表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/27

第19話 陰謀の臭い

 父親が昔のロックをよく聴くので、私も幼い頃から耳にして自然と覚えた。

 今でも月曜日になるとブームタウン・ラッツの『アイドントライク・マンデー』をよく口ずさむ。邦題は「哀愁のマンディ」だったかな。

 英語の歌詞を聴いても意味をよく理解できず「日曜日が終わって迎える月曜日の朝はけだるい」という歌だと思っていた。

 最近になって、16歳の女子が銃を乱射した事件に影響されて作った歌だと知った。女の子は凶行におよんだ理由を聞かれて「月曜日は嫌いなの」とこぼしたという。


 彼女の真意を知る由もないが、私もやっぱり月曜日は嫌いだ。

 そんなことを考えて頭の中にメロディーが流れているとき、2時限目の授業終了を告げるチャイムが響く。


 休み時間に入ったとたん、ゴイっちが脳内にリンクしてきた。


「なつき!草野のじいさんが何かおかしいんだよ」


「どうしたの?久々にリンクしてきたかと思えば、妙に慌ただしいわね」


 ゴイっちはゴイサギ大明神にしばしば飛来しているだけに、地主の草野五郎さんに親近感を覚えて「草野のじいさん」などと呼ぶようになった。


「今朝もゴイサギ大明神に行ったときに覗いたんだけど、草野のじいさんがふさぎこんでるんだよ。病気にでもなったのかなぁ」


「いつもの元気がないってこと? 倒れたりはしてないのね」


 私も心配になったので確認した。


「うん、普通に歩いてはいたからまだ死なないと思う」


「もう、縁起でもないこと言わないでよ! 念のために学校が終わってから行ってみるわ」


「そのときはボクも行くから教えてね」


 どうやら「けだるい月曜日」などと暢気なことは言ってられないようだ。



 昼休みになって君枝にもゴイっちからの報告を伝えた。

「そうなんだ。心配だけど、私はテニス部の試合が近いからちょっと抜けられそうにないわ」

 帰宅部の私と違い、君枝はテニス部のエース的存在だけにチームのことも考えねばならない。

「私だけで大丈夫よ。草野さんの様子を見に行くだけだから。ゴイっちも一緒に来るっていっていたし」

「ゴメン。頼んだわ」


 3時40分に全授業を終えると普段は歩いて帰るところをタクシーに乗った。まずは自宅に帰って自転車で草野さん宅に向かうためだ。


「ゴイっち、今どこにいるの」

 自転車を漕ぎながら脳内リンクを試みた。


「ボクはもう着いたよ。今はゴイサギ大明神の屋根で羽を休めてるとこさ」


「草野さんはどんな感じなの?」


「ああ、普通に歩いてるよ。でもやっぱり元気なさそうだな」


「わかった。もうすぐ着くから」


 秋風を受けながら自転車を走らせていると涼しくて気持ちよかったが、やがてうっすら汗ばんできた。急いで漕いだから、草野さん宅に着いたころは息が荒くなっていたほどだ。


「こんにちは」

 草野さん宅の玄関は大ぶりな引き戸で、開いていることが多い。つい勢いで飛び込んだ。


「よお、こないだ来たお姉ちゃんやないか」

 愛想よく応じてくれたが、ゴイっちがいうようにどこか元気がない。


「またゴイサギ大明神に参拝したくなって…ちょっとおじゃましていいですか」

「よかよ。お茶でも飲んでいかんね」

 急病ではないようで一安心したが、さりげなくどこか具合が悪いのではないか聞いてみた。

「草野さん、土曜日にお会いしたときよりお元気がなさそうですが…」

「わかるね? あのあといろいろあってからくさ。もう大変たい」

 草野さんはひとり暮らしなので、誰にも聞いてもらえず溜め込んでいたのだろう。出来事を口早に語りはじめた。


 ゴイサギ大明神に集まった子どもたちを草野さんの自宅で遊ばせたり、おやつを出すことにクレームがあったという。

 以前は近所の人たちと遊んではお菓子をもらったものだ。近年は不審者による事件が増え、食べ物もアレルギーや食中毒が問題視されてきて、そうした関係が難しくなってきた。

