リストラ保育士のお見合い相手はまさかの子連れ騎士団長?!
「ここちゃん。お見合いしない?」
十数年ぶりに会った叔母は、いきなりそんなことを言ってきた。
日曜日の昼前。朝寝坊した私が、一階のリビングへ行くと、両親の姿はなかった。そういえば、二人で朝からでかけると言っていた気がする。
「え? っていうか。一夏さん、久しぶり。両親は二人とも出かけてて……」
私はコーヒーを淹れようと、準備しながら答えた。
「あ、うん。姉さんたちとは話をしたから。ここちゃんに会いに来たんだ。それよりも、ほんと、久しぶりね。こんなに大きくなって……前に会ったときはこのくらいだったのに」
両手で野球ボールのような大きさを作る叔母だが、それでは胎児だ。
私の記憶によると、叔母と最後に会ったのは、私が小学一年のとき。だから決して胎児のときではない。
「う~ん。前はこのくらいのときだったかと」
私は自分の腰あたりに手を当てて高さを示した。
「あら、そうだっけ?」
「あ、一夏さん、コーヒー飲む?」
「飲む。向こうの生活が長くて……こっちのことはさっぱり忘れちゃったね」
けらけら笑う叔母は、母の年の離れた妹。ちょうど私と母の中間くらいの年齢。
「ここちゃん。二十歳になったでしょ?」
「なりましたね。二十歳どころか、二十二歳ですけど? そんな一夏さんは三十五歳ですよね?」
つまり、叔母と再会したのは十五年ぶりだが、その姿はどう見ても二十歳と言っても通じるほど、すべてにおいて若々しい。黒い髪は艶やかで、背中に流れる様子は、まるでシャンプーのCMのよう。
「それで、仕事が決まってないんでしょ?」
だというのに、私の個人情報が筒抜けだった。
「姉さんから聞いたの。この四月から仕事がなくなるって」
仕事がなくなったというのは、表現としては正しいのかもしれない。
市の会計年度任用職員として保育園で働いていたが、少子化の影響で保育園が閉園。幼稚園と合併して、認定こども園になる。そこでの採用という話もあったが、残念ながら私は幼稚園教諭免許を持っていない。だから、再任の対象から外れた。
つまりクビのようなもの。
しかも、その時期には四月からの保育士募集はすでに終了していた。私立でも同様だった。
この先、適当なアルバイトで食いつなぐか、保育士を諦めて一般企業に就職するか、幼稚園教諭免許を取るために大学に通うか。
実家暮らしだから、両親のすねをかじっていれば生活はできるが、それだって一年が限度だろう。
これからどうしようかと悩んでいたときだった。
「だからさ、お見合いしない? もう永久就職っていうやつよ」
永久就職。結婚して専業主婦になることだと記憶しているが、この言葉は死語ではないのだろうか。むしろ、最近は聞かない表現だ。
だけど結婚適齢期で無職の私にとっては、なんて魅力的な言葉なのだろう。
「そうですね……四月から仕事がなくなるのは事実ですし。結婚したくないわけじゃないですし。まずはお会いしてみるところからっていうのは、ありかもしれないですね」
叔母のことだから、それなりの相手を紹介してくれるだろう。そもそも私が無職なのだから、相手は稼いでいる人のはず。
きっと仕事が忙しすぎて、家事に手が回らないから、お嫁さん募集しているのだと、勝手にいい方向に解釈していた。
「ほんと? だったら、私から姉さんたちには伝えるわよ。お見合いの相手、こっちじゃなくてあっちの人だから」
そういえば叔母は、日本ではないところに住んでいると言っていた。どこの国だったかは忘れたが、母は定期的に連絡を取り合っていたようだ。
「ええ? 外国の方ですか? 私、英語はさっぱりなんですけど。日本語、通じますかね? 何をやっている人ですか?」
「大丈夫。日本語はばっちり通じる。彼が何をやっているかって……言ってわかるかな」
「珍しい職業?」
「う~ん。向こうではわりとポピュラーなんだけど、こっちではあまり見ないかも」
そう言われるとがぜんと興味が湧いてきた。
「相手の方はいくつくらいなんですか? っていうかむしろ私で大丈夫ですか?」
私自身、身長は特別高いわけでもないし、日本女性の平均身長よりやや低いくらい。日々、子どもたちと一緒にいたから、髪もショートカットにして動きやすいパンツ姿が多い。だから、ぱっと見ただけでは中性的で、男性に間違えられることもあるのだ。しかも男子高校生くらいに。
「ええと。ここちゃんの相手は、セブラン・グリントっていう名前ね。金髪で、目はちょっと神秘的な紫というか赤というか……」
やっぱり相手は外国人だ。どこの国の人だろう。
「年齢がね。二十九歳。ぎりぎり三十前」
となれば七歳年上か? まったく問題ない。射程圏内だ。
「アンクトン王国騎士団、第三騎士団長なんだけど。どう?」
