五郎はゴイサギ大明神に近づくと視界に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
「こりゃぁ……せっかく来てくれた参拝客も怖くて近寄れんばい」
*
私は学校の授業を終えてから自転車を走らせた。草野五郎さんが電話してきたからだ。
「なつきちゃん。ゴイサギ大明神がおおごつばい。ゴイサギが山んごつ集まってきよるとよ」
昨日、ニュースで言ってた“久留米の乱”の現象だろう。ゴイサギは本丸に集結したというわけだ。
「ゴイっち! ゴイっち! ねえ、ゴイっちってば!」
脳内で呼びかけてリンクを試みるが、応答がない。ゴイっちは自分に都合が悪いといつもスルーする。
私は秋らしい爽やかな風に吹かれながら、につかわしくない汗を滲ませて急ぐ。現地に到着するや自転車から飛び降りて玄関に駆け込んだ。
「草野さん。大丈夫!」
「ああ、俺は大丈夫やけど、こげんこつは初めてばい」
まずは草野さんがケガをしておらず元気そうなので安心した。
草野さんによると危険な感じなので、1人だけで行くのはやめた方がよいという。
2人で用心しながら祠に向かった。
ゴイサギ大明神の祠は想像を超えるほどゴイサギの群れで溢れていた。
その中で屋根の一番高いところ・大棟にとまっているのがゴイっちだ。私にはわかる。
目を見て脳内に呼びかければ、さすがに無視できまい。
「ゴイっち!こんなにゴイサギが群れをなしたら、参拝に来た人が怖がるからやめてちょうだい」
「なつき。言ったはずだよ。ここにはしばらく近づかない方がいいって」
ゴイっちが返してきた。
「鳥や獣たちの群れが街に出没して騒ぎをおこしているのもゴイっちの差し金でしょ」
「そうさ。ああでもしないと、人間たちは山の開発を止めそうにないからね」
まずい。ゴイっちは本気で森の動物たちに反乱を起こさせるつもりだ。頑固なところがあるから私の忠告など聞きそうにない。
「道真公はゴイサギ大明神を建てることで、密かに山林伐採しようとする悪巧みを阻止しろとは言ったけど、ゴイっちのやり方は間違ってるわ」
私が道真公の名前を出したからだろう。ゴイっちが僅かながら態度を軟化したように感じられた。
「じゃあ、なつきだったらどうするんだい! 間違ってないやり方とやらを教えてくれよ」
そう言われると私も困ってしまう。でも何かやり方を考えないと、ゴイっちは動物たちを暴走させるだろう。
「なつき、こんなときこそ脳みそをフル回転させるのよ! 普段は勉強で頭を使わないから、そのぶん発想力はありあまってるはずよ!」
自分をそんな言葉で鼓舞しながらしばし悩んだ。ゴイっちも脳内交信しながら私のアイデアを期待しているようだ。
「そういえば、高校生が『核兵器廃絶を求める署名』を国連に届けたというニュースを見たわ。署名よ!私たちも署名を集めるのよ!」
「いいだろう。その署名がうまくいくようだったら、ボクたちも大人しくするさ」
ゴイっちも取りあえず納得してくれた。