 私は草野さん宅で子どもたちが楽しそうに遊ぶところを見ているだけに、気持ちを考えるとやるせない。

 しかも草野さんは行政区長からクレームの件を直接伝えられたうえ、車で帰っていたところ追突事故を起こしたという。


 二重の苦難に見舞われて、すっかり意気消沈してしまったわけだ。


「追突事故って、お怪我はなかったんですか」

 心配して聞いたところ、草野さんが相手の車に後ろからぶつけたという。いわゆる“おかまを掘った”加害者らしい。


「それがたい。相手は女性ドライバーで、先を急ぐけんあとで連絡するちいうてまだ何も連絡がなかったい」

「警察には届けたんですか?」

「いや、警察に現場検証してもらうから、また連絡しますちゅうことやったばってん」

「ちょっと気になりますね」

 私は車どころか原付バイクの免許も持たないが、追突された被害者から音沙汰なしということがあるのだろうか。嫌な予感がしたのだ。



 ゴイっちは草野さんと私のやりとりを玄関先からじっと聞いていた。


「なつき。実は妹のホシコが見たらしいんだ」


「ホシコ?ゴイっちに妹がいたの?」

 私は突然いろいろな情報をぶっこまれて整理できなかった。


「うん、ホシコっていうんだ。可愛い妹だよ」


「ゴイコとかじゃないんだね」

 なぜか名前が気になってしまった。

 ゴイっちによると、幼い間は黒褐色の羽に白い斑点があるため「星」にたとえてホシゴイと呼ぶそうだ。


「まあ、ゴイサギもホシゴイも人間がそう呼んだんだけどね」


「じゃあ、妹は今はホシコだけど成長したらゴイコになるの?」


「それはややこしいからホシコのままじゃない。知らんけど」


 妹の名前にばかり時間を割いてはいられない。私は冷静さを取り戻して続けた。

「で、ホシコちゃんが何を見たの?」


「草野さんが追突するところだよ。ホシコもときどきゴイサギ大明神に来ていたから、その途中で偶然に目撃したらしいんだ」


「というからには何かあるんでしょ!? じれったいなぁ」


 ゴイっちも我々人間との付き合いが長くなり、肝心なことをなかなか言わない癖が移ったようだ。


「わざとなんだよ。相手の車は草野さんがぶつけるようにわざと急停止したんだ」


「なぜホシコちゃんがそこまでわかるの」


「ホシコも草野のじいさんを知ってるからね。途中で車を見かけてゴイサギ大明神まで飛びながらついていこうとしたんだって…」

「そうしたら、前を走っていた車がいきなり止まって不自然に感じたところ、草野のじいさんが追突したからびっくりしたそうだよ」


 私は嫌な予感が当たりそうな気がしてドキドキしながら、当事者に聞いてみた。

「草野さん、追突した相手の連絡先とかわかりますか」

「ああ、名刺をもらっとる。えっとどこやったかのう…」

 草野さんがズボンのポケットに手を突っ込んで探していたとき…。


「トゥルルルルル」

 広い土間に携帯電話の着信音が響く。

「もしもし、草野ですが」

 草野さんは発信元も確認せず電話に出た。

「ああこの間の……えっと、堂園さん」

 相手は堂園というらしい。

 私は会話の内容を何とか聞きとろうとして耳をそばだてた。


「はい、明日は特に用事もなかけんおりますが……午前10時頃、よかですよ……はい」

 どうやら事故の件でやりとりしているようだ。

 草野さんは先方からようやく連絡があったから、ホッとしたようでもあり、成り行きが心配でもあり、という表情をしている。

 電話を切ってからボソリと漏した。

「明日の朝、警察に実況見分してもらうから事故現場に来るようにちゅうことやった」

 軽トラで町内を移動する程度だから交通事故で警察のお世話になるなどとは考えもしなかったのだろう。途方に暮れたようにこちらを見るので、私も知らぬ振りはできない。


「保険とか入ってますか?」

 詳しくはないものの、父親が車の保険について話しているのを聞いたことがある。車検で必要な自賠責保険に加えて、事故を起こしたときにより広く補償される任意保険に入るそうだ。