どう? と言われても、一瞬、私の頭はフリーズした。アンクトン王国という国名を、残念ながら聞いたことがない。もしかして、ヨーロッパにあっただろうか。いや、似たような名前はアンドラ公国だ。
必死で頭の中でアのつく国名を考えるが、アメリカしか出てこなかった。
「いっちゃん、私、アンクトン王国って知らない」
叔母を昔のように読んでしまった。それだけ私は動揺していた。
「あ、うん。そうよね。あっちの世界だから……」
「あっち? あっちってどっち? そういえば、いっちゃんは今までどこにいたの?」
成人したから大人っぽいふるまいをしようと思っていたのに、そんな意識は吹っ飛んだ。
コーヒーメーカーがごぼっごぼっと、なくなった水を吸い上げようとする音で、我に返る。
マグカップにコーヒーを注ぐ。それを二つ手にして叔母の元に向かい、一つを手渡した。
「ありがとう。ごめんね、急な話で驚いているよね?」
こくこくと頷きながら、叔母の向かい側に座った。
カップから立ち上る湯気とともに、コーヒーの芳ばしいにおいもふわっと広がる。
「ここちゃんとは十五年ぶりだし……十五年間、私がどこにいたのか。ちゃんと説明するね。それを聞いたうえで、お見合いをするかどうか、決めてほしいんだけど……。でも、絶対にここちゃんにぴったりな相手だと思うの。セブラン、イケメンだし、面倒見もいいし。でもね、なんかこう、不幸体質っていうか……」
「ちょっと待って。セブランさん、三十になるんでしょ? いっちゃんが三十五歳。いっちゃんが結婚すればいいんじゃないの?」
そこでコーヒーをずずっとすする。いぶしたような苦みが下の上に残り、やっと目が覚めてきた。
「あ、言ってなかった? 私、十年前に結婚したの。あっちの人とね。子どもも三人いるの」
「は?」
目が点になるとは、まさしくこのことを言うのだろう。
「私、結婚式にお呼ばれしてないし。旦那さんにも子どもたちにも会ってないし。私のいとこになるわけでしょ?」
「ごめん、ごめん。だからあっちの人だからさ。私は自由に行き来できるんだけど、旦那と子どもは手軽にこっちに来れないし」
叔母の言うことはよくわからない。まだ夢を見ているのだろうか。
ぱちぱちと瞬いてから、もう一口、コーヒーを飲む。だがコーヒーの味もしっかりわかるから、やはり夢ではないようだ。
「いっちゃん。この十五年間、どこでどうやって過ごしていたのか、教えてよ。お母さんも、いっちゃんについては何も教えてくれなかったし……」
「多分、姉さんも、言っても信じてもらえないと思ってたみたい。だから、私の結婚も出産も、ここちゃんには伝えてなかったんだろうね。それに、中学生、高校生って多感な時期だもんね」
だけど十五年前までは、頻繁に顔を合わせていたし、仕事で忙しい両親のかわりに私の面倒をみてくれていたし。私にとっては叔母というよりは、姉のような存在だった。
それなのに十五年前、突然、その姿を消した。それ以来、今日まで一度も会っていない。
「ここちゃん、異世界転移っていう言葉、知ってる?」
「アニメとかラノベのやつ? スライムの話?」
「それは転生ね」
叔母がにっこりと笑った。
「転生は生まれ変わること。私が言ったのは転移。つまり、他の場所に移動するってことよ」
そう言いながら、叔母もコーヒーを一口飲んだ。
「あぁ。古の味。懐かしいわ。向こうには紅茶はあるんだけど、コーヒーとか緑茶とかはほとんどなくて……。結婚するまでは私がぱぱっと作っていたんだけど、結婚してからはすっかりご無沙汰ね」
「いっちゃんがいる国って、コーヒーがないところなの?」
コーヒーは全世界で飲まれていると思っていた私は少し驚きながら尋ねた。
「そうね。その国の食文化は日本とは少し違うかな。でも西洋風と言えばそんな感じかも。お米が恋しくなる系ね。ま、慣れればなんとかなるものよ。郷に入っては郷に従えっていうじゃない? 意外とやっていけるみたい」
そうでなければ、異国の地で十五年も過ごしていないだろう。それに結婚までしているのだ。
「とにかく、十五年前。私、異世界に転移しちゃったみたいなのよね」
「えっ、は?」
「その異世界にあるのが、さっきも言ったアンクトン王国。そこで神官たちが『聖女召喚の儀』っていう儀式を行ったんだけどね。その結果、召喚されたのが私だったみたい」
聖女という言葉は、アニメやラノベなどで聞いたことがあった。確か、一時期それが流行っていたはず。
「じゃあ、いっちゃんがその聖女だったわけ?」
気づけば、私は自然とそう問いかけていた。
「そういうこと」
十五年間会っていなかった叔母は、なんと異世界で「聖女」として生きていたらしい。
いや、もしかしてこれって、ただの厨二病の話なのでは?