「ああ、そういえば保険会社の人がなんかあったら電話してくれちゅうとったわ」

「それですよー。すぐに電話して相談しないとー」

「そういわれても、契約更新の連絡で年に1回くらいしか連絡がないけん忘れてしまうとたい」


 とりあえずよかった。任意保険に入っていない人もいるそうだからちょっと不安だったのだ。


 草野さんは早速、携帯電話に登録してある保険会社の番号を見つけて電話してみた。

「そうです。先週の土曜日にぶつけてしまって。相手があとで連絡するっていうから待っていたとです」


 会話の様子からすると、すぐに連絡しなかったから事情を聞かれているらしい。


「はい、明日朝10時に警察が現場検証やったか実況見分やったか?とにかくするそうです」


 保険会社に連絡がついたことにより、それまで不安そうだった草野さんの顔がようやくほころんだ。

「相手の連絡先ですか?聞いとりますよ。えーと……よかですか、堂園朝日さんちゅう女性です」

 草野さんは相手からもらった名刺を見ながら伝えていた。


 明日は普通に高校の授業があるから様子を見に行くわけにはいかない。

「草野さん、もしよかったらなんですけど。私も実況見分ってどんなことするのか知りたいから、明日お電話で聞かせてもらえませんか」

 そうお願いしたら快く電話番号を教えてくれた。


「あ、それと一つ気になることがあって…」

 私はゴイっちの妹・ホシコが見たという情報を、どうやって草野さんに知らせようか頭を捻った。学校のテストでもこんなに一生懸命考えることはないだろう。

 結局、推理小説が好きというテイで話したのでちゃんとわかってくれたかどうか。


「草野さんはその女性の車に後ろから追突したんですよね」

「そうだよ」

「慣れた道なのに何でぶつけちゃったか、不思議に感じることはなかったですか」

「うーん、あんときは行政区長から聞かされたクレームの件で頭がいっぱいやったけん。うっかりしとったとやろ」

「これは私の個人的な想像ですが、女性が急ブレーキをかけたのではないでしょうか」

「よう覚えとらんけど、それがどうかしたと」

「明日の実況見分で、急ブレーキの跡みたいなのがないか警察に確かめてもらってはどうでしょうか」

「ぶつけたのはこっちやけんなぁ。でもそれらしい跡があったら言うてみるたい」

「真実を明らかにするためです。ぜひ主張してみてください」


 私はそうアドバイスして帰路についた。




 翌日、学校の授業が終わってから草野さんに電話してみた。実況見分のことが気になったからだ。

 草野さんによると、警察官は2人だったという。相手側は当時運転していた堂園朝日という女性と、ほかにスーツ姿の男性がついて来たそうだ。


 まずは双方とも警察官に交通事故を起こしたらすぐ連絡するよう厳しく指導を受けたらしい。当然だろう。

 実況見分は主に被害者側、つまり堂園朝日からの聞き取り調査が行なわれた。

 先を急ごうとして近道のつもりで通ったところ、日が暮れて薄暗かったため慣れない道に迷い込んでしまったという。

 徐行しながら道を探しているときに「ゴツッ」という音とともに衝撃があったそうだ。


 草野さんは行政区長宅からの帰り道で、考え事をしていて前方の車に気づき、咄嗟にブレーキをかけたが間に合わず追突したことを説明した。


 舗装されていない砂利道なので、タイヤの跡は僅かながら残っていた。草野さんの軽トラによるタイヤ痕と思われる凹んだ砂利とは別に、相手の乗用車と思われる位置を確認したがタイヤ痕らしき凹みは見当たらなかった。しかし、砂利をならしたような跡がある。


 草野さんは勇気を振り絞って訴えた。

「私の軽トラのタイヤの跡がこれやろう。堂園さんの車が停まったあたりは砂利をならしたようになっとるけど」


「あら、まるで私がタイやの跡を隠そうとしてならしたみたいな言い草ね。おまわりさん、とんだ言い掛かりですわ」

 堂園朝日はまっこうから否定した。


「すぐに検証すればまだしも、事故から2日経っていますから何ともいえませんね。あとは交通事故証明書を作成しますから双方で話し合ってください」

 警察官はあくまで事務的に進めたそうだ。


 私は電話で草野さんから聞きながら悔しさがこみあげてきた。


「堂園って女は、はじめからそれを見越していたのよ。わざと急ブレーキをかけて草野さんに追突させながら、すぐ警察に連絡しなかったのは、後から戻ってきてタイヤ痕をならすためだったんだわ」


 すると草野さんはさらに続けた。

「それがたい。実況見分が終わってから堂園朝日とスーツ姿の男が家まで来たとよ」

 私はますます嫌な予感がした。陰謀の臭いがしたからだ。

「2人は草野さんのご自宅に上がったんですか」

「ああ、今後のこともあるから少し話し合いませんかっていうけんな」

「やっぱり車の修理代とか賠償金とかの話ですか」

「そう思ったとやけど、それは保険会社に任せるらしい」

 草野さんによると、スーツ姿の男がおもむろに切り出したという。


「実は私どもの会社は不動産を扱っていまして。草野さんのお役に立つこともあるかと思います。今後ともよろしくお付き合いください」


 私はそれを聞いて戦慄が走った。

 2人はそれで帰ったが、また来ると言い残したそうだ。


「草野さん、もし2人から連絡があったらすぐ教えてください」

 私は念を押すと電話を切った。


 そして2回目の脳内会議を招集した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