そう思っていたのに、あれよあれよと話はすすみ、なぜか私は叔母と一緒に異世界(?)にある、アンクトン王国へと向かった。
それもこれも、私が無職のせい。両親も「いっちゃんと一緒なら、安心ね~」なんて、明るく送り出してくれた。
その反面、私としては未だに半信半疑なのだが――。
* * *
そうこうして、今、金髪に紫の瞳を持つ美男子とテーブルを挟んで向かい合っている。まさしくお見合いの真っ最中。
今日は天気が良いので、「緊張しないように」と、開放感あふれる東屋でお見合いを行うことにしたらしい。
「セブラン。この子が私の姪の心菜。ここちゃん、こちらがアンクトン王国騎士団、第三騎士団長を務めるセブラン・グリント」
「初めてお目にかかります。聖女様よりご紹介いただきました、セブラン・グリントと申します」
彼は礼儀正しく頭を下げた。その様子は確かに立派な騎士だ。
事前にセブランの情報は、叔母の一夏から聞いていた。私より七歳年上だけど、国柄の違い、いや世界が違うためか、実年齢よりもぐっと若く見える。
「あ、はい。はじめまして。内田心菜と申します。会計年度任用職員の保育士として働いていましたが、少子化の影響で再任用にならず……今は無職です」
ほいくし……と彼が口の中で呟いたのが耳に聞こえたが、その顔は真剣そのもの。彼の紫眼が、じっと私を見つめてくる。
「聖女様の姪御様とお聞きしているのですが」
「はい。一夏は私の叔母です。母の妹に当たりますが……母と叔母は年が離れているので……」
まるで面接のような硬い説明をしている自分に気づきながら、人生初のお見合いという状況に何を話せばいいのか悩んでいた。
しかも、相手は異世界の人間だ。戸惑う理由としては充分すぎる。
だが、私が混乱している理由はそれだけではなかった。
「お父さま、この人が新しいお母さま?」
「聖女さまと同じお顔だ」
「しっ。静かにしなさい」
目の前に座っているのはセブランだけではなかったのだ。その隣には、幼い男の子と女の子がいる。しかもセブランを「お父さま」と呼んだ。
「あ。ここちゃんには言ってなかったわね。こちらの二人がセブランの子ね。双子なの。二人とも、お名前と年は言えるかな?」
叔母は、しれっととんでもない事実を告げる。いや、それは事前に教えるべき大事な情報ではないだろうか。
「はい。聖女さま。わたしの名前はニーナです。四歳です」
銀髪を二本の三つ編みにしている女の子の前髪はくるりと丸まっている。どうやらくせ毛らしい。その目はセブランと同じ紫色だ。
「ぼくの名前はルークです。四歳です」
さらさらした銀髪を短く切りそろえた男の子は、顔立ちがニーナそっくりだったが、髪質は異なるようだ。
「さてと。あとは若い二人にまかせましょう。ニーナ、ルーク。向こうで一緒に遊んで待っていましょうね」
「はい、聖女さま」
「はい!」
双子は叔母とともに庭園の奥へと消えていく。
東屋には私とセブランだけが残された。
人生初のお見合い。しかも相手は異世界の騎士団長で、さらに子持ち。お見合い場所も流れも普通であるはずがない。
どこから突っ込んでいいのか、さっぱりわからない。
こうなったのも「あとは若い二人にまかせましょう」なんてお見合い定番の言葉を告げて立ち去った、叔母のせいである。
セブランは面食らったように目を瞬くが、長いまつ毛が揺れ、その美貌にうっとりしてしまうほど。
って、そうではない。これはお見合いであって、イケメンを愛でる会ではないのだ。
だが、はっきりいってセブランは好みである。これからの人生、彼のような男性と共に過ごすことを想像したら、苦痛ではない。
さらに子どもがいた事実に驚きはしたものの、私は保育士だ。つまり、子どもが好き。
美丈夫と子ども。好きなものに囲まれて暮らせる未来を考えたら、つい身を乗り出してしまった。
「えぇと、では、お手柔らかにお願いします」
私が話を切り出すと、セブランはふわりとこぼれるような笑みを見せた。
こうして、私たちのお見合いは始まったのである。
お読みいただきありがとうございます。
異世界お見合いが書きたかった。ただそれだけです。
この後、お見合いした二人は(清い)お付き合いをはじめ、双子ちゃんたちに振り回されながらも、愛を育んでいきます。
一年後には結婚……してるといいなぁ。という感じです。
こんな話でも需要があれば、長編化するかもしれませんので、リアクションなりなんなりしていただけると喜びます。
それでは。




